「結婚したくない」という若者が増えているが、果たしてシングル高齢者が老後にどんな末路を迎えるかを考えているのだろうか。
結婚せずに「未婚」で通したシングル高齢者には、男女でトンデモなく大きな差が出るという研究結果が出た。
「未婚男性」には、経済的な困難が待つ一方、「未婚女性」には人生100年時代を輝かせる花の老後が待っているという。どうする、若者たち?
未婚の高齢男性の4割「資産100万円以下」
この研究調査は、ニッセイ基礎研究所研究員の坊美生子(ぼう・みおこ)さんが2023年11月8日に発表した「シングル高齢者の増加とその経済状況~未婚男性と離別女性が最も厳しい」というリポート。
リポートによると、未婚率の上昇や離婚件数の増加によって、配偶者がいないシングルの高齢者が大幅に増加している。
たとえば、男性の65歳でみると、1985年時点では「未婚」(結婚したことがない)がほとんどなく、大雑把に言うと、9人が「有配偶」(妻がいる)、1人が「離別または死別」という状況だった。ところが、2020年には「未婚」が増え、10人中1人が「未婚」、8人が「有配偶」、1人が「離別または死別」になった。
女性の65歳も同様で、1985年時点では「未婚」や「離婚」は5%以下、死別(33%)を除けば、シングルは少数派にすぎなかった。ところが、「未婚」と「離別」が次第に増加し、2020年時点では、大雑把に言うと、10人中1人が「未婚」、7人が「有配偶」(夫がいる)、1人が「離別」、1人が「死別」という状況になった【図表1】。
そんななか、子や孫と一緒に暮らす高齢者が少なくなり、経済状態の厳しさが増している。そこで、シングル高齢者の「年金受給状況」「年収」「世帯の金融資産」「雇用形態等」の4つの指標を調べた結果、男性では「未婚」の人、女性では「離別または死別」の人が概ね、経済的に最も厳しい状態に置かれていることがわかったという。
しかし、興味深いことに、女性では「未婚」の人の経済状況は、「離別・死別」という「結婚したことがある人」より、良好という結果が出た。現在、「結婚したくない」という若者が増えているが、いったいこれはどういうわけだろうか。やはり、男性は結婚しておいたほうがいいということか。
J-CASTニュースBiz編集部は、ニッセイ基礎研究所研究員の坊美生子さんに話を聞いた。
――この調査結果では、老後の経済状態を考えると、男性では「未婚」が最も厳しいという点が衝撃です。やはり若い時に結婚したほうが幸せな老後を迎えられるのでしょうか。それとも、もともと経済的に困難な人が多くて、未婚のまま老後を迎えたから「最も厳しい」のでしょうか。つまり、「未婚」であることが。老後の経済的困難の原因ではなく、結果であるということでしょうか。
坊美生子さん 後者だと思います。若い時に経済的に苦しくて、結婚を希望している人も、結婚まで到達できなかったことが、そのまま現在まで響いた結果と考えています。未婚のままシニア世代を迎えた男性の、現在または現役時代の雇用形態をみると、「派遣社員・契約社員」と「パート・アルバイト」を合わせた非正規雇用の割合が1割を超え、男性全体より高いです。
また、年金の受給状態も非常に悪いです。「0円」が14.8%もおり、男性全体(4.6%)の3倍以上です。年に「50万円未満」の人が約26%、4人に1人以上もおり、男性全体の約2倍。また、預貯金などの資産を見ても、「100万円未満」しかない人が約4割(35.8%)に達して、こちらも全体の約2倍です【図表2】。
この状態はかなり深刻です。というのは、老後に困窮するリスクの高い「未婚の男性」がこれからどんどん増えるからです。現在、65歳以上のシニア世代が若い頃は、高度成長経済の時代でした。しかし、その後、バブルが崩壊して、就職氷河期に入ります。今の40代から50代前半の「未婚の男性」のボリュームはかなり大きいです。
――ところが、女性の場合は夫と離婚、または死別した「離別・死別」が経済的に最も厳しいという結果が出ましたが、「未婚」の場合は、必ずしも男性のように厳しくなりませんね。これは、どういうわけですか。
坊美生子さん 実は、女性の場合、資産状況を見ても、「100万円以下」という低資産層は、「未婚」が最も少なくて、次いで「配偶者あり」「離別・死別」という順番になります。
