新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった日本型の雇用慣行において、"社外からの採用はごく一部に限られ、社内昇進が中心である"と思われてきた「管理職」の採用動向に大きな変化が生じている。
人材サービス大手のリクルートは2023年7月、転職支援サービス「リクルートエージェント」のデータをもとに、管理職の求人・転職が増加傾向にあると明らかにした。22年度における管理職の求人は16年度に比べて3.67倍も増えているという。
こうした傾向について、同社HR統括編集長・藤井薫氏は、「内部登用に慣れてきた日本企業の雇用慣行・採用戦略に転換を迫るかもしれない」とコメントし、個人の働くチャンスは広がるだろうと推測する。
社外から管理職を登用する動きが活発化したのはなぜか。日本型の雇用慣行は転換点を迎えているのか。管理職を含めたキャリア採用(中途採用)を急拡大させたIT企業の日本電気(NEC)と、上記の調査結果を発表したリクルートに詳しい話を聞いた。
NECがキャリア採用を活発化させた理由
「いかに同質性を排除して多様性が担保された状況の中で、様々な考え方でサービスを作っていくか、クライアントに向き合っていくかというのは、一番大事なことだと思います」
そう語るのは、NECのキャリア採用業務を担う専門チーム「タレント・アクイジション」グループの大橋康子氏だ。
約2万人の従業員が在籍するNECが、キャリア採用を活発化させたのは18年のこと。それ以前は、新卒採用が中心で、キャリア採用者の比率は極めて少ないものだった。
当時のNECについて「新卒で入社して20、30年働くと役職につくという会社であったことは間違いない」と、大橋氏は話す。
こうした方針を取ってきた同社がキャリア採用を急拡大させたのは、経営陣の「このままではいけない」という危機感があったからだ。リーマンショックや東日本大震災で受けたダメージからの業績回復を見込んでいたものの成長軌道に乗れず、16年に発表した中期経営計画は1年後に撤回した。
(1)柔軟な発想(2)スピード感(3)実行力――を業績低迷の課題と考えた経営陣は、企業文化を根本的に変えるためのカルチャー変革を18年に実行。その後、タレント・アクイジショングループを発足し、事業戦略を後押しする人事改革の1つとしてキャリア採用を強化した。
18年度のキャリア採用者数は95人だったが、19年度は管理職を含めた268人と急拡大。翌年度に発表された中期経営計画では、新卒とキャリアの採用人数を同じ割合にするという目標が掲げられ、21年度には619人を採用し、22年度以降も達成。5年間でキャリア採用の規模を10倍以上に増やした。
NECは、既存事業の改善や新規事業の開拓などの事業戦略や、それを後押しする人事改革を推進し続けた結果、23年11月現在まで好調な業績を発表し続けるほどの変革を遂げている。
「社内にない知見を社外から持ってきてくれる」
NECが管理職を含むキャリア採用に力を入れるのは、前述の通り「多様性の向上」を目的にしている。大橋氏は「多様性のある場所からイノベーションを起こしていくために、我々はいま採用活動を全力で行っています」と話す。
内閣府が19年に発表した「経済財政報告」では、人材の多様性を性別や国籍、年齢、働き方、キャリア、障害などの属性から分析し、「新しいアイデアの創出やイノベーションが起こり、企業業績や生産性にプラスの効果が期待される」とメリットを挙げた。一方、従業員間のコミュニケーションコストが高まるなどのデメリットも考えられるという。
NECはキャリア採用のメリット・デメリットをどう考えているのか。大橋氏は「まずデメリットはない」と断言する。管理職を含めたキャリア採用者が組織に与える影響を次のように説明する。
「新卒・キャリア採用問わず、社外から人が入ってくれば事前に把握し切れないことは当然あります。それがリスクだと言われればそうかもしれないのですが、リスクとだけ捉えるならば、やっぱりイノベーションを起こすことは難しいと思います」
一方、キャリア採用のメリットは「社内にない知見を社外から持ってきてくれる」ことだと指摘。既存の社員に与える刺激も大きく、NECでは従来は「キャリア形成については会社から与えられるもの」という考えが少なくなかったが、最近では「自分の手でキャリアを作っていくんだ」という意識が生まれてきたという。
