「年収の壁」アップできない政府のジレンマ
――しかし、現在は政府、経済界、労働界をあげて、「賃金と物価上昇の好循環を目指す」というスローガンで一致しています。「年収の壁」を「130万円」から「182万円」に上げればいいではないですか。非常にシンプルな解決策に思えますが。
中浜さん 過去はそうしていたのですから、今もそうするべきだと思います。しかし、「年収の壁」を引き上げてしまうと、政府が目指している「社会保険の適用拡大」や「社会保険の充実」の方針と反してしまうのではないでしょうか。また、少子高齢化や人口減少によって社会保険料を支払う人が減ってしまっている中で、社会保険料の財源を確保したいとの考えもあるように思います。
しかし、賃金が上昇している中で、「130万円の壁」をそのままにしてしまうと、パートタイム労働者はもっと就業調整をしてしまい、人手不足がさらに深刻になるでしょう。社会保険の適用拡大や充実か、人手不足の解消か、どちらを優先するかだと思います。
そこで、政府は、10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始しました。ただ、これは3年程度のもので、内容も企業への助成金を支払うなど、一時的な政策です。
――「年収の壁」を「130万円」から「182万円」に引き上げれば、そうした問題も全部解決できるのでしょうか。
中浜さん リポートで書きましたが、「年収の壁」を意識して就業調整をしている450万人が労働時間を現在の1日4時間から6.1時間に増やせば、労働力が2.1%拡大できて、少なくても労働力不足が経済成長を制約する事態は防げます。
また、労働時間の増加によって個人所得が年間約62.6万円増えます。これによって、消費は全体で年間約1兆8000億円増える計算になり、GDP(国内総生産)の押し上げに寄与することでしょう。
もともと賃金の上昇に応じて引き上げてきたのですから、シンプルに考えて「年収の壁」を上げるのが良いと思います。