「俺が決めていいなら...」原作者が参加する同人誌即売会「博麗神社例大祭」の特異性 代表が設立経緯とコロナ禍を振り返る

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   個人が趣味で制作した漫画や小説「同人誌」を売買する同人誌即売会が大きな注目を集めるようになった。お盆や年末年始には世界最大級の同人誌即売会であるコミックマーケットの様子がテレビでも報じられている。このほかにも日本には多種多様な同人誌即売会がある。

   特定のジャンルに関する同人作品だけを取り扱う「オンリー」と呼ばれる即売会で、大きな存在感を放つのが「博麗神社例大祭(以下例大祭)」だ。日本最大の展示施設である東京ビッグサイトを会場とし、ZUNさんの展開する作品群「東方Project」を愛好するファンでにぎわう。原作者であるZUNさん自身も出展し、ここで新作を発表することもある。

   ファンが既存の作品を下地に制作した「二次創作」をめぐっては、近年は権利者がガイドラインを設け公認するケースも増えたが、著作権に抵触する可能性があることからファンの間で密かに楽しまれることが多かった。

   原作者も参加する二次創作イベントは珍しい。例大祭はオンリーとして国内最大規模に成長した。J-CASTニュース編集部は2023年9月、例大祭が歩んできた道のりやコロナ禍の影響を取材した。

(聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 瀧川響子)

  • 博麗神社社務所・代表の北條孝宏さん
    博麗神社社務所・代表の北條孝宏さん
  • 例大祭に関する冊子
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権利関係を「理想に近い形でクリア」

   「東方Project」は、同人サークル「上海アリス幻樂団」を主宰するZUNさんが作り上げた世界観をもとに展開される作品群だ。妖怪・鬼・幽霊・神などが息づく「幻想郷」を舞台として、博麗神社に住んでいるキャラクター・博麗霊夢らが活躍する。現在は同作をもとにしたイラスト、マンガ、動画、音楽など幅広いコンテンツが、個人や企業の手から生み出されている。

   そんな東方コンテンツを愛好するファンが集うのが例大祭だ。2004年春からほぼ毎年続けられており、昨今は秋にも開催されている。個人が趣味で制作したものを販売する「サークル」だけでなく、東方関連の製品・サービスを提供する企業も出展する。運営するのは、博麗神社社務所と呼ばれるボランティア団体だ。その代表を務める北條孝宏さんが取材に応じた。

――開催前に、原作者であるZUNさんとは何かお話があったのでしょうか。

北條さん:最初は、ZUNさんに連絡を取ったそうです。ZUNさん自身は元々ゲームメーカーに勤められていた方で、二次創作にも理解があったようです。
鈴木氏が当初に考えていたイベント名は現在のものとは異なります。それをZUNさんに伝えたら「それはちょっとかっこよくないな」「なんか違うな」と言われたそうで、「俺が決めていいんだったらこの名前にしてほしい」とご提案されたのが「博麗神社例大祭」と聞いています。

――それでは立ち上がりから権利者と円満な関係を築くことができた同人誌即売会だったのですね。

北條さん:そうですね。ZUNさんは初回から参加してくださいましたし、4回目ごろまではZUNさん自ら参加していたサークルの皆さんに自分の作品を配って回っていたんですよ。当時はほとんど手焼きでゲームを制作していて、それを一枚一枚『良かったらどうぞ』という形で。5回目以降は規模が大きくなりすぎてできなくなったはずです。

――原作者自らお話しに来てくださるとはファン冥利に尽きますね。

「こうした経緯で期せず原作者に容認される形で二次創作を行える稀有なジャンルになりました。昔から二次創作をめぐる著作権問題はいろいろありましたが、それが一番理想に近い形でクリアできていたのが、この『東方Project』だったと思います」

