同じ陸上のインターハイ(全国高校総体)なのに男女でユニホームが違うのはなぜ――。そんな疑問がツイッターに投稿され、議論を呼んでいる。
男性アスリートと違い、女性アスリートはピタッとしたビキニタイプのセパレート型ユニホームを着用しており、お腹を露出させている人が多い。女性アスリートには盗撮の問題がつきまとうが、なぜ露出が多い格好が標準なのか。
J-CASTニュースは、スポーツライター、大手スポーツ用品メーカー、スポーツ用品関係者、弁護士に見解を尋ねた。
海外では性的に見られるユニホームに抵抗も...
議論を呼んでいるのは、2023年6月下旬の投稿。子育て中の母親だというユーザーが「同じ陸上のインターハイなのに、男女でこの格好の差は何」との旨の内容で疑問を呈した。
男女のリレーの選手の写真が掲載されており、男性はランニングシャツにランニングパンツ、またはスパッツを着用している。女性はおへそが見えるビキニタイプのセパレート型ユニホームを着用している。
ツイートは拡散され、ユニホームの違いをめぐって、
「現状はコレが勝てる形状」
「未成年のうちは男女でユニホームを揃えるべきでは」
「めっちゃ足はやい友人もこのユニホーム嫌すぎて陸上活動から遠のいてた」
「何故女子は腹を出さないといけないの?」
といった意見が寄せられている。
海外では、2021年、ノルウェーの女子ビーチハンドボール選手たちが、ブルガリアで開催された欧州選手権スペイン戦で規定のビキニを着用せずショートパンツで試合に挑んだため、欧州ハンドボール連盟から罰金を科された。罰金の是非とともに、女性だけにビキニ着用の義務があることが物議を醸した。
同年、東京五輪ではドイツの体操女子チームが足の付け根が見える「レオタード」ではなく足首まで全身を覆う「ユニタード」を着用した。英BBCによると、彼女らは「体操競技を性的な対象として見ることに抵抗する姿勢を貫いた」。
女性アスリートには、性的な目的での盗撮被害がつきまとう。JOC(日本オリンピック委員会)は「アスリートへの写真・動画による性的ハラスメント防止の取り組みについて」と題して、「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNSへ投稿は卑劣な行為です」と盗撮行為に警告を発している。
「SNS等のツールの発達に伴い、競技⼤会等での盗撮に留まらず、通常の競技写真に卑猥な⾔葉を加えて投稿・拡散する等、性的⽬的の写真・動画の悪⽤が多様化している状況にあります」とし、「盗撮はもちろん、アスリートの写真・動画を使⽤した性的⽬的のSNS投稿やWEB掲載は、純粋に競技に打ち込むアスリートを傷つける⾏為です」と選手に与える影響を説明している。
女性アスリートが露出したユニホームを着用する理由とは
なぜ女性アスリートは、男性アスリートと違い、ビキニタイプのセパレート型ユニホームを着ているのか。
スポーツライターで箱根駅伝経験者の酒井政人さんは「動きやすさ」「カッコよさ、オシャレ」を理由に挙げる。陸上競技の場合、世界のトップ女子選手はセパレート型ユニホームがスタンダードだとし、「女子選手にも憧れの選手を真似したいという考えは普通にあるんじゃないでしょうか」という。
「国内でもトップ選手がセパレート型ユニホームを着るようになると、2003年のインターハイでセパレート型ユニホームを着た女子選手が大活躍。数年足らずで、全国大会に出場する高校はセパレート型ユニホームが中心になりました」
スポーツ用品大手ミズノも「動きやすさ」を理由に挙げている。
「経緯としては、トップ選手がセパレートを多く着用し始め、セパレートを着用することが強い選手のステータスになっているという事があります」
スポーツ用品関係者は、合理的な理由として体の可動域が広がることを挙げている。セパレート型ウエアだと空気抵抗が少なく、腕や足の可動域が向上するという。また女性は胸部のサポートになり、短距離でプラスに働くと指摘する。
その時代のスタイルや価値観、先入観が影響している面もあるとする。世界的にトップクラスの選手が着ているものが流行る傾向にあり、2008年の北京五輪前後に海外でセパレート型ウエアを着る選手が出始めると、日本の陸上でも取り入れられ始めた。
では、なぜ男性アスリートはセパレート型ユニホームを着用しないのか。
酒井さんは「男子で流行していないから」だとする。「セパレート型ユニホームを着て大活躍するスーパースターが現れれば、男子でもセパレート型ユニホームを着る選手が増えると可能性はあります。なお、男子選手のユニホームも流行があり、年々微妙に変化しています」と分析する。
ミズノは「女性と同じ形ということは、男性がブラジャー型のトップスを着用することになります。そのような形のウエアはこれまでニーズがありませんでしたので、広まらないだろうと判断しています。男性は半袖もしくはノースリーブのお腹の隠れるタイプを着用しています。それで動き易さを確保できていると思われます」と見る。
