働く女性がキャリアを築くことの難しさを表わす言葉として「L字カーブ」がある。女性の正社員比率を折れ線グラフにすると、Lの字を寝かせたような形になることから名付けられた。
働く主婦・主夫層のホンネを探る調査機関「しゅふJOB総研」(東京都新宿区)が2023年11月29日に発表した「『L字カーブ』に関する女性の意識調査」によると、就労志向のある主婦層の半数以上がL字カーブの解消を望んでいることがわかった。
しかし、若い世代ほど解消に消極的という結果が出た。いったいどういうことか。調査担当者に聞いた。
L字カーブの解消、若い世代ほど望まない?
【図表1】は、内閣府男女共同参画局の公式サイトに公開されている「『L字カーブ」(下の青線グラフ、2021年)だ。女性の年齢別正規雇用(正社員)の比率を折れ線グラフにしたもので、20代半ばまでは右肩上がりに上昇するが、29歳前後の58.7%をピークに、一転して30代以降は右肩下がりに下降していく。
そのカーブがLの字を寝かせたようなかたちになることから、そう呼ばれている。一方、上の赤線グラフは女性全体の就業率を表したもの。こちらは30代~40代前半の子育て真っ盛りの期間は凹むが、20代と40代後半以降は上昇するため、そのかたちから「M字カーブ」と呼ばれる。
ともに、結婚、出産、子育てという働く女性のライフステージが、雇用形態に明確に表れて文字のカーブを描いている。
「しゅふJOB総研」の調査(2023年7月11日~18日)は、就労志向のある主婦層649人が対象。まず、「L字カーブは解消すべきかどうか」を聞くと、「解消すべきだと思う」が52.4%と半数を超えた。「一概に言えない」が37.6%、「解消すべきだと思わない」が3.4%だった【図表2】。
これを年代別にみると、「解消すべきだと思う」が30代以下(45.5%)、40代(52.3%)、50代(52.9%)、60代(56.8%)と、若い世代ほど「解消すべきだ」と考える人が減り、逆に「解消すべきだと思わない」という人の割合が増えていく【図表3】。
L字カーブ解消に必要なことは何かを聞くと(複数回答可)、「必要な時に柔軟に休みがとれる職場体制を整える」(74.3%)が最も多く、次いで「短時間・短日数正社員を普及させる」(67.2%)、「家事育児負担の女性への偏りをなくす」(56.7%)と続いた【図表4】
フリーコメントでは、「解消すべきだ」とする人からこんな意見が相次いだ。
「社員でも在宅や時短での勤務を可能にすることで、子育てとのバランスが取れて働ける女性が増えると思う」(40代:SOHO/在宅ワーク)
「昔から育児家事は女性の仕事だと当たり前になっています。現在では男性も育休が取れるようにはなってきていると言っても、まだまだ少数です。この常識になっている意識を変えないと解消は出来ないと思います」(30代:パート/アルバイト)
「育児が落ち着いてきたら、今度は介護の問題がでてくるので、途中からフルタイム勤務にするのはハードルが高い」(40代:パート/アルバイト)
「キャリアや才能がある人は時給の良いお仕事に就けるけど、子育てしていた人はキャリアがないからそこが認められない。子育てもキャリアにしてくれたらいいのに」(50代:派遣社員)
一方、「解消すべきだとは思わない」という人からはこんな意見が聞かれた。
「中学生になったら働けると思ったが、小学生よりも部活や塾など増えて逆に働きにくい。子どもが育っていざフルタイムで働こうと思っても、年齢の壁でなかなか仕事につけません」(40代:パート/アルバイト)
「正社員だからこうしなくてはいけない、フルタイムじゃないといけない、責任のあるポジションにつかないと、など固定観念や先入観があり、正社員でいるモチベーションを下げている。頭から変えないとカーブは止まらない」(30代:その他の働き方)
「女性が働きやすい環境を作るだけでなく、子どもや高齢者に優しい社会を作らなければ、実現しないと思う」(50代:正社員)
正社員をあきらめた年配世代の「魂の叫び」
J-CASTニュースBiz編集部は、研究顧問として同調査を行い、雇用労働問題に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに話を聞いた。
――調査結果の中で一番意外だったのは、「L字カーブを解消すべきだ」と考える人が、若い人ほど少ない点です。若い世代には「働き方改革」の考えが浸透し、かつ、共働き意識が高いと思っていました。これはどういうことでしょうか。
川上敬太郎さん 年々共働き世帯の比率が上がってきていることを考えると、年代が低い人ほど共働き意識は高まっているように感じます。ただ、L字カーブは年代が高くなるにつれて女性の正社員比率が下がっていくことで描かれるものなので、正社員比率が低い年代が高い層のほうが、よりL字カーブ解消の必要性を強く感じるという面もあるのかもしれません。
また、お子さんがいるご家庭では、年代が低いほど子どもの年齢も小さいと考えられます。その分育児に手がかかることを踏まえると、正社員という時間拘束性の高い働き方は選びにくいことも考えられます。
さらに、フリーコメントに、会社に勤める前提ではなく個人事業主で仕事しやすい環境を求める声が寄せられたように、働き方の多様化が進む中で、正社員だけを望ましい働き方だと考える「正社員一択」の時代ではなくなってきていることも影響している可能性もあると思います。
とはいえ、30代以下でも「解消すべきだと思う」と答えた比率が最も多く、全年代を通じてL字カーブは解消すべきだと考える傾向が強いことには変わりないと言えるのではないでしょうか。
――なるほど。ただ、年代の高い人はすでに子育てを経験している人が多く、かつ、「L字カーブ」の現実を経験した当事者である人々です。こういう人たちに「L字カーブを解消すべきだ」と考える人が多いのは、「解決策があったはずなのに」という改革の念というか、魂の訴えということでしょうか。
川上さん 年代が高くなるにつれて正社員比率は低くなっていますが、それは必ずしも、年代が高い層は正社員を望まなかったという意味ではないのだと思います。むしろ、家庭の事情や「女性が働くなんて」といった、当時の社会の価値観による圧力などによって、不本意ながら正社員として働き続けることをあきらめた人がたくさんいたはずです。
そうした経験があるからこそ、子育てがひと段落して家庭の制約が少なくなってから、改めて振り返った時に、結婚や出産をきっかけとしたキャリア分断による負の影響を再認識して、「辞めずに正社員として続けていれば、もっとキャリアを発展させられたかも」という思いを強くした可能性もあります。
そう考えると、ご指摘の通り「解決策があったはずだ」という改革の念に燃えている魂の訴えという側面もあるのかもしれません。
正社員で働くことのみが「正しい姿」ではない
――フリーコメントには心を打つ生々しいコメントが多いです。私が特に刺さったのは、「子育てもキャリアにしてくれたらよいのに」と「中学生になったら働けると思ったのに、小学生より部活や塾が増えて働きにくい」と「育児が終わったら介護の問題が出てくる」でした。川上さんどのようなコメントが響きましたか?