同人誌即売会「例大祭」の特異性

――例大祭と言えば、関係者によるトークイベントや音楽サークルによるライブなど他の同人誌即売会には見られない企画もありますね。

北條さん: 10回目まではジャンルの勢いもあってサークル数が増加傾向にありましたが、11回目以降はサークル数がちょっとずつ減り始めました。最も多かった第10回は5000サークルを超えましたが、ここが限界ではないかと考えはじめ企画性の強い要素を取り入れるようになりました。
当時「同人誌即売でそういうことするのはどうなの?」という意見もなくはなかったんですが、我々としては単なる同人誌即売会というよりは、「東方好きが集う面白いイベント」にしていきたかった。一人で行っても必ずたくさんの同志がいて、そこにたくさんの東方のコンテンツがあって、一日楽しむことができる。つまり普通の即売会だったら目当ての本を買ってちょっと見て回って帰る参加者が多いですが、我々のイベントは買い物だけなく企画も楽しんで帰られる参加者が多いです。全体の8割ほどは閉会まで残っているかなと思います。サークルさんもほぼ帰らず最後までお付き合いいただくことが多いです。

――昨今、同人誌即売会のスタッフや参加者が高齢化しているというお話も聞きます。例大祭については、若い参加者が多いことも特徴的ですね。「初めて訪れた同人誌即売会は例大祭だった」という話も聞きます。

北條さん:現状だとおそらく10代、20代が来場者の7~8割ぐらい。もっというと10代以下の子も多くて親子連れの姿も目立ちます。例大祭は即売会というよりも「イベント」としての側面を前に出し、情報発信を続けました。
SNSやウェブはもちろんですが、初期の頃、特に我々が重視していたのは「ニコニコ超会議」です。当初はドワンゴさんから併催イベントの形でご提案を受けたのですが、会場内に即売会を設けるだけでは正直「つまらないな」と。うちとしてはニコニコ超会議で面白いと感じてくれた子たちを例大祭に呼び込みたかった。なぜならニコニコ超会議に来るのはライトなオタク層で、ちょうど開催時期もニコニコ超会議はゴールデンウィークの初め、例大祭は最後の方だったからです。そこでドワンゴさんに交渉して、例大祭のスタッフ体験や、オリジナルマグカップや缶バッチを制作できるコーナーを設けました。受けが良かったのでコロナ禍前まで続けることができ、超会議からの流入を増やしました。
次に重視したのが動画配信です。ニコニコ超会議が動画文化だったこともあり、例大祭の情報を発信する生放送を月1ペースで始めました。ショート動画なども始めました。最近は元から興味の強い人以外はなかなか自発的に情報を取りに来ません。流し見ていた動画に興味があれば食いつく傾向にあります。そのために、FacebookやYouTubeで流れてくるようなショート動画を制作し、「行ってみようかな」と思える情報を盛り込みました。こういった情報発信はどこのイベントよりも率先して取り組めたと思います。

――ターゲットをはっきり定めて情報を発信できていたんですね。

北條さん:情報発信が好きなメンバーたちが生放送専用のチームを作って本格的に取り組み、他の即売会とは違う参加者層が増えてきたと感じています。
若者向けの企画としては、有志の作家さんが絵の描き方を教えてくれる塗り絵企画や、子供向けのイラストコンテストも行っています。コンテストは18年から始めて、20年は開催できませんでしたが21年から再開しました。技量が高い作品も多いです。これが応募作をまとめた冊子です。今年は420作品くらい応募があって、小中学生だけでこれだけの数が来るのはすごくないですか?

