「登園前の子ども」の責任、保育所側に問うのは「酷すぎる」 2歳児置き去り死で専門家警鐘...本当に必要な抜本的制度改正とは

   岡山県津山市で保育園に送り届ける予定だった2歳の男児を車内に置き去りにし、死亡させたとして祖母が逮捕された事件で、男児の通う保育園が「保護者への来園確認を怠った」と謝罪したというニュースに対し、X(ツイッター)では「登園前のことなのに園を責めるのはおかしい」などの声があがっている。

   専門家も「子どもの命を守るという観点からは、保育所が登園していない家庭への連絡を徹底するとの対策は理解できないわけではない。しかし、どこまでの範囲で、保育所及び保育士の責任を問うことがあるべき姿なのか」と、保育施設側の責任を問う声について疑問を呈した。

  • おもちゃで遊ぶ子ども(イメージ)
    おもちゃで遊ぶ子ども(イメージ)
  • 「こどもの出欠状況に関する情報の確認、バス送迎に当たっての安全管理等の徹底について」(一部抜粋/内閣府公式サイトより)
    「こどもの出欠状況に関する情報の確認、バス送迎に当たっての安全管理等の徹底について」(一部抜粋/内閣府公式サイトより)
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  • 「こどもの出欠状況に関する情報の確認、バス送迎に当たっての安全管理等の徹底について」(一部抜粋/内閣府公式サイトより)

子どもを引き受ける前と後で「責任は分けて考えるべき」

   死亡した男児の祖母は、2023年9月9日に男児を保育園に送り届ける予定だったが、それを忘れて出勤し、約9時間放置したと報じられている。報道によると、男児が通う保育園は10日に保護者会を開催し、本来必要な保護者への来園確認を怠っていたと説明。今後、欠席連絡のない家庭には確認の連絡を徹底するなどとした。

   日本大学危機管理学部の鈴木秀洋教授(法務博士・保育士)は15日、J-CASTニュースの取材に対し、この事件について2つの視点から見解を示した。まず「引き受けの法理の考え方」という法的な視点から、「保育所が子どもを引き受けた後の責任と保育所が子どもを引き受ける前の責任とは分けて考えるべき」とした。

「裁判でも、(子どもを)どの段階で預かったと認定できるのかによって責任や賠償の範囲が変わります。例えば、バスの送迎時に安全確認を怠って降ろさなかったという場合には、当然保育所側に法的責任があります。しかし、今回の事例は子どもを保育所に預ける前の段階です。保育所側の引き受け行為前の段階にもかかわらず、バスの送迎時の安全確認と同様に保育所側の責任を問うのは、保育所側に酷すぎます。

保育所の法的責任の範囲というのは、本来的には、すでに登園し、遊び、学びしている目の前の多様な子どもたちの育ちを保障し、安全を守ることです。安全確保の法的責任範囲を広げて、まだ来ていない子どもが登園するかどうかについても、毎日同じ時間に全員チェックするようなことまで要求することは、現場に無理を強いることになります。安全対策に100%はあり得ず、どこに優先順位を置くのかを考えなければならないと思います」

一律の登園確認の連絡は保護者にとって困ることも

   鈴木教授は2つ目に、「一律に登園確認の連絡を徹底することが子ども本人や保護者へのプレッシャーになる可能性」を挙げ、子どもと保護者との関係性の悪化要因ともなるとした。

「子どもの体調は毎日変化します。子どもの食欲、感染の有無、体調等を考慮し、意思確認等し、場合によっては病院等を経由しながら、登園(時間)を調整せざるをえない事態は、保護者にとっては、むしろ日常の景色です。こうした中で、園からの確認連絡を徹底すると、定刻に登園すべきとのプレッシャーを与え、急がせる親とぐずる子どもというように子どもと保護者との間の関係をより悪くするとの報告例もあります」

   また、保育施設側が一律に登園確認の連絡を徹底することは、保護者と保育所との関係性の悪化要因ともなりうるという。

「保育所の登園時間は家庭ごとにそれぞれ違います。保護者の勤務形態や距離により、定時開園と同時に子どもを預ける保護者、第二子・第三子との関係で登園が遅い時間帯となる保護者、自営業、夜間勤務や不規則勤務の保護者等様々な家庭事情があります。保育所は、こうした保護者の仕事や家庭事情を尊重して適時・柔軟に支える姿勢が求められます。それゆえ、何時までに全員登園してくださいという仕組みは馴染まないのです。『(これまで保育園の先生と信頼関係を築きながら柔軟にやってきたのに)事故が起きたことで、一律に朝の登園確認が行われるようになり、(仕事や子どもの体調を考えながら時間調整して)忙しい時に、連絡回答をしなくてはならず、プレッシャーだし、煩わしい』という声も多数挙げられています」

