広島市内を流れる川のそばに立つ公衆便所が「被爆建物」だった――そんな投稿がツイッター(現X)で話題になっている。日常に溶け込んだ建物が、原爆が投下された78年前に既に存在していたことに驚く声も相次いだ。
爆心地から480メートルほど離れた場所にある本川公衆便所(広島市中区)。被爆前から公衆トイレとして利用されていたと広島市の公式サイトに書かれている。どのような経緯で被爆建物だったことが発覚したのか。広島市市民局の平和推進課に話を聞いた。
「こんなものが人知れず残っていたのか」
話題の発端は、2023年8月15日のツイッター投稿だ。本川公衆便所の印象を「広島市内にある何気ないトイレ」と伝えた投稿者は、同公衆便所が実は被爆建物で、近年明らかになったと紹介。添付された写真を見ると、一般的な公衆便所と同じようにみえるが、被爆当時から存在しているという。
4万件以上の「いいね」を集めるなど話題になった今回の投稿には、「びっくりです...貴重なトイレ...」「初めて知りました」と驚く声が寄せられた。
投稿者は8月16日、本川公衆便所の写真を撮影したのは8月6日だとJ-CASTニュースの取材に明かす。この建物を知ったのは17~18年ごろで、当時「こんなものが人知れず残っていたのか、約70年もよく知られなかったな...」と感じたという。
広島市の公式サイトを見ると、同公衆便所は「被爆建物リスト」に載っている。広島市が所有するもので、原爆が投下される前から公衆便所として使用されていた。
どのような経緯で発覚したのか。広島市市民局の平和推進課は同日、同公衆便所は15年10月2日に被爆建物に登録されたと取材に明かす。新たな被爆建物なのではないかという市民からの情報があり、広島市が実際に調査したところ、被爆当時から存在するものだと明らかになった。
平和推進課によれば、同公衆便所は現在でも利用できるという。話題になった投稿には「こういう物こそ大切に遺して欲しい」といった声も寄せられている。