ジャニーズ事務所が2023年10月17日、社名を「SMAILE‐UP.(スマイルアップ)」に変更した。
今年(2023年)の企業不祥事の代表と言えば、ビッグモーターとジャニーズ事務所が双璧をなすが、ビッグモーターを企業統治の面からリポート「ビッグモーターの事例から学ぶ不祥事の発生要因と防止策」(10月5日付)にまとめたのが、日本能率協会総合研究所の前島裕美主任研究員だ。
J-CASTニュースBiz編集部は、企業のコンプライアンス指導に携わっている前島さんに「旧ジャニーズ事務所、私ならこう改革をアドバイスする」という観点から話を聞いた。2回に分けてお送りする。
現経営陣は、「喜多川氏の息のかかった人」
――東山紀之氏が社長、井ノ原快彦氏が副社長という現在の旧ジャニーズ事務所の経営陣体制、もし前島さんが改革支援の仕事を受託したら何から始めますか。
前島裕美さん 通常の企業なら、従業員が経営陣に対してどう思っているか、また、社内の法令順守の体制がどうなっているか、細かく従業員にアンケートの聞き取り調査を行い、どんな会社か全体像を把握することから始めます。しかし、旧ジャニーズ事務所の場合、今の段階では、従業員の聞き取り調査は必要ないでしょう。 旧ジャニーズ事務所が外部専門家による再発防止特別チームに依頼して行った調査報告書を詳細に読み込むと、言葉に詰まるほど、読むに堪えないほどひどい企業実態だったことが書かれています。 性被害に遭った元ジャニーズジュニアの少年たちたちの聞き取りによると、彼らが日常、直接接する相手は3人しかいませんでした。ダンスの振付師、マネジャー、そしてジャニー喜多川氏です。その喜多川氏から性被害を受けても、ジュニアたちはマネジャーに相談することができなかったそうです。なぜなら、「マネジャーが困るだけだから」と。
――マネジャーが困るだけだからとは、どういう意味ですか。困っているのは自分たちではないですか。
前島さん 少年たちから相談を受けたら、マネジャーとしては会社上層部に訴えなければなりません。しかし、上層部には喜多川氏の行状は先刻承知で、何も変わるわけではない。むしろ、訴え出たマネジャーの会社内の立場が悪くなり、少年たちと上層部の板挟みに苦しむことになる。 そういったことまで、性被害を受けた少年たちに気を使わせるほど、ひどい犯罪的な空気が会社内にまん延していたということです。そして、現在の従業員たちにとって、社長の東山紀之氏も、副社長の井ノ原快彦氏も、ともに「喜多川氏やメリー氏の息のかかった人」という認識しかない可能性があります。 藤島ジュリー景子氏も、まだ100%株を持っており、同族経営であるという体質は変わっておりません。
「私は知らなかった」は、経営者のNG言葉
――つまり、現在の経営陣の体制では、従業員のアンケート調査を行なっても、自由な意見やホンネが出てこない可能性が高いというわけですね。
前島さん そのとおりです。企業には「100人の壁」があります。経営者が、従業員ひとり一人が何をしているか把握できるのは100人が限度。100人を超えたら、経営陣と一般従業員の間に管理職を配置して、きちんと権限委譲をするのが経営の基本です。しかし、旧ジャニーズ事務所では管理職層が全く機能しておらず、まだその人たちが残っています。 ビッグモーターの前社長が会見で「私は知らなかった」と言いました。同様にジュリー景子氏も「私は知らなかった」と同じことを言っています。社内で行なわれていることを知らなかったというのは、経営者としてNG、職務を放棄しているのと同等である証拠です。東山氏も会見で「私は知らなかった」という趣旨の発言をしています。
――東山氏ら新体制の経営陣は、能力的にも、また従業員からの信頼度の面でも不安があるというわけですね。では、前島さんなら経営陣にどうアドバイスしますか。
前島さん 外部から参謀を呼ぶことを強く勧めます。経営陣に耳の痛いことをビシッと直言できる人物です。私が好きな経営者に「世界のホンダ」の創業者・本田宗一郎がいるのですが、彼には技術畑出身の藤沢武夫という名参謀がおりました。宗一郎は藤沢の言うことは何でも聞いて、実印を預けて経営を任せたと言います。 旧ジャニーズ事務所内には、モノ言えぬ同族経営の風土がずっと続いてきましたから、参謀が務まる人がいるとは、とても思えません。