川上さん どのコメントも心に響きましたが、女性の就労をめぐる課題の根深さを感じたのが「L字カーブを解消すると、専業主婦(主夫)の肩身が狭くなるという懸念がある」というコメントです。
L字カーブの解消は必要なことだと思います。ただ、正社員率を上げることが唯一絶対的な目標のようになってしまうことで、正社員で働くことのみが正しい姿のように見えてしまうとしたら望ましくありません。
L字カーブ解消を推進するに当たっては、並行して、何らかの事情で働くことができない人や主婦業に一所懸命取り組んでいる人などが、働いていないことを理由に肩身の狭い思いをしたり、自ら望んで正社員以外の働き方を選んでいる人が、望ましくない仕事に就いているかのように誤解を招いたりしないような配慮が必要だと思います。
――川上さんは「L字カーブ」の解消策として、ノーベル経済学賞を受賞したハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授が問題視している「貪欲な仕事」のアンチテーゼとして、「短時間・短日数正社員」を提唱されていますが、これはどういう働き方でしょうか。
川上さん 企業は女性の戦力化を進めているので、今のままでもL字カーブはやがては解消すると思います。ただし、今のペースでは時間がかかります。ペースを上げるには、大きく2つのアプローチがあります。
1つは、多少強引にでも女性の正社員登用を一気に進めることです。ただ、いま非正規の女性を正社員化すれば、企業の人件費負担は大きく膨らみます。また、正社員で働くことを望まない女性もいますし、いまだ性別役割分業の意識が残っている家庭も多いため、正社員で働いて、かつ家事育児負担は変わらず女性に大きくのしかかり続ける可能性があることなどを考えると、強引な正社員化促進は現実的な方法だとは言えません。
そこでもう1つのアプローチは、正社員という概念を再構築することです。正社員とは法律で規定された言葉ではなく、解釈はマチマチになっています。ただ共通するのは、フルタイム勤務で雇用期間も職務も勤務地も無限定である点です。
企業側から見るとそんな融通性があるため、企業はいざとなれば職務や勤務地を変更させることができる代わりに、極力解雇を回避できるよう努めなければなりません。
しかし、職務や勤務地を限定したとしても主たる戦力として活躍することは可能です。そんな限定的な働き方も認めつつ、限定的である分、企業にとっては融通性が下がる点を考慮した解雇ルールの整備などを進めて正社員の概念を広げることができれば、いまの無限定な正社員のみを基準としたL字カーブを課題視する必要性が薄れます。
――ということは、新しい考え方、新しいタイプの正社員ですね。
川上さん 正社員の概念を広げる考え方です。時短正社員などとも呼ばれる「短時間・短日数正社員」は、通常、お子さんが小さい時の育児に配慮した福利厚生的な働き方として受け止められがちです。確かにそれも大切なことだとは思いますが、短時間や短日数でも十分な成果が出せる能力を有する人は決して少なくありません。
正社員の意味合いを、フルタイムで無限定に働く人だけ、という固定化されたイメージから解放することができれば、働き方の新しい可能性や選択肢はもっと広がっていくのではないでしょうか。
働き方の選択肢を増やすスピードを上げよう
――今回の調査に対して、特に強調したいことがありますか?
川上さん L字カーブで表されている女性の正社員比率の低下は確かに問題だと思いますが、比率にこだわりすぎると、数字にばかり目が奪われてしまいがちです。しかし、より問題視すべきポイントは、比率の数字よりも正社員になりたいのになれない人にフォーカスして、正社員になれるようにしていくことだと思います。
極端な例ですが、もし正社員になりたい人がゼロであれば、正社員比率がゼロであっても特に問題にはならないと思います。一方で、全員誰もが正社員になりたいと考えている訳でもありません。個々の働き方の希望に丁寧に目と耳を傾けた上で、正社員になりたいのになれない人をゼロにしていく、という観点がより重要なのだと思います。
また、男性育休の促進など、性別役割分業を解消する機運が社会全体に広がりつつあります。同時に、仕事と家庭の両立で悩む男性も増え、L字カーブがはらむ問題は女性特有のものではなくなっていく可能性があると思います。
そのように働き方や生活形態の志向が性別を超えて多様化していく一方で、働き方の選択肢が十分に用意されていないと感じます。誰もが望ましい形で働くことができるようにするために、働き方の選択肢を増やすスピードを上げる必要があるのではないでしょうか。
(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)