やる気のない部下に囲まれ苦悩する上司 ぶれずに向き合い続けた末に若手の心が動いた【専門家が解説】

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   上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか? 会社の中で実際に起きた困ったエピソード、感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援企業代表の前川孝雄さんが上司としてどうふるまうべきか――「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。

   前川さんは今回のエピソードを踏まえ、やる気のない部下を変えていく、優れた上司となるために「ポイントの1つ目は、信念をもって根気よく部下たちと向き合い続けること。2つ目は、組織の中で孤立しがちな上司だけに、励まし合える仲間の存在も必要」といいます――。

  • やる気のない部下を変えていく、優れた上司となるには?
    やる気のない部下を変えていく、優れた上司となるには?
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チームを束ねるマネジメントは、難易度が増している

   上司がチームメンバーに対し、目標に向けて一丸となって取り組もうと呼びかけても、思うように動いてくれない。「笛吹けども踊らず」という状況下で、上司一人が孤軍奮闘している......。

   私が営む会社が支援する企業でも、そうした事例は少なくありません。多様な個性や価値観をもつ部下や、勤務条件の異なる部下も増えるなか、チームを束ねるマネジメントはいっそう難易度が増しているといえるでしょう。

   今回、そうした状況に直面し、自信を失いかけた上司が、苦しみもがいた末に見いだした「一筋の光」のエピソードを取り上げます。

   私の会社が開講するアクション・ラーニング型の「上司力鍛錬ゼミ」でのこと。受講メンバーの1人に、ある中堅企業で営業所長を務める40代の男性Eさんがいました。Eさんはゼミ初回の自己紹介で、メンバーを前に自身の悩みを切々と吐露しました。

   いわく、会社本部からは日々の営業数値を求められる中で、現場は冷めきってやる気のない部下に囲まれている。なかには同年代や年上の部下がいる一方、入社間もない若手や、パート社員などメンバーは多様。何から手を付けてよいかわからず、とても悩んでいるというのです。

「笛吹けども踊らず」メンバーからは「営業所長、また始まったよ」

   そこで、ゼミでの学びをもとに、Eさんはさっそく、職場改革に取り組もうと、こんな行動計画を立てました。

   まず、部下全員に組織ビジョンや仕事の目的を語りかけるとともに、1人ひとりとも面談を行う。そこでは「私たちは何のために働いているのか」「お客様のために何をどう頑張るべきか」対話を深める。部下全員に、仕事の意義を腹落ちしてもらい、やる気を出し、成長してほしい。

   ――Eさんの決意表明からは、その一心な気持ちがあらわれていました。

   ところが、現実は机上のプランどおりにいかないもの。Eさんは部下1人ひとりと面談し、自分の問題意識を伝えて「一緒に考えよう」と促すものの、反応はいまひとつ。

   営業会議でも繰り返し「何のために働くのか」「私たちのビジョンとミッションは...」との話を続けましたが、メンバーからは「営業所長、また始まったよ」との冷めた空気が伝わってくるばかりというのです。

   すっかり自信を失ったEさん。毎回のゼミの後には、参加者みんなで飲みに行き、人材育成や組織づくりへの想いをぶつけ合うのが常。みんなで、落胆するEさんを励ましたものです。

   何度も凹んでは、その都度アドバイスをもらい、「もう少し頑張ろう」と奮起し続けたEさん。しかし1年間のゼミ終了までに、チームを変えることはできませんでした。

   私もその後気がかりで、時々思い出しては「今頃どうしているだろう」と心配していました。

若手部下の「一言」がチームを変えた!