北海道名物「白い恋人」立て直しに学ぶ
――旧ジャニーズ事務所を立て直すには、どうしたらよいと思いますか。
前島さん 過去の不祥事企業の再生ケースが参考になります。たとえば、北海道のお菓子の名物に石屋製菓(札幌市西区)の「白い恋人」があります。2007年に、「白い恋人」の賞味期限が不正表示されていたり、バウムクーヘンから黄色ブドウ球菌が検出されたりしたことが発覚しました。 同族経営にありがちな、衛生・品質管理体制の甘さや、賞味期限の不正表示に関する隠蔽体質が明るみとなり、不祥事としてメディアで大きく報じられました。 そこで、メインバンクの北洋銀行から取締役の島田俊平氏が新社長として乗り込んできました。島田氏は、社長就任と同時に「同族経営から脱却して社外の人材を登用し、甘い企業風土を変えたい」と経営陣を入れ替えます。 そしてわずか1週間で、問題点を検証するコンプライアンス確立委員会を設置。「マイナス要素もすべて公表し、その対策を包み隠さず愚直に伝えることで、信頼を取り戻す」と発表します。とにかく動きがスピーディーなのです。すぐさま、広報とは別の情報公開のための部署をつくり、対外的な情報発信を次々に進めます。 素晴らしいのは、これまで「白い恋人」の賞味期限は、菓子袋に表示していたのですが、ひとつひとつのお菓子の包み紙に表示したこと。小分けに配る人が多いことを考えたアイデアでした。 実は「白い恋人」は、観光客向けのお土産として、北海道以外では有名ですが、地元ではあまり食べなかったそうです。しかし、この頑張りと努力が北海道民の心を打って、北海道でも人気になったと聞きます。
スキャンダルから立ち直った吉本興業
――災い転じて福となす。いい話ですね。
前島さん ほかにも、同じエンタメ業界の雄である吉本興業も、かつて芸人と暴力団との癒着などのスキャンダルが相次ぎ、メディアから批判されました。しかし、見事に立ち直り、現在の危機管理は素晴らしいものです。特に、芸人の反社会勢力との付き合い方に対する研修は徹底していると聞いています。 吉本興業のウェブサイトをみると、「向う側にひとがいる。笑ってくれるひとがいる」という会社の理念がしっかり書かれています。特に、企業は「社会の公器」であるという点を強く打ち出していることは「サステナビリティ」の項目をみるとわかります。「笑いを心のインフラに」として、吉本が目指すもののトップに「健康と福祉」を掲げています。 お年寄りに笑いで元気になってもらおうと、「よしもとお笑い介護レクリレション」という動画サービスを介護施設に提供しているのです。また、次世代育成のために、社員の子育て支援、女性活躍にも本気で取り組んでいます。
――正直、吉本興業がそういったことに力を入れていることは知りませんでした。
前島さん 不祥事を起こした企業がたどる運命は2つです。破滅への道を突き進むか、それとも、不祥事をバネに大改革を進めてこれまで以上に躍進するかです。雪印グループは前者で、その後も不祥事を起こし続けて廃業し、雪印メグミルクになりました。 後者の代表には、ほかにも焼きそばの「ペヤング」のまるか食品(群馬県伊勢崎市)があります。2014年12月、「ペヤングソースやきそば」にゴキブリが混入していたと、SNSで発信されたのです。まるか食品の対応は見事でした。工場を一時停止して、「そういう事実はない」と言えば済むものを、「虫が入る余地はあり得る」と発表して、設備全体を見直すと広告を打ったのです。 そして、全工場の生産を半年間ストップさせて、徹底的に調べ上げました。その間、全国の大好きな焼きそばを食べられなくなった「ペヤングファン」が応援し、新しいファンまで増えました。(後編に続く)
(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
前島裕美さん
(株式会社)日本能率協会総合研究所組織・人材戦略研究部主任研究員、経営倫理士 お茶の水女子大学大学院修了、2002年同研究所入社。調査研究・コンサルタントとして、約20年にわたり多くの企業のコンプライアンス対策、ダイバーシティーマネジメント、経営改革などを支援。