これは、未婚の女性は、結婚・出産・育児などでキャリアが途切れることがないため、「正社員」のまま働き続ける割合が高く、約4割と、他の女性に比べ、2~3倍に達するからです。こちらは男性とは逆に、現役時代の比較的安定した経済状態がそのまま老後に反映されるわけですね。ただし、男女格差が大きい時代に働いていたので、男性に比べれば賃金水準は低かった訳ですが、そんな中でもしっかり資産形成してこられたようです。
私が前に勤めていた新聞社でも、結婚後に辞める女性記者がいました。近年は、どこの企業でも、両立支援や働き方改革が進んできたため、ライフイベントを機に退職する女性は減りましたが、少し前までは、やはり、未婚の方が女性は正社員を続けやすいというのが、実態だったと思います。
「ポジティブ高齢者」最前線を走る「未婚女性」
――逆に言うと、「未婚」の女性には、男社会の中で働き続けたという誇りや自信があるわけですね。社会学者の上野千鶴子さんの「おひとりさまの老後」シリーズが未婚女性のバイブルになって脚光を浴びています。
坊美生子さん 「おひとりさまの老後」が、これまでマイノリティーと見られてきたシングル高齢者を主題に取り上げ、目を向けさせた功績はとても大きいのではないでしょうか。
私の調査からも、未婚女性の前向きでアクティブな、「長生きする気満々」の姿が浮かび上がってきています。たぶん、家庭を持たなかった分、さまざまな趣味や、気心の知れた友人との旅行などを楽しんで、人生を充実させることが得意なんだと思われます。
たとえば、1日のウォーキングの時間を調べた調査では、1日に「60分以上」歩く割合は、未婚女性が約6割(58.1%)で、男女全体で最高です。ところが、未婚男性はわずか35.3%と、男女全体で最低でした【図表3】。
また、「何歳まで生きたいか?」という希望する寿命を聞いた調査でも、「90歳以上」という回答が未婚女性では約5割(51.6%)に達して、男女全体で最高です。ところが、未婚男性はわずか17.6%と、こちらも男女全体で最低でした【図表4】。
未婚女性は「人生100年時代」の「ポジティブ高齢者」の最前線を走っていると言えるでしょう。ただ、そんな未婚女性でも、堅実に生活して計画的な備えができている割には、病気やケガに対する経済的な不安を抱えていることは確かです。
家庭の家事育児分担が「女性5対男性5」にならないと
――いやあ、パワフルな未婚女性、万事消極的な未婚男性。同じ「未婚」でも、これほど生涯のベクトル方向が違うとは驚きです。
ところで、シングル志向の若者が増えていますね。たとえば、2022年9月に国立社会保障・人口問題研究所が発表した「結婚と出産に関する全国調査」を見ると、「一生結婚するつもりがない」と答えた男性が17.3%、女性が14.6%と、過去最高の割合。結婚したくない理由について、「行動や生き方が自由」と独身生活の利点を上げる人が多くいました。女性では「仕事に集中したい」という理由が目立ちました。
また、結婚相手の条件では、男性は女性の経済力を重視する割合が高くなり、逆に女性は男性の家事育児の能力や姿勢を重視する割合が大きく上昇したのが特徴です。こうした傾向をどう思いますか。
坊美生子さん 日本の経済力が下がり、日本人の平均給与が1990年代よりも低くなっていますから、結婚したくない若者が増えることは、よく理解できます。親世代では普通だった、マイホームを1人で建てられる若者がどのくらいいるでしょうか。
男性の平均給与が低下した一方、子どもの教育費は上昇したことで、結婚相手の女性にも経済力を求めようになり、結婚相談所の女性会員では、「仕業」や専門職が、成婚確率が高いそうです。しかし、女性にとっては、育児をしながら働き続けることは、今でも大変です。いくら、企業では女性の活躍や男性の育休取得が促進されてきたといっても、問題は社会の根強い「性的役割分担」意識の強さにあります。
いくら企業で女性の活躍をうたっても、肝心の家庭での家事育児の分担が、妻5対夫5になっていなければ、仕事にかけられる時間が限られるため、妻が職場の基幹的な業務を続けたり、キャリアアップしたりするのは大変です。妻9対夫1、あるいは8対2という家庭も多いのではないでしょうか。一方、職場では、女性にも男性と同等の働き方や「成果」が求められます。男女共働きが進んだといっても、夫婦が共に家事育児をする状況になっていなければ、女性が本当に働き続けやすい社会になったとは言えません。
男性は将来の安心のため、今から仕事に貯蓄に頑張ろう!
