子は親を選べないという厳然たる事実を指した「親ガチャ」。数多あるインターネットスラングの一つだったが、いつしか若者言葉となり、流行語となり、すっかり定着した。
親目線から親ガチャの功罪を探る特集記事の前編では、カジュアルに使われる裏で、子育て世代にとっては「呪詛」化している実態を取材した。
後編では、当事者の息苦しさの原因に迫る。専門家は、強すぎる「家族主義」が背景にあるとし、社会のあり方に責任の一端を求めた。
親ガチャは「親を責める」コトバ?
「すごい豪邸...、こんな家に生まれた子どもは運がいいね。不平等だな」「家が裕福なおかげでいい教育を受けて、将来お金を稼げるようになったりするでしょ。運の違いが生む格差は、社会が埋め合わせるべきだよ」
2023年の大学入学共通テストの「倫理」で、親ガチャを想起される問いが出題されてSNSで話題となった。
親ガチャといえば、2021年ににわかに注目を集め、同年の新語・流行語大賞トップ10に選ばれた。死語とならず現在もネット上で頻繁に使われている。「ガチャ」の対象は年々拡大し、「上司」「教師」「結婚」「国」などと際限がない。
ポップな響きを持つゆえ、気軽につぶやかれる言葉だが、子育て世代が深刻に捉えている実情も取材でわかった(詳報:「『娘にとって私は外れなのかな』『プレッシャーでしかないです...』 若者言葉「親ガチャ」に苦しむ子育て世代」)。
『「宿命」を生きる若者たち』、『親ガチャという病』(共著)などの著書がある筑波大の土井隆義教授(社会学)に23年8月7日、意見を求めると、「よく誤解されがちですが、使い方を見ていると、親を責めたり、他責の言葉ではない」と親たちを擁護する。
市民権得た3つの理由
土井氏によれば、親ガチャが市民権を得た理由は(1)相対的貧困率の上昇、固定化(2)ある種の諦観の広まり(3)コミュニケーションツールとしての有用さ――の3つがある。
相対的貧困率は、貧困線という基準を下回る所得で生活している人の割合を指す。厚生労働省の国民生活基礎調査では、2021年は15.4%(貧困線は127万円)と、06年以降15.0%以上を常に記録している。17歳以下に限定した「子どもの貧困率」は11.5%、ひとり親世帯では44.5%にも上る。経済的に苦しむ家庭は珍しくなくなり、親ガチャは世相を如実に切り取った。
過酷な現実を前に、「自分の人生において、明るい未来を描けないのはもうしょうがない」と諦めの境地となる。
「こうした時に、今の特に若年層はどこに自分の拠り所を求めるかというと『生まれ』です。社会的に身につけたものは評価がどんどん変わってしまいますが、生まれ持ったものは不変・不動で、そこに基盤を求めたいという感覚が強まっている。例えば地域志向が強まっているとか、家族関係が一般的には良くなってきているとか」(土井氏)
宿命論的な人生観は昔からあったようにも思えるが、今世紀から支持を高めたという。土井氏は、2000年以降の日本の一人当たりGDP(国内総生産)や実質賃金、消費者物価指数の低迷を挙げ、こうした社会情勢を「平坦(フラット)化」と表現する。
「未来は今よりも違うところにあり、明るい未来が描けると90年代までは思えた。2000年代に入るとそうはいかない。未来は現在の延長線上にあるもの。つまり、未来が外部性を失ったのです。そこに期待をかけることが難しくなってきた」と話す。
「近代以前の中世の社会は平坦な世界でした。その時には生まれ(身分)によって人生が決まっていたわけです。ガチャの世界ですよね。その後、私たちは近代を迎えて自分が獲得したものによって自分の人生は決められるという意識が強まった。しかし、日本では 2000年代に入ってから再びフラットになってきた。中世のような社会がもう一度訪れてきているわけです」
(3)の「コミュニケーションツールとしての有用さ」とは、親ガチャが意思疎通のコストを減らすのに役立つ、との指摘だ。
「今は価値観も多様化し変動もしているので、他者とコミュニケーションを取るのが難しいです。みんなが同じ土俵に立っているわけじゃないからです。自分の家庭環境などを友人に話すのは大変なんですよね。例えば『朝食べる物がなかった』といったことは言えないのですよ。それは『恥ずかしい』、というよりも、『相手に精神的な負担をかけたらまずい』と思っているわけです」
「相手に引かれてしまうかもしれない。そういう時に『親ガチャ外れちゃってさ』という言い方をすると、オブラートに包んで話ができるので、相手の精神的な負担を下げるコミュニケーションツールとして使われている。使いやすかったという面もある」
40代を境に受け止め変化
もっとも親ガチャを巡っては、世代間で受け止め方が異なる傾向にあるという。
「価値観の境目は、ちょうど40代にあります。40代から下は生まれ持ったもので決まると思いがちです。40代から上はそうじゃない。自分が獲得したものによって決まると思っているのです。上は日本社会の成長期を知っている世代です。下は日本が平坦になってから思春期を迎えた世代です」
40代以前でも評価が分かれる場合があり、「10代~30代の中でも反発を覚える人もいます。それは恵まれている人です。自分の人生は自らの努力でつかみ取ったと思っている。家庭環境が恵まれていたはずですが、なかなかそこに目がいかない。その環境が当然と思っているのです」と説明する。