「長く働いた人=成果が出る人ではない」
部長や課長といった管理職には「社外からの登用は一部に限られる」というイメージがある。厚生労働省が19年9月に公表した資料「中途採用に係る現状等について」によれば、中途採用者は新卒採用者に比べて役職についていない割合が高い。
新卒採用者の「役職なし」は62.1%だが、中途採用者は81.3%と高い。両者の「係長・主任クラス」「課長クラス」「部長クラス」を比較すると、23.0%と11.2%、10.1%と4.1%、4.4%と3.2%と、いずれも新卒採用者の方が役職についている割合が高い。
NECでは、キャリア採用者が増えてきたことによって「プロパー社員じゃないと役職に就けない」という管理職に対する考え方も変わりつつある。現在の役職にいる社員よりも業界に対する知見を持っている社外の人材がいれば、その人を管理職として採用するし、キャリア採用の社員を管理職に登用することも普通になっている。
「グローバルでの事業展開を考える多くの日本企業は、よりイノベイティブでなければ今後生き残れないと思います。これに伴い、人材の流動性も高まっているため、長く働いた人=成果が出る人ではないということも、恐らく皆さんよく分かってきているところではないでしょうか」
一般社員に限らず管理職においても、外部人材の登用が増加
管理職の求人・転職を増やすのはNECだけではない。リクルートが23年7月に公表した調査結果によれば、IT通信業界や建築・不動産業界、電気・電子・機械業界メーカーなど様々な業界で増加傾向にあり、22年度における全体の求人は16年度に比べて3.67倍も増えている。
藤井HR統括編集長は発表の中で、今回の調査では一般社員に限らず管理職においても、外部人材の登用が増加していることが明らかになったと指摘する。
同社は、こうした傾向にある要因をどのように考えているのか。藤井氏は取材に、(1)日本全体の構造的な人材不足(2)デジタル化による急激な環境変化――という2つの背景から、既存事業や新規事業を牽引するリーダーが足りなくなったと指摘する。
人事担当者840人に中途採用する理由を聞いた同社の調査によれば、「特定の専門スキルを持つ人材を確保するため」が46.8%、「既存事業を拡大するため」が43.1%、「特定層(若者や管理職層など)で人材が不足しているため」が35.0%という割合になっている。
人材不足が特に顕著に現れたのは2013年頃からだという。日本銀行による統計調査をまとめたリクルートのグラフをもとに、景気がどのような状況であれ人手不足だと答える企業が13年頃から増えていると解説する。
管理職の求人・転職の増加は「日本型雇用の大きな転換点を示すメッセージ」
また、社会の「サービス経済化」が急激な環境変化をもたらしたと、藤井氏は述べる。サービス経済化とは、第一次産業から第二次産業、第三次産業に構造が変化し、経済活動の重心が「モノ作り」から「コト作り」に移行することだ。
こうした社会では、例えば、車というモノを作ることではなく、車を使ったサービス(コト・体験)を使うことが求められるようになる。藤井氏は、既存事業がコモディティ化しやすい特徴を持つサービス経済と管理職の採用動向の関係について「サービス経済化していく社会では、新規事業を早く試すために、新しいタレント(編注:スキルや知見のある人)を採用することがとても求められるようになっています」と見解を示す。
モノ作りからコト作りへと変化した社会では、事業が多様化していくため、組織も多様化しなくてはいけない。そのため、多様な事業に早く対応できるような形で多様な人材を確保する採用方法も求められているという。
藤井氏によれば、「外から新しい知見を得られること」が管理職をキャリア採用する最大の利点だ。一方、新しいリーダーが入社することに慣れていない日本では、外部の人材とのコミュニケーションが上手くいかないこともあるとし、社内の人材がこうした状況に慣れていく必要があると指摘する。
今後の管理職の求人・転職動向は「既存の事業でも人材が足りなくなって、新しい事業を推進するリーダーも、やはり増えていくと思います」と推測。藤井氏は「管理職の求人・採用が増えていることは本当に日本型雇用の大きな転換点を示すメッセージだなと思います」と話し、個人の働くチャンスが広がっていくとの期待感を示している。