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客から暴言・罵倒・脅迫「カスハラ被害」 被害者ほど8倍加害者になりやすいとの調査結果

   「カスタマーハラスメント」(カスハラ)とは、従業員に対する顧客からの暴行・脅迫・暴言・不当な要求といった著しい迷惑行為のことだ。今年(2023年)9月から、労災認定基準上の「禁止行為」に指定された。

   働く主婦・主夫層のホンネを探る調査機関「しゅふJOB総研」(東京都新宿区)が2023年10月19日、「カスハラに関する意識調査」を発表した。カスハラの被害を受けた人は5割を超え、被害経験のある人はない人に比べ、加害者になる割合が8倍高いという結果が出た。どういうことか、調査担当者に聞いた。

  • ストップ!カスハラ(写真はイメージ)
    ストップ!カスハラ(写真はイメージ)
  • ストップ!カスハラ(写真はイメージ)
  • (図表1)カスハラの被害者になったことはあるか(しゅふJOB総研調べ)
  • (図表2)カスハラ被害者経験と被害者経験の有無の比較(しゅふJOB総研調べ)
  • (図表3)カスハラと感じる行為ランキングTOP5位(しゅふJOB総研調べ)

「目の前で、書類をバラバラに破かれた」

   厚生労働省は2023年9月1日、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を改正。認定基準に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)を追加した。近年、悪質なクレーマー客から被害を受け、「うつ病」などになる人が急増しているからだ。

   しゅふJOB総研の調査(2023年9月12日~19日)は、就労志向のある主婦層637人(女性のみ)が回答。まず、「カスハラの被害者になったことがあるか」と聞くと、「何度もある」(22.1%)と「一度はある」(29.5%)を合わせて、半数以上(51.6%)が「ある」と答えた【図表1】。

   また、「カスハラの加害者になったことがあるか」と聞くと、「ある」と答えた人が6.8%いた。興味深いのは、カスハラの加害者になった経験の有無と、カスハラの被害者になった経験の有無を比較した結果だ。

   【図表2】がその結果のグラフだ。これを見ると、カスハラの加害者になった人のうち、被害経験の有無を調べると、被害のあった人(11.8%)のほうがない人(1.5%)より、約8倍(7.9倍)も高いことがわかる。これは、被害を受けたうっぷんを加害者になることで晴らしているのだろうか。

   どのようなカスハラ被害を受けているのか。【図表3】がカスハラと感じる行為ランキングのトップ5だ(複数回答)。「大声で怒鳴られたり罵倒される」(74.7%)、「長時間しつこく問いただされる」(72.2%)、「暴言をはかれる」(70.2%)などが上位に並ぶ。

   フリーコメントを見ると、悪質なクレーマー客に悩む実態が浮かび上がる。

「目の前で、こちらが用意した書類をバラバラに破かれた」(40代:今は働いていない)
「まだ学生の時、接客業のバイトをしていた時に何度も怒鳴られた。当時はなぜあんなに怒るのかがわからなかったし、怒りの内容も理解できなかったが、今思えば、お客が若いバイトを下に見ていいと思われていただけ」(30代:パート/アルバイト)
「カスハラという名前になったことで、軽い印象になる。本来は暴行や恐喝といった犯罪では?」(40代:正社員)
「保険の調査員をしていた時に、お金が絡むので大声で威嚇されたり、言葉尻を取られて謝罪を要求されたりすることがあった。でも、相手の言葉を言葉として心で聞かないようにしていた」(60代:契約社員)
「特にラッシュアワーにレジに入ると、イライラしたお客様からのあたりがキツイです。年末には毎年暴力事件が発生します。お客様のお忙しい時間と、イライラしている方を避けたいのが本音です」(50代:パート/アルバイト)

   会社や上司に対する注文が多かった。

「上司が部下を守る姿勢を見せることが必要です」(50代:派遣社員)
「理不尽な要求など正当性のないカスハラは、もはや犯罪なのでどんどん警察などに通報すべきだと思う。同時にカスハラがあった際に従業員を守ってくれない上司/会社は淘汰されて欲しい」(40代:SOHO/在宅ワーク)
「私の場合では、会社の対応が悪く、お客様の言い分はもっともなのに、間に挟まれた結果、暴言や長時間の罵倒に繋がるケースがほとんどでした」(50代:派遣社員)
「法律で取り締まるほうがいい。監視カメラなどでチェックが必要」(40代:パート/アルバイト)

   なかには、

「AIに相手をしてもらいたいです」(40代:契約社員)

と嘆く声もあった。

   一方で、「カスハラ」という言葉に疑問を抱く意見も。お客の正当な要求を拒否することにつながる可能性もあるというわけだ。

「カスハラというジャンルができて、接客業経験者としては、良い時代になってきたと感じました。逆に、こちらが顧客の立場で、お客様センターに問い合わせをしたとき、たまに対応が悪すぎる人がいます(40代:今は働いていない)
「最近では商品や店員に関しての真っ当なクレームも『カスハラ』と片付けてしまうサービス提供側も増えていると思います。正式な線引きをもっとメディアなどで頻繁に周知する必要があるかと思います」(50代:フリー/自営業)

「職場側には、従業員の安全を守る義務がある」

   J-CASTニュースBiz編集部は、研究顧問として同調査を行い、雇用労働問題に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに話を聞いた。

――この調査でショックだったのは、被害者経験がある人がない人より、カスハラ加害者になった経験が8倍もあるという箇所です。カスハラの痛みを知っているはずなのに、なぜなのかと理解に苦しみました。

