夏を目の前にして、一部のスーパーの棚に「みかん」が並んでいる。南半球の国・ペルーから輸入された。SNSではこのみかんに付された「太陽の国から、里帰り!」というキャッチコピーに大きな注目が集まった。
かつてペルーに移住した日本人が持ち込んだ「みかん」が、約80年ぶりに日本に帰ってきたという。
1940年に日系移民が持ち込んで栽培したのが始まり
注目を集めたきっかけは、ゲームシナリオライターの伊藤龍太郎さんがツイッターで言及したことだった。伊藤さんは2023年6月19日、みかん売り場の写真を添えて次のように述べた。
「『太陽の国から、里帰り!』とラベルにあったので、ああ、これは日系移民が持っていって向こうで栽培始めたんだろうな、と思ったら、まさにその通りだった」
在ペルー日本大使館公式サイトでは、ペルー産みかんについて次のように紹介している。
「ペルーのうんしゅう(温州)みかんは,ペルー農業灌漑省の資料によると1940年に日系移民が持ち込んで栽培したのが始まりとされ,イギリスなどへ輸出されています」
2018年に日本で輸入が解禁されたことで、約80年ぶりの「里帰り」を果たしたという。
伊藤さんのツイートは27日までに1万2000件を超えるリツイート、4万2000件を超える「いいね」が寄せられるなど大きな反響があり、「色んなドラマが詰まってそうですね」などと話題になった。
「"里帰り"ってのがいいなぁ ペルーのミカン農家さん、どんな方なんだろうか」
「『太陽の国から、里帰り!』 のラベル貼れる人もすごいなと思う」
「ここ最近リピートで買っています。皮は少し硬めですが筋が残りすぎることはなく、身は酸味が少しありますがほどよく甘く、さっぱり食べられます。今の季節に合っていると思います」
このみかんは、三井食品が輸入・開発を手掛けた「ペルーみかん」という商品だ。J-CASTニュースは26日、同社の担当者に輸入の背景を取材した。
「ペルーにものすごく美味しいミカンがある」口コミを頼りに
取材に応じたのは、営業開発本部事業開発部でアグリビジネス室の室長を務める村上浩二さんと、常務執行役員で両部署の部長を務める向山潤さんだ。ペルー産のみかんに注目したきっかけは口コミだった。三井物産グループのペルーに勤める社員から「ペルーにものすごく美味しいミカンがある」という話が寄せられた。
向山「2017年ごろ親会社から『ペルー産のみかんを取り扱うことはできないか』と打診を受けました。地球の裏側から夏に美味しく食べられるみかんが届くのは消費者にも受け入れられるのではないかと考えました」
ちょうど国がペルー産みかんの輸入解禁を検討しているころだった。同社の柑橘類を担当する村上さんは、さっそくペルーに飛び立った。
村上「衝撃的な風景が広がっていました。日本での作り方と全く違ったのです」
みかんは、温かく乾燥した気候と水はけが良い土壌を好む。日本では和歌山や愛媛などが代表的な産地として知られ、沿岸部にかけて段々畑が広がる。木が重ならないことで十分に日を浴びることができるだけでなく、急斜面が水はけをよくするなどのメリットがあるためだ。
村上「ペルーでは、広大な平たい土地にみかんのプランテーションが広がっていたのです。非常に強い日差しが降り注ぐ砂漠のような土地にみかんがあってビックリしました。
アンデス山脈の雪解け水と思われる地下水で、みかんを栽培していました」
炎天下での農作業は楽ではないが、勤勉な国民性もあり「真面目に仕事に向き合っている人が多い印象を受けた」と話す。栽培技術も想定よりも進んでいたほか、みかんをはじめとした柑橘類は国民食として広く親しまれていたという。
80年前に持ち込まれた品種改良以前の「懐かしい味」
現地で流通しているみかんは、日本の市場に出回っているものよりも糖度が低い。しかし程よい甘みや酸味にどこか懐かしさが感じられたと、向山さんは話す。
向山「率直に美味しかった。日本のミカンは品種改良が進んで甘くなっており、それを好む人も多いと思います。一方でペルーのミカンは80年前に持ち込まれたときのもの。甘さだけでなく酸味もある。日本の方に試食してもらうと『美味しい』『懐かしい』という声が寄せられました」
村上さんは、日本の市場で受け入れられるような品質の良いみかんを生産できる園地を探し始めた。輸入の壁となるのが防腐剤など添加物の問題だ。長い航海日数を耐えるために用いられるが、日本向けのみかんに用いることができる添加物は厳しく定められている。
村上「みかん(温州みかん)に利用できる添加物は非常に限られています。柑橘類で認められ食品添加物であっても、みかんだけは除外されていることがあります。他国のみかんに似た果物、例えば同じミカン科に属するマンダリンオレンジやマーコットは『みかん』として輸入できません」
さらに村上さんは、「日本の人々にとってみかんは、美味しいのが当たり前だと思われている」と強調する。他の柑橘類と比べても、消費者の求めるクオリティが高いのだという。
村上「海外では日本ほど品質をあまり気にしないようですが、日本ではシーズン開始時に不味いものを置いてしまえば売り場に人が戻りません。
糖度、酸度、大きさ、色などいずれも高い品質が求められます。他国向けの生産ラインとは別に、日本専用に栽培しなければいけません。非常に手間がかかることです」
農家との交渉では、「そんな面倒なことをするくらいなら他国に輸出する」などと言われることもあったという。
村上「パートナーの輸出会社の社長も協力してくださり、交渉を進めました。その結果、協力してくださる農家さんも現れました。日本にルーツを持つ日系の方々ですので『故郷に恩返しができる』『ペルーで育ったみかんを初めて日本に里帰りさせることができる』などと趣旨に賛同してくださりました」
「『これはみかんだ』と自信をもって言える」
みかんの輸入が解禁された翌19年、三井食品では満を持してペルーみかんを発売した。村上さんは「日本の人々のニーズも安全性も満たし、『これはみかんだ』と自信をもって言える商品です」と話す。
使用する添加物の種類を減らし、自然な味を大事にしている。他のみかんと比べると青いが、エチレンガスを用いた色付けを行っていないためだという。この工程でみかんのオレンジ色を際立たたせると見た目はよいが、みかんを剥くときの香りが損なわれてしまうのだという。
村上「見た目も大事ですが、それよりも味にこだわりました。青いけれども、皮をむいた瞬間に柑橘の香りがふわりとする。食べると甘みと酸味の両方が口に広がっていくという、昔ながらのみかんの特徴、香り、糖度、酸度を追求しました」
初年度は競合他社がいなかったためよく売れたが、翌年以降は人気の国産果実の出荷時期が被ったために売れづらかったり、夏にみかんを食べる習慣が定着していなかったために販促に苦労したりしたという。
しかしツイッターで輸入の背景に注目されたことで、風向きが変わり始めている。向山さんも村上さんも、こうした反響に驚いている。
村上「私は長らくペルーみかんに携わっていたので、『ペルーから里帰り』をコンセプトとしていることについて、自己満足ではないかと考えていました。ですから『夏にもおいしいみかんを食べられる』という点を訴求していましたが、こうして背景に興味を持っていただけて素直にうれしいです」
今年のペルーみかんは7月上旬に終売する見込み。大型台風の襲来によって収穫量が少なかったためだ。村上さんは「せっかく盛り上がっている最中にシーズンを終えますが、来年はもっと味も見た目も良くしていくつもりです。楽しみにしていてください」と話した。