   鈴木教授は「(これまで、保護者側の事情を尊重しながら、個別に対応してきた保育所側からすると)こうした事件を受けて、すべての家庭の登園確認を毎朝定時に行うのは保育所の責任との議論がなされるが、それは、果たして誰の利益になるのか」と、疑問を呈する。

「やはり、登園確認は、個別の家庭事情を考慮しながら行わざるを得ないでしょう。しかし、虐待の疑いがあるので登園を促す連絡を迅速にした方が良い場合、昨日体調が悪かったので様子を見ると連絡があったので、その点を考慮して遅い時間に登園確認をした方がよい場合など、100人いれば100とおりの配慮すべき家庭事情があります。

『保育園に遅れて行きます』と連絡がありながら、登園がないので再度の連絡をすると、『今日はやっぱりやめました』と状況が変わる場合も多々あります。保護者との信頼関係を壊さないように支援ベースでの個別の(登園時間)確認の連絡をすることは、形式的にただ、事務連絡をすればよいということではないのです」

事件を防ぐためには「事務員を必置にする」法改正が必要

   鈴木教授は、子どもの安全確保の責任について、次のとおり見解を述べた。

「私達は、子どもの安全確保の責任について、どこまでが保護者側で、どこからが保育所側だと考えるのでしょうか。子どもとの関わり・発達に関しての専門職である保育士の先生に何をどこまで要求すべきなのでしょうか。『登園していない子どもの確認をする責任』とは、すなわち、登園の意思や登園時間を保護者に確認し続けることになります。そこまで現場の保育士にお願いするのであれば、当然のことながら、目の前の子どもたちの保育に全力を注力することと背反する要求をしているということを頭に入れておかねばなりません。保育所の規模・定員数・保育所の先生の人数によって、できることに限界は生じます。もし登園の有無を形式的・事務的な安全確認行為として徹底するのであれば、子どもに向き合う専門職としての保育士とは別に、保育所という組織体の安全管理制度として、専用の人員を配置しなければいけません」

   それゆえ、今回のような事件を防ぐためには法制度を整備して、各保育施設に事務員を置くことが必要だと見解を示した。

「それぞれの保育所が任意に努力して事務員を置きなさいということではなく、国が全国一律に法制度を整備し、財源確保・援助を行って、事務職員を必置にすることが必要です。(牧之原市で起きた3歳児の)バス置き去り事件をきっかけに、厚労省・文科省・内閣府から2022年11月14日付で『子どもの出欠状況に関する情報の確認、バスの送迎にあたっての安全管理等の徹底について』の通知が出ていますが、さらに一段階上の、子どもの安全確保のための抜本的な制度改正が必要だと思います」

   今回の事件で保護者への連絡をしなかった保育施設や保育士の責任を問う声もあることに対し、鈴木教授は

「子どもの命に係わる職業の尊さと責任の重さ、その職責に見合った抜本的な給与体系の再構築と研修制度等の充実が急務です。保育所保育指針には、『子どもが生涯にわたる人間形成にとって極めて重要な時期に、その生活時間の大半を過ごす場』であること、『子どもが現在を最も良く生き、望ましい未来をつくり出す力の基礎を培うため』の指針が定められています。全ての人にこの指針を読んでほしいです。こうした重要な役割を果たしている保育所への国の法的・物的・人的体制整備・バックアップは圧倒的に不足しています。こうした状況下で、事件の度に保育士の責任を問うことは、今後より大きな事件を引き起こすことになりかねないと考えます。

保育所や保育士の仕事への社会的重要性の位置付けの再構築と抜本的体制整備が先行することで、子どもに関わる施設への厳格な審査や保育士等の専門職の(知識・能力)基準を厳格化することの正当性が根拠付けられます。現状のまま現場保育士に負担を加重するような国の通知では、能力がありかつ意欲のある保育士等がバーンアウトして、現場から辞めていく(そのため能力と意欲のない職員が欠員補充される)状況を加速させてしまう」

と警鐘を鳴らした。

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