――すごいですね!キャラや世界観を理解して描かれている絵が多く、構図にも工夫が見られます。

北條さん:これをきっかけに例大祭に来てくれる小中学生も増えました。優勝者には表彰式があり、実際にZUNさんとお話しできる機会も設けていました。これも例大祭の活力の一つになっています。
企画はお金も手間もかかりますが、イベントが盛り上がれば参加者が集まりやすく、人が集まるところにサークルさんも本を売りに来てくれます。

「東京ビッグサイト」の会場問題

   同人界隈はここ数年、「会場問題」に悩まされた。例大祭やコミックマーケットをはじめとする大規模同人誌即売会は、総展示面積11万5420平方メートルを誇る東京ビッグサイトを用いている。

   2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に伴い、19年4月から東ホール、20年4月からは残る西ホールが10月まで閉鎖された。国際放送センター、メインプレスセンターとして利用されたためだ。仮設会場として用意した青海展示棟の総展示面積はわずか2万3000平方メートルほどで十分なキャパシティがあるとは言えなかった。日本で2番目に広いイベント会場である幕張メッセも競技会場として利用されていたため、コミックマーケットをはじめとする大規模同人誌即売会が苦悩した。

――最近はコロナ禍で苦戦されたと思いますが、その前には東京五輪がありました。

北條さん:ありましたね。最初に我々が出した答えは「開催場所が東京じゃなくてもいいんじゃないか」でした。そうはいっても全国各地で東方オンリーは行われていますし、既にほかの団体がイベントを開催している場所に出張るのもなるべくさけたい。地方に離れるほどスタッフを集めることが難しくなり、機材や備品を運ぶのも大変ですが、最終的にはギリギリ開催可能な距離であるとして静岡を選びました。

――地方開催に踏み切るのは容易ではないと思いますが、なぜできたと思いますか。

北條さん:1つは統括責任者が最低でも月1で集まって会議を開き、物事を合議制で進める形をとっていたためです。やると決めたらどんな風に進めるか半分ノリで話し合いを進めました。他の即売会だったらそんなにすんなりいかないのではないかと感じます。地方開催それ自体も「企画」の延長、チャレンジの一環としてうまい方向に定まったように感じます。

――コロナ禍に突入すると、多くのイベントが中止や延期を余儀なくされ、経済的にも大きなダメージを受けました。

北條さん:例大祭もほぼ1年間イベントができなくなりました。静岡開催を告知したのはコロナ禍直前のことでした。観光協会、商工会、地元のお弁当屋さんなど地域の方々からも企画に対するご協力を頂き、カタログの表紙はマンガ家の岸田メルさんが描いてくださいました。しかし残念ながら2020年3月にコロナ禍が猛威を振るい始め、ギリギリまで会場と調整を続けていましたが、地元の関係各所や静岡市からも中止してほしいという声が寄せられました。5月の延期開催もかなわず、正式に中止となりました。
ただ接触機会の増えるイベントはできませんでしたが、どうせ予約もなく空いているからと会場を生放送用に貸してもらえました。イベントを行うはずだった会場から「来年絶対リベンジしたいと思っている。頑張ってやっていくんで皆さんも応援してくださいね」と決意表明の生放送を行いました。

――リベンジはいつできたのでしょうか。

北條さん:21年3月に静岡でリベンジ開催を行いました。これが失敗したら正直終わりだったかと思います。イベントを復活させられるまでは、このままだめになってしまうのではないかという気持ち半分で過ごしてきました。一回一回をぎりぎりのキャッシュフローで回していたので、これが中止となってものすごいダメージになりました。しかしすでに販売していたカタログを、例大祭の参加者がものすごく買ってくださいました。
ZUNさんからも買いたいとお声がけいただきました。さらに当時、東方Projectの名を利用したクラウドファンディングは認められていませんでしたが、特例でやっても構わないとも言っていただきました。しかしそれは最後の手段だと。立ち行かなくなって何もできなくなった時にやろうと思い、本当に薄氷一枚ギリギリのところでとどまっていました。
イベント当日は春の嵐のような大変な天気でしたが、参加者の皆さんは嫌な顔一つせず、ずぶ濡れになりながら列に並んでくれました。ZUNさんも新作を用意してくれました。全員がマスク、消毒、検温を徹底して、黙って参加するという厳戒態勢ながらも、静かな熱気は感じました。スタッフやサークル参加者さんはもちろん、会場からもお褒め頂きました。

