アートイベント「デザインフェスタ」で腐った状態で販売されたとして問題となったマフィンをめぐる問題は、その返金をめぐってもトラブルが起きている。購入者の一人が2023年11月28日までにJ-CASTニュースの取材に応じ、最終的には出店者からマフィンの購入額が返金されたものの、一度は購入額より少ない額が返金されるなど、スムーズな対応ではなかったことを明らかにした。出店者の対応に法的な問題はあるのか。J-CASTニュースは弁護士に見解を聞いた。
一度は「レジと合わないため返金不可」の返信
取材に応じたXユーザーの「ななみ」さんは、マフィンを購入して食べてしまい、その後腹痛などの健康被害が生じたとしている。デザインフェスタでは、マフィン2つ(660円)、クッキー4つ(セットで1000円、単品330円で販売)、マシュマロクッキー2つ(880円)を購入した。
出店者とのやり取りはこうだ。最初はX(旧ツイッター)のダイレクトメッセージ(DM)でやり取りし、購入した商品や金額、時間、デザインフェスタのオンラインチケットの画像などを送った。その後、出店者から「当店食品事故対策室」を設けた旨、メールアドレスへの連絡をお願いする旨を記載したメッセージが届いたため、メールでのやり取りに移行した。
22日夜に、レジのデータ照合と返金のための情報を返信するよう求められたため「購入日や購入時間、購入した商品名、支払い方法、残ったクッキーの写真、レジ袋の写真、デザフェスの電子チケットの写真」を再度送った。「個人情報は渡すのは怖かったのとレジ照合には必要ないと思ったため送りませんでした」という。
その後、「レジと合わないため返金不可」の旨返信が来たという。
「もう一度時間を広げて探して欲しいことを伝えました。するとその後月曜日(27日)午前10時より対応すると連絡が来ました。その時私はもう一度念の為証拠を送りました。次の週の月曜日(27日)にレジ照合が出来たことと、返金はPayPayが早いのでIDをお願いされ、IDを送りました」
しばらくすると、IDでの送付にエラーが出たため、出店者が送る「マイコード」をななみさんが読み込む方法で受け取ってほしい旨が、「ご返金の処理が終了いたしましたので、ご連絡いたします。ご確認の程よろしくお願いいたします。この度は、多大なご迷惑をおかけいたしましたことを、心よりお詫び申し上げます」という文面とともに送られてきたという。
「最初から最後まで体調のことは一切触れなかったのも不信感」
ななみさんが購入したマフィンの金額は660円。しかし、PayPayのマイコードで送られてきたのは500円だったという。
「理由を聞いたところ、『クッキーとマフィン4個セットで1000円。そのうち2点分の500円でお支払いさせていただきます。』ときました。何度も送った通りクッキー4個で1000円、マシュマロクッキー2個で880円、それとは別にマフィン2個で660円支払ったということを連絡しました。するとPayPayで(500円を)返金して欲しいと来たので(PayPay上で)受け取りを辞退してその事を伝えました」
その後、一度目にマイコードが届いた際と同じ文面とともに、PayPayのマイコードが届き、ななみさんはマフィン代660円の返金を確認したという。
ななみさんは今回のことについて、次のように振り返り、感想をコメントした。
「初めは真摯に対応するためにメールに切り替えたと思ったのですが、メールでのやり取りをするうちにそれも感じられなくなりました。最初から最後まで体調のことは一切触れなかったのも不信感に繋がりました。数百円なのでもういいかと諦めようと思いましたが、何一つ誠意が感じられなかったため、せめて形として返金して欲しかったです。 レジ照合ができて返金されると聞いた時はやっと終わったと思いましたが、更にそこでしていないまとめ割での支払い額が送られてきたため、怒りを通り越して呆れました。最終的にはマフィン代だけは返ってきたので安心です」
500円しか返金しないとすれば「法的に問題があると考えられます」
今回の出店者の対応について、J-CASTニュースは29日、弁護士法人ユア・エースの正木絢生代表弁護士に見解を聞いた。
当初、出店者は購入金額より少ない500円を返金しているが、法的にはどのような問題があるのか。正木弁護士はまず、今回の返金の請求について次のように説明した。