   そんなEさんから連絡をもらったのは、ゼミ卒業後から数か月経った頃でした。

   彼は、その後もゼミでの経験を胸に、ビジネス書などで独学しつつ、部下たちには繰り返し「何のために働くか」を話し続けていたというのです。

   そんなある日、Eさんがいつものように営業会議で同じ話を持ち出すと...。ついに、年上や同世代のベテラン部下たちが「もういい加減にしてくれないか!」と言い出したのです。

   さすがのEさんも言葉を失い、体が震えました。もう諦めるしかないのか...。

   すると、その時です。それまで会議であまり発言をしなかった若手部下が手を上げ、起立したのです。

「みなさんは所長への批判や文句ばかりを言っていますが、何もやっていないですよね。僕はこの1年、所長の話をずっと聴いていて、所長はぶれないと思いました。所長は本気なんだと思います。僕は批判や文句ばかりの人にはついていけないけれど、常に前を向いて歩もうとしている所長にはついていきます」

   部下は、上司のことをよく見ているものです。会議の後、Eさんはその若手部下とあらためて語り合い、しっかり握手をしたといいます。

   以降、ベテラン部下たちがEさんを公然と批判することはなくなり、次第に自分たちの行動を内省して改めるようにもなり、チーム全体が変わり始めたとのことです。

   Eさんは長く葛藤し、苦しい思いもたくさんしましたが、あきらめず思いを説き続けることで、人と組織を動かす突破口を見つけました。そのことを、喜び一杯に知らせてくれたのです。

   私はこの報告を聞き、Eさんの悩んできた姿を知るだけに、思わず涙腺が緩んでしまいました。

声高に説き続けるだけでも、人はついてこない

   このエピソードから学べることを、2つ挙げましょう。

   1つは、Eさんが途中で諦めることなく、信念をもって根気よく部下たちと向き合い続けたことです。

   今日、経営やリーダーシップのあるべき姿として、組織のパーパスやビジョンを明示する重要性があらためて説かれています。チームの仕事を再定義し、メンバーと共有する姿勢は大切です。しかし、単にメッセージを掲げれば人や組織がそれだけで追随し、変わるわけではありません。

   上司が理想を説いても、部下にもさまざまな思いや現実の壁があります。また、組織内には抵抗勢力もいるものです。上司が反論や抵抗に揺らぎ、ぶれてしまっては、かえって信頼関係が揺らぎかねません。かといって、声高に説き続けるだけでも、人はついてきません。

   Eさんは、チーム全体に呼びかけながら、各メンバーとの対話も根気よく続けたといいます。その人にとって仕事の意義は何か、本人の希望に沿って具体的に考え合おうと努めました。その結果、若手部下にはEさんの本気度がしっかり伝わり、心を動かしたといえるでしょう。

   「3.5%ルール」をご存じでしょうか? ハーバード大学の政治学者、エリカ・チェノウェス氏が発見した法則とされます。同氏が20世紀のさまざまな革命や運動を調査したところ、人口の3.5%以上が関与する行動は、必ず何らかの変化を生んでいるというものです。30人のチームでいえば、まず1人を変えることです。

   また、私がよくたとえるのがオセロです。初めは黒一色に近かった盤上のコマを白く変えるには、四隅を押さえること。すなわち、キーマンを変えることで、組織全体を変える力が生まれるのです。

   Eさんの例では、普段は大人しい若手部下の変化が共感を呼び、ベテラン社員をも動かしました。必ずしも声の大きい人やリーダーに限らず、誰がキーマンかを見定めていく視点も大切です。

社内・外を問わず、励ましやアドバイスがもらえる仲間の存在も重要

   第2に、Eさんにとって、上司力鍛錬ゼミで共に励まし合える仲間の存在が大きかったことです。

   組織の中でリーダーは孤独になりがちです。上からも下からも援護がない孤軍奮闘の状況では、誰もがくじけそうになるものです。その時に、悩みを率直に打ち明け、励ましやアドバイスがもらえる仲間の存在が重要なのです。

   Eさんの場合は学びの仲間でしたが、社内・外を問わず、そうした人脈をつくっておくことです。これは、上司として難しいタスクを遂行する場合に限らず、困難な組織改革に挑む場合など、様々な地道な活動の支えになります。

   自身の上司力を高め続けるためにも、ぜひ職場の同僚や、知人・友人など、同じ課題意識をもつ仲間同士のコミュニティづくりに普段から取り組むことをお勧めします。

   (紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)



【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。

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