山梨県の長崎幸太郎知事が2023年8月29日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見し、富士山の「オーバーツーリズム」(観光公害)対策として「富士山登山鉄道」の構想について熱弁した。
世界文化遺産への富士山の登録が決まってから、23年でちょうど10年。登録時点で来訪者数のコントロールや自動車の排気ガスを減らすという「宿題」があったが、来訪者は増加の一途をたどった。長崎氏は「真摯に対応していかなければ、最悪の場合は世界遺産登録を抹消されてしまう恐れがある」と危機感をあらわにしていた。
「スバルラインに自動車を通している限りは...」
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産センターは7月末、イタリア北部ベネチアを、保全が危ぶまれる「危機遺産」リストに加えるよう勧告。オーバーツーリズムや気候変動に対応できていないことが主な理由だ。長崎氏は「これは、なかなか看過しがたい問題」だとした。
山梨県の統計によると、山梨側から富士山の5合目を訪れる観光客の数は12年には231万人だったが、19年には506万人と2.2倍に増えた。マイカー規制を導入したことで普通車の数は減ったものの、大型バスの数が増えたため、全体としての数は減っていない。
河口湖付近から5合目までは有料道路「富士スバルライン」で結ばれているが、
「スバルラインに自動車を通している限りは、なかなか来訪者コントロールを効果的に行っていくことは困難」
だとみている。
長崎氏によると、多くの観光客が押し寄せることで観光客の満足度が下がったり環境破壊につながったりする「オーバーツーリズム」と、観光客が地元にお金を落とさない「ゼロドルツーリズム」の2つが課題で、「こうした課題を一挙に解決できる具体策」が「富士山登山鉄道」の構想だとしている。
具体的には、スバルラインを廃止して、跡地に約28キロメートルにわたって軌道を敷設。その上に次世代型路面電車(LRT)を走らせる。電気は地上からワイヤレスで供給し、パンタグラフや電柱もないため「自然破壊を最小限にする鉄道」だ。
鉄道にすることで入山者に「オブリゲーション(義務)を求めることができる」
記者からは、入山料を取ったり、事前に教育を受けさせたりすべきだとする質問が出た。長崎氏も大筋で方向性は同意したが、富士山の山頂に至るルートが法律上は道路として位置づけられており、「関所を設けて人の流れを止めることができない」ため、現実的には困難だという見方も示した。その上で次のように話し、鉄道に切り替えることの利点を強調した。
「スバルラインという道路法上の道路を廃止して、そこに鉄道を通すことによって、今おっしゃるような、入山料、例えば適正な費用の負担、あるいは知識を求めるとか、登ってくる方にオブリゲーション(義務)を求めることができるようになってくる」
電車ではなくEV(電気自動車)バスを走らせるべきだとの指摘には、急勾配でのブレーキと大量輸送に課題があるとした。
実現に向けたスケジュールについては
「具体的な提案をするための様々な準備作業をしており、今現時点において、『何年後』というのはなかなかまだまだ難しい段階」
と述べるにとどめた。
長崎氏は会見後改めて日本の記者団の取材に応じ、
「世界の皆さんにご理解いただけるような山の登り方の実現、あるいは来訪者のコントロールの仕方を、しっかりこれから探りながら議論をして、答えを導いていきたい」
と話した。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)