――東京開催の同人誌即売会は全く別のストーリーがあったんですね。

北條さん:東京でなかったから、この時期に開催できた可能性はありますね。会場や自治体の理解が得られたことは大きかったです。

「ここで諦めたら本当に同人誌即売会が続けられなくなってしまう」

――21年当時の東京では、ゴールデンウィーク直前に緊急事態宣言が発せられ、わずか数日後に東京ビッグサイトで予定されていた数々のイベントが中止や延期を余儀なくされました。
(2021年4月27日配信:「家に本届いた子たちはどうするんだ」 開催前日に同人誌イベント苦渋の「延期」...主催者語る激動の2日間)

北條さん:私自身は、この時中止になった同人誌即売会「COMIC1 BS祭 スペシャル」の運営にも携わっていました。会場から「無観客であれば開催できる」と言われた翌日に、COMIC1代表の池上巌さん、コミックマーケット代表の市川孝一さんに連絡を取り、東京ビッグサイトに直談判しに行きました。その結果、延期開催が叶いました。

――当時、参加者の間では「イベントに迷惑をかけないよう感染症対策を徹底しなければならない」という雰囲気がありました。その後、コミックマーケットをはじめ様々な同人誌即売会が東京ビッグサイトに戻ってきました。「COMIC1 BS祭 スペシャル」の延期開催は、コロナ禍の同人誌即売会にとって一つの大きな節目だったのでしょうか。

北條さん:そうですね。「COMIC1 BS祭 スペシャル」が中止になったとき、各代表に行動力と団結力が無かったら、おそらくこのようにイベントを復活させることは困難だったと思います。ここで諦めたら本当に同人誌即売会が続けられなくなってしまうという危機感がありました。

――例大祭はいつごろ東京ビッグサイトに戻ってきましたか。

北條さん:21年秋です。約2年ぶりのホームグラウンドでしたが、どんな状況でも絶対にやるという覚悟を持って挑みました。都内のイベント参加者数は少なく、収支だけ見ればやるべきではなかったといっても過言ではないでしょう。しかしその先もイベントを続けるという強い意志があったし、やらなければならないイベントだったと振り返っています。
今年23年を迎えてまだ完全に収支の数字が戻ってきたわけはありませんが、おかげさまでなんとか展望は見えるようになってきたかと思います。

――コロナ禍は厳しい時代だったと思いますが、活気を取り戻すために取り組んでいることはありますか?

北條さん:接触を極力減らしてできる企画を、頭をひねりながら取り組み続けてきましたね。ことしはメモリアルイヤーで、春には第20回春季例大祭、秋には第10回秋季例大祭がありますので、記念誌などを作成しています。
また前回から学割を導入したところ、適用のサークルが100を超えました。こんなに参加を希望する若い方がかなりいたんだなと思いました。より参加しやすい、初めてのサークル参加に向けたコンテンツなどもさらに充実したものを作っていきます。

――例大祭の参加者さんにも話を聞きましたが、「東方Projectが好きな人たちと繋がれる場所を作っていただいたことに感謝している」と言っていました。

北條さん:ありがとうございます。同じ趣味の人々がちょっとでも楽しい思いができればいいなと考えています。僕らは、イベントはもちろん、終わった後にご飯を食べたり飲んだりしながらいろんなことを話すのが楽しみであり、オフライン(リアル)イベントの醍醐味だと考えています。コロナ禍ではそうもいかなかったですが、イベント後に仲良くなったファン同士の交流を深めてもらえたら嬉しいです。今は忙しくても頑張って例大祭に行きたい、東方のコンテンツを頒布するならば例大祭に行きたい、と思ってもらえるイベントを目指しています。
我々もどこまでイベントを続けられるか分かりませんが、今後も新しい企画に取り組み、引き続き挑戦を続けて行きます。
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