川上敬太郎さん これは必ずしも、カスハラ被害の経験がある人のほうが、経験がない人よりも加害者になる可能性が高い、ということを示しているとは言い切れないと思います。もちろん、カスハラ被害者はストレスがたまっているため、その分、加害者にもなりやすい可能性についても否定はできません。

しかし、そもそも顧客の振る舞いに対して、それをカスハラだと認識するかどうかには個人差があります。それは、自分自身が顧客になった場合の振る舞いでも同じ。自分に大声を出している自覚がなくても、相手側は大声と受け取ってカスハラだと感じる場合もあれば、その逆もありえます。

その点を踏まえると、カスハラに敏感な人は自分が被害者側であっても加害者側であっても敏感であり、敏感ではない人は、自分が被害者側であっても加害者側であっても敏感ではない可能性もあると思います。

――フリーコメントでは、カスハラの線引きについて悩む声が多く寄せられました。どの時点で警察に通報したらよいかと迷うという声が多かったです。管理職としてどう対応すべきでしょうか。

川上さん カスハラに限らず、あらゆるハラスメントは受け手側がどう感じるかが判断の軸になります。

しかし、顧客のどんな行為をカスハラと感じるかには個人差があるため、たとえば、大声で怒鳴られるケースであっても、「顧客が何dB(デシベル)以上の大きさで声を張り上げたらカスハラ」などと明確に定めるのには限界があります。

そのため、個人差があることを前提に、「大声を出す」とか「脅迫する」といった表現で事例を示したうえで、従業員側が顧客の振る舞いに対して、それらに該当すると感じるかどうかが1つの判断基準になってくるのだと思います。

――従業員の自己判断に委ねられるわけですね。

川上さん 一方で、職場側には従業員の安全に配慮する義務があります。暴力行為でケガでもしようものならカスハラどころか傷害です。言葉であっても心が傷つけられたり、威圧的な態度に恐怖心を覚えたりと、従業員の心身の安全が脅かされる場面に対しては、顧客として対応することをキッパリと拒否し、状況によっては警察に通報するなど、職場が毅然とした態度を示す必要があるはずです。

しかし、職場側が相手を顧客だと見なしている限り、従業員としては仕事として対応しなければならなくなります。果たして、暴行したり、土下座を強要したり、恫喝したりする相手であっても、お金さえ払えばその相手は顧客なのでしょうか?

カスハラの根幹には、そもそもの話として、職場側がどのような相手を顧客と見なすのかという問題が潜んでいると感じます。

「お客様は神様です」は危険なスタンス

――フリーコメントには、カスタマーサポート経験者から「対応時間が2時間以上になったら上層部の指示を仰ぐ」という声がありましたが、長すぎないでしょうか。カスハラの境界の基準作りをどうしたらよいと思いますか。

川上さん 職場で基準を設けておくこと自体は必要なことだと思います。ただ、実際に運用すると杓子定規にはいかないことが多々発生するはずです。時間を目安にした場合も、たとえばパソコンが苦手で耳が不自由なお年寄りに操作方法を丁寧に説明していたら、2時間以上経過していたということもあると思います。

逆に、激昂した顧客から罵詈雑言を浴びせられたら、3分でも永遠のように長く感じるものです。「〇時間」という基準が長いか短いかは、運用する中でより適切なラインが調整されていくのだと思います。

同時に、時間の長さ以外の別の基準も含め、より適切な基準を設定していく工夫を重ねていくことは必要でしょう。

――ところで、真っ当なクレームをカスハラ呼ばわりする傾向はいかがなものかと、疑問を投げかける意見もみられました。

川上さん 従業員側がカスハラだと訴えたとしても、実は自分の非を認めたくないばかりに顧客側に責任を押しつけようとしたり、横柄な対応など従業員自身が対応を改めるべきケースだったりすることも中にはあると思います。職場側が従業員と顧客双方の言い分を聞いて、総合的に判断する必要があります。

しかし、従業員側に非があるからといって、暴力行為など顧客側の過度な振る舞いが容認されるものでもありません。

クレームが発生した場合、顧客の主張内容が真っ当であるか否かと、顧客の振る舞いとは切り離して考える必要があります。職場としては、クレーム内容と顧客の振る舞いを一緒くたにせず、顧客のクレーム内容がもっともであれば改めるべきは改め、一方で顧客の振る舞いが行き過ぎたものであれば、毅然と対処するという焦点の切り替えが必要になります。

――フリーコメントで多かったのは、「上司は、部下を守ってほしい」という要望と、「お客様は神様です、という考えはおかしい」という意見でした。

川上さん 「お客様は神様です」という言葉を曲解すると、顧客側と従業員側のどちらも「顧客はどんなに横柄に振る舞ってもよい」「顧客には何があっても逆らえない」といった考え方に陥ってしまいがちです。

顧客を大切に思う姿勢は尊いと思いますが、絶対視して盲目的に服従してしまうのはナンセンスです。中には後者の意味で顧客を神様と見なすよう求める職場がありますが、従業員の心身の安全を損なう危険なスタンスです。

従業員に危害を加えるような相手はそもそも顧客ではない、という毅然とした姿勢を職場が示さなければ、従業員は狼藉者に対して無防備な状態で働かなければならなくなります。その結果、従業員が何らかのダメージを受けることになったとしたら、その責任は安全配慮を怠った職場側にあります。

あらゆるハラスメントは、自分が被害者の場合には敏感で、加害者の場合は鈍感になる可能性があります。自分にそのつもりがなくても、いつの間にか加害者になってしまうかもしれないということを、社会で生活している全ての人は心に留めておく必要があるのではないでしょうか。

(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)