岸田文雄首相は、福島第1原子力発電所処理水の海洋放出を2023年8月24日に開始すると表明した。風評被害をなくすためには何が必要なのか。
この問題を考える上では、「安全」と「安心」が重要だ。安全とは、客観性に基づくもので根拠は科学に依存することが多く、その反対概念は危険である。安心とは、主観にもとづくもので人様々だが、その反対概念は不安である。先に達成すべきは安全であり、その後、安心が形成されていく。行政でできるのは安全までであり、安心には時間と説得が必要なのでマスコミの影響が大きい。安全であるにもかかわらず、不安があるときに風評被害が起こる。
検査結果をみても福島産の安全性は問題ないが、報道されない
大枠の方針は安倍晋三・菅義偉政権で決まっていた。処理水についてはかなり早い段階で科学的な安全性が確保されているという説明がなされ、今回IAEA(国際原子力機関)の最終確認も取られた。安全性確認も慎重な手順で行われ、処理水放出はあえて急がず処理タンクが満杯になるギリギリまで時間を使った。
安心に対する調査も継続的に行われており、消費者庁による「風評に関する消費者意識の実態調査」では、福島産品の購入を放射性物質を理由にためらう人の割合について、2013年2月第1回調査で19.4%だったのが、ほぼ一貫して低下し続けて、今年1月第16回調査で過去最少の5.8%まで低下している。
ただし、この結果について、メディアではほとんど報道されていなかった。また、福島県は今でも食品の放射性物質検査を行っており、検査結果も公表されている。その結果をみても福島産の安全性は問題ないが、これも報道されない。
政治家が処理水を飲んで安心をアピール
一方、中国が日本産輸入への不合理な規制強化となると大々的に報道する。安心につながる報道はなされないが、不安になるような報道がなされるというメディアの非対称によって、「安全であるが不安」がなかなか解消されない状況になっている。
ここでの出番は政治だ。古典的手法だが、政治家が処理水を飲んで安心をアピールするというパフォーマンスがある。これは、中国は政治的に難癖をつけているのでその撃退にもなるという一石二鳥の策だ。以前2011年当時にも内閣府政務官が処理水を飲んだことがあるが、その方はいまだに健在だ。
今回は外相が飲んだらいい。と同時に中国の外相にも自分のところで放出している処理水を飲めと言えばいい。中国の外相が四の五の言って飲まなければ政治的に負け、飲んでも日本の主張を認めたことになるので、いずれにしても日本にとって不都合ではない。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。21年に辞職。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「国民はこうして騙される」(徳間書店)、「マスコミと官僚の『無知』と『悪意』」(産経新聞出版)など。