米国の博物館に約29年にわたって展示されていた「寄せ書き日の丸」と呼ばれる日章旗の持ち主が判明し、2023年7月29日、東京・九段の靖国神社で遺族に返還された。
日章旗は、太平洋戦争末期の1944年にサイパンに赴き戦死した岐阜県出身の旧日本兵、陸田(むつだ)繁義さんが持参したとみられ、返還された旗を手にした長男の敏弘さん(82)は「こんなことがあっていいのか、奇跡だ。そんな気持ちでいっぱい」などと話した。遺骨や遺品が遺族に戻らない中で、2018年に102歳で死去した繁義さんの妻、まさ江さんは毎年のように靖国神社を参拝していたという。敏弘さんは「日章旗が帰ってきて最も喜んでいるのが母親であると思う」と、約80年ぶりの「再会」を喜んだ。
亡き母は靖国神社に「しょっちゅう毎年のようにお参りしていた」
遺族によると、1943年7月に繁義さんのもとに召集令状が届き、44年5月にサイパンに出征。同6月下旬に戦死したとみられている。まさ江さんは、繁義さんがサイパンで戦死したという通知を受け取ったが、遺骨や遺品は「何も帰ってこなかった」と嘆いていたという。
そんな中で、日章旗は94年に米テキサス州のUSSレキシントン博物館に寄贈され、額縁に入った状態で展示されてきた。
最近になって、博物館を訪れた人が旗の写真を撮り、その来歴について専門家に質問。専門家が日章旗の署名の内容などから持ち主を突き止めて遺族に連絡したところ、遺族が23年4月、日章旗の返還に取り組んでいる米NPO「OBON(オボン)ソサエティ」(オレゴン州)に、日章旗の返還に向けた手助けを依頼。OBONソサエティが博物館に連絡し、調整が進んでいた。
繁義さんの出征時の集合写真に日章旗が写っており、写真の提供を受けた博物館が現物と照合したところ、日章旗に描かれていた文字が一致していたことが決め手になり、返還が決まった。
博物館のスティーブ・バンタ館長は、
「この旗にとっての家でいられたことを誇りに思うが、それ以上に日本に、そして本来旗があるべき場所である陸田家に返還できることを大変光栄に思う」
などと話した。
まさ江さんは生前、繁義さんに会いたい気持ちで靖国神社に「しょっちゅう毎年のようにお参りしていた」という。返還式に先立って、遺族と博物館関係者は一緒に本殿を参拝。敏弘さんは「その(繁義さんに会いたい)思いがようやくかなったのでは」と話した。