――「仕事に集中したいから、結婚したくない」という若い女性が増えるのは自然の流れというということですか。
坊美生子さん 昔で言う「バリキャリ」を目指すわけではなくても、未婚のほうが自分のやりたい仕事を続けやすいという意識はあると思います。女性が子どもを持つ負担は大変なものです。性的役割分担が今のままでは、女性は身体的自由と時間を奪われてしまいます。
ただ、世代によって差はありますが、女性にも「家事育児は妻が中心になってやらなくては」という意識が刷り込まれている側面もあります。女性自身がキャリアアップを目指すなら、そこは変えていかなくてはなりません。
――女性はシングルで生きても、パワフルな生き方ができるという先例があるわけですが、男性は良くない先例があって心配です。結婚すべきかどうか、悩んでいる若い男性にはどうアドバイスしますか。
坊美生子さん 現在の未婚の高齢男性の経済状況が厳しいからといって、結婚すればよくなるとは決して言えません。先ほど述べたように、むしろ、経済状況が厳しいために、結婚自体が難しいという方もいると思います。
希望する方は家庭を持ち、また老後も安定した生活を目指すためには、現役時代のうちにキャリアアップし、年収水準を少しでも上げるように、挑戦し続けてください。「人生100年」と言われていますから、長い老後を見据えて、計画的に資産形成していくことも大切です。妻に安定収入を求める若い男性が増えていますが、夫が家事や育児をしっかり分担しなければならないことも、理解しておきましょう。稼ぎをシェアするなら、家庭のことも、妻とシェアすることは当然です。
女性はライフイベントを経てもしっかり働き、リスクマネジメントを
――若い女性にはどうアドバイスしますか。
坊美生子さん どのようなライフコースを選択するかは、もちろん個人の自由です。結婚するかしないか、どのように働いていくかは、その人の考え方によります。
ただ若いうちから理解しておいてほしいのは、雇用の場合、現役時代の年収の水準は、老後の年金の水準に反映されるということです。現在の高齢者で、男女に大きな年金格差が見られるのは、現役時代の賃金格差が大きかったからです。
近年は、結婚・出産・育児を機に会社を退職する女性は減りました。ただ、より詳しく状況を見ると、育休復帰後に、正社員からパートに雇用形態を変えたり、基幹的な業務から補助的な業務に移ったりする女性はたくさんいます。日本ではまだまだ性別役割分業意識が根強く、家事育児の負担が妻に偏っているからです。
でも、キャリアダウンによって給料の水準が下がれば、老後の年金の水準も下がります。いったん退職してしまうと、35歳を超えてから、女性が正社員として再就職するのは、まだまだ厳しいというのが現実です。また、万が一離婚すると、これまでに説明してきた高齢の離別女性のように、経済的状況が厳しくなるリスクが高まります。
若いうちは、目の前の仕事や、結婚などで頭がいっぱいで、老後のことまでは、イメージが湧かないという人も多いでしょう。でも生きている限り、「老後」はいつかやってきます。様々なライフイベントを経ても、しっかり働き、安定した収入を確保することが、女性自身のリスクマネジメントにつながると言えます。
(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
坊 美生子さんプロフィール
ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員 2002年読売新聞大阪本社入社、2017年ニッセイ基礎研究所入社。
専門・研究分野 高齢者の移動サービス・交通政策、高齢者の消費、ジェロントロジーなど。