「今回の購入者が返金を求める行為は、民法566条に基づく損害賠償請求と法律的に位置づけられると考えられます。民法566条では、『売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。』と定められています。マフィンのような食品を口にしても身体に害悪を及ぼさないことは、明示的でなくても当然契約の内容に含まれることであり、マフィンを食べたことによって健康被害が生ずることは、品質に関して契約の内容に適合しないといえるでしょう。また、マフィンが販売されたのが早くても令和5年11月11日ですから、現時点でも1年も経っていないところで返金を求めていることも明らかです。そのため、今回の返金要求は、民法566条に基づく損害賠償請求の要件を満たしています」
返金の請求は法的にもできる、ということだ。その上で、賠償範囲について次のように説明し、500円では法的に問題があるとした。
「法的に問題があるというのは、あくまで損害賠償として不十分という意味で、少ない金額を返金した行為についてさらなる責任が発生したり、犯罪に当たったりするという意味ではありません。
そのうえで、返金額については、損害賠償の範囲が問題となりますが、この点については、『債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。』(民法416条1項)と定められています。『通常生ずべき損害』とは、債務の不履行、すなわち契約が守られなかったことによって、社会通念上、通常に発生する損害と解釈されており、 契約類型や、当事者間の認識、当事者の属性、取引の内容や方法等を総合的に考慮して判断します。すでに述べたとおり、購入者は品質的に安全であることを前提に購入しており、事前に安全でないことを知っていれば購入しなかったことから、マフィンの代金相当額は、『通常生ずべき損害』に含まれるといえるでしょう。よって、マフィンの代金が660円であるにもかかわらず、500円しか返金しなかったことは、『通常生ずべき損害』の賠償としては不十分であり、法的に問題があると考えられます」
しかし、今回の対応では、スムーズではなかったものの購入金額が返金されている。
「金額的に不足していたことによって法的に問題があった状態を、不足分を返金することによって解消したのですから、スムーズに正しい金額を返金できなかったとしても最終的には法的に問題はありません」
健康被害への請求はできるのか
今回、ななみさんはマフィンを食べた後に健康被害が生じたと訴えている。マフィンの代金以外にも請求できる可能性はあるのか。
「まず、健康被害によって病院で治療することになれば、(1)治療費がかかりますし、通院又は最悪入院することになれば、(2)通院費用又は入院費用がかかります。健康被害によって仕事を休むことになった場合には、(3)休業損害も発生しますし、身体的苦痛又は精神的苦痛に対しては、(4)慰謝料を請求することも考えられます。なお、(5)一緒に購入したクッキーの代金については、マフィンとセットで購入したものであるならば、マフィンが安全でないことが分かればセットで購入することもなかったので、損害賠償の範囲内としてクッキーの代金分も請求できますが、クッキー単品である場合は、クッキーを食べたことと損害との因果関係が不明であるため、請求するのは難しいと考えられます。よって、請求できる可能性があるのは、(1)~(4)、(5)はマフィンとセットで購入した場合のみとなります。
どの費目を請求するにしても、マフィンを食べたことによって、どのような損害が発生して、損害との因果関係があることを裏付ける必要がありますので、診断書が必要となります。その他、(1)であれば、治療にいくらかかったのかを明白にするために診療明細、(3)であれば、健康被害がない状態と比較するために、給与明細や源泉徴収票、(5)であれば、マフィンとセットで購入したことを裏付けるために、レシートが必要と考えられます」
しかしななみさんはマフィンの購入時、現金で購入し、「レシートはなく、必要かどうかも聞かれませんでした」という。レシートの発行義務について、正木弁護士は次のように説明した。
「民法486条1項において、『弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。』と規定されているように、購入者は、商品の代金を受け取ったことを証明するレシートの交付を請求することができるのであって、販売者に交付義務はありません。そのため、レシートが発行されなかったとしても、法的に問題はありません。
しかし、レシートは、購入した商品に欠陥があったときに、販売者が当該商品を購入したことを裏付ける証拠となったり、損害賠償を請求する時に、損害額を計算する資料となったり等、購入者及び販売者との間でのトラブルにおいて非常に重要な役割を果たします。そのようなトラブルが起きないにこしたことはないですが、万が一に備えてレシートを発行してもらうことも重要といえるでしょう」