親ガチャは社会の断絶をあぶり出し、対立を煽る面もあるが、土井氏は言葉の普及による意義もあったとみる。
「今生きづらいのは私の責任じゃないよね。自己責任ではないんだと思える。かっこ付きですけど、ある意味で救いになるのかもしれないですよね。そういう見方を提供してくれた面はあるかもしれない」
「加えて、親ガチャに反発する人たちは今の格差状況がわかっていなかったわけです。しかし、この言葉が広まったことで、『今これほど格差が開き、固定化している』という意見や認識が広まってきたので、そういう意味では良かったともいえる。格差はなかなか個人の努力では乗り越えがたい。例えば教育格差は、勉強の努力が足りないからではなく、そもそも教育格差の前提となっている体験格差があるわけです。そうした点に注目が集まりだしています」
教育支援に取り組む公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの調査(23年7月公表)では、世帯年収300万円未満の家庭の子どもの29.9%が、1年間に学校外の体験活動を何もしていなかった。600万以上の家庭の子どもと比べて2.6倍高い。同法人は「貧困の世代間連鎖の経路の一つに『体験格差』があるという仮説が考えられる」と提言している。
親は「親ガチャ」とどう向き合うべきか
しかし、子育て世代には親ガチャが「呪いのコトバ」となり、プレッシャーになっている実相もある。この点についてはどうか。
「子どもは親を非難したり、親に責任を押し付けようとしたりして使っているわけではないので、『親ガチャ外れた』と言われたら、『こっちこそ子ガチャに外れた』と言い返すくらいで良い。こうした親子で衝突をした経験が今は少なくなっている。親子の関係が『カプセル』になってきていて、共感しあえるような、一体化した親子関係になってきている。子どもとぶつかることをとても恐れている。実は衝突をしないと、親も救われないですが、子どもも救われない」
「子どもは基本的に親から承認されたいと思っています。これは友人関係にも当てはまります。承認されたい時には、同じような価値観や思いに共感しているから承認してもらえると一般的には考える。例えば『イツメン』と言われる同じような価値観、生活スタイル、生活レベルの人で固まって人間関係を作る。それはその方が承認を得やすいと思っているからです。しかし、この承認はいわば条件付きの承認です。共感しているから承認してもらえているのです。共感が得られなければ、承認は得られないと思うわけです。だからどこまでいっても不安なのです。よって、共感を得ようと同調圧力が高まっていきます」
一方、安定していて安心できる「無条件の承認」とは、例えば「共感できない。価値観も違う。意見が衝突する。喧嘩してしまった。それでも『お前の存在は認めるよ』と言われる」場合や、「親子喧嘩して『もうお前なんか親じゃない』『お前なんか出ていけ、うちの子じゃない』と言い合いになったにも関わらず、ちゃんと夕飯が出てくる」場合だという。
土井氏は「これを今の若い人は体験していないんです。30代くらいまでの親の世代もそうです。親の世代も他人とぶつかるのは嫌だし、親子仲が良かったため第二次反抗期を経ていない人も多く、ぶつかった経験があまりないとの指摘もしばしばあります」と考察する。
強まる親への「責任の押し付け」
プレッシャーの背景には、「家族主義」の過度な内面化もあるという。
23年4月新設の「こども家庭庁」が、報道によれば「子どもは家庭を基盤に成長する。家庭の子育てを支えることは子どもの健やかな成長を保障するのに不可欠」との理由で「こども庁」から名称変更した一件に触れ、「私たちは家族というものに対してあまりにも期待しすぎです。日本では家族主義がとても強まっている」と警鐘を鳴らす。
「社会が親に何でもかんでも抱え込ませるから、しんどいんです。この価値観をまず変えないといけない。『すべてが親の責任じゃないでしょ』ということです。これは社会の問題でもあります。あまりにも多くを家庭に押し付けすぎです」
「『地域社会』があった時には、しつけや教育といった外でも抱えられたものが、今は全部親に抱え込まれていく。そこで親の責任が問われる。同時にSNS社会ですので、他人の振る舞いがとても見えやすい(ので、息苦しさを感じやすい)」
家族主義の絶対視は少子化にも拍車をかけるとし、「『少子化を防ぐには家族の大切さが理解されるのが重要』だと言われていますが、逆効果ではないでしょうか。そう言われるほど負担感が大きくなってしまい、『子どもなんか持てないよ』と逆にハードルが上がってしまう。それが実際に子どもを持たない選択につながっているのでは」と弊害に言及した。
土井氏は、「あまりにも親の負担が大きすぎて、その構造を変えなければならないのに構造を変えずに親を責める言葉が『親ガチャ』になってしまっている。格差が広がる中で、厳しい現実にいる人たちに対して非難する言葉として使うのではなく、『社会を変えたい』『親ガチャのない社会を作らないといけない』といったきっかけのためにむしろこの言葉は使った方がいい」と提案する。
「今の社会で、80年代のように経済成長が著しく未来が明るいなんてことはありえないです。ただ、格差というのは差の問題ですから、これは制度によって変えられるわけです。全体のパイは広がらないけども、配分は変えられる」。