スポーツ用品関係者は、男性アスリートは、ストレッチ素材のシャツや短距離ではスパッツがパフォーマンス向上のために主流だという。
「盗撮は、アスリートが対応するべきことではなく、観衆のマナー・モラルの問題です」
酒井さんに、盗撮の懸念を踏まえて露出の多いユニホームをどう思うか尋ねると「アスリートにとって大会は〝自分を表現する舞台〟です。自分が着用したい形のユニホームを着て、堂々とパフォーマンスを発揮していただきたい」と前置きした上で、次のように述べる。
「盗撮は、アスリートが対応するべきことではなく、観衆のマナー・モラルの問題です。アスリートに余計な不安をかけさせないためにも大会主催者側がアスリートをしっかりと守る対策を施すべきではないでしょうか。
肌の露出はともかく、身体にフィットしたユニホームはアスリートの魅力(機能美)を引き出すアイテムです。
個人的にはただ速いだけでなく、男女とも〝美しい姿〟を観たいなと思っています」
ミズノにも見解を求めると、次のように答えた。
「露出の多いウエアを着用することに対する思いは個人差があります。気にしている人の中で多いのは、ショーツ型のパンツです。大きく足を上げたりする動きの中で、臀部の生地がめくれ上がることがあります。それを気にしている人はショートタイツ型を選択されていますが、チームで決まっているとなかなか別のものが履けないので、学校側でも選択肢を増やしてあげることが必要かと思います。スタート時にトップスの胸の隙間が空いてしまう事も懸念事項としてはありますので、そこも注意ポイントかと思います」
メーカーとしての盗撮対策については
「現場の声を吸い上げ、露出を少なくしても動きやすいウエアの開発を進めています。また、赤外線撮影の対策としては、赤外線でも透けにくい生地を開発しているところです」
と説明した。赤外線カメラを使用し選手の性的部位を撮影する盗撮もある。
スポーツ用品関係者は、メーカーには「セパレートのユニホームを作るから盗撮問題が生じる」という苦情が届くという。セパレート型ユニホームは選手のニーズがあって作っているとし「盗撮問題は(大会の)運営も含めて対応できないものでしょうか」と問題提起をした。
「撮影する場合は届け出て許可パスをもらったり、チームメイト・家族以外が関係のない選手を撮影しないなど、周囲でできることから呼びかけて欲しいです」
対策については
「ウィメンズアイテムはブラトップ、ショーツは透けないように素材の織りを考慮し、高密度の編地を採用しています。選手が着たいものを制限するわけにはいかないので、できることでの対応をしています」
と述べる。
「なぜ盗撮犯のために、選手がユニホームの選択肢を減らされないといけないのか」
日本陸上競技連盟(陸連)で評議員・法制委員会副委員長を務める工藤洋治弁護士にも見解を聞いた。
アスリートの盗撮問題に関して、1.ユニホームが悪い、2.撮影を全面禁止すれば良い、3.マスコミが悪いという3パターンのネガティブな意見があがることが多いという。
「ユニホームに関しては、選手は、何を着ようと、誰にも何の迷惑もかけていません。これに対し、加害者は必ず匿名で、一方的に卑猥な文言と共に拡散している。卑怯なんです。なぜそんな人たちの存在を理由に、選手のユニホームの選択肢が減らされないといけないのか。あたかもユニホームが悪い、いかにも自衛行為をしていない人が悪い、あるいは取っていないんだから(盗撮されても)仕方ないといった雰囲気になりやすい。
ユニホームの機能を論証する必要など選手にはないんです。動きやすいからという人もいれば、自分のテンションが上がるからという人もいるでしょう」
陸連が4月26日に発表した「リレー種目におけるユニホームのルールの解釈について」では、リレー種目はチーム内で同一ユニホームを着る決まりがあるものの、デザイン・配色が同じであればタイプは違って良いと通知している。
工藤弁護士は「それぞれ好きなユニホームを着るのに、それ以上の理由なんかいりません。機能を論証する必要もありません。パフォーマンス云々以前に、好きなものを着る自由があるべきです。中には盗撮犯が嫌だからセパレート型を着たくないと思う人もいるでしょう。一方で、盗撮は嫌だ、でも自分はセパレート型を着たいという人もいる。でもそれは別に盗撮されても構わないと思っているわけではありません。どちらの自由も尊重されるべきです」という。
盗撮問題をめぐっては、これまで条例で盗撮犯が処罰されてきたが、新たに「撮影罪」が7月13日に施行される。工藤弁護士によれば、着衣の上からの撮影行為は処罰の対象外と課題もあり、附帯決議では「アスリートや客室乗務員に対する盗撮が社会問題となっていることを踏まえ(中略)性的な意図をもって撮影する行為等を規制することについて検討を行うこと」と記されている。
工藤弁護士は、立件される事例ができたりアスリートの盗撮問題が報じられたりすることで、抑止効果につながると期待する。