「保育園の給食を家に持ち帰れたらなぁ」――ハウス食品グループに勤める石井英貴さん(36)は約3年前、妻の第二子妊娠時に、仕事や育児、家事に追われる中、そう考えていた。とくに苦労した夕飯の準備。ぐずる愛娘に急かされながら、疲弊しきった体に鞭打つように台所に立った。
食品メーカー勤務としてできることはないのか。石井さんは自らのワンオペ育児経験をもとに温めたアイデアを、社内の新規事業創出プログラムに応募した。そうして生まれたのが、保育園設置の自動販売機による惣菜販売事業「タスミィ」だ。
現在は事業実証の段階であるものの、保育園横の自販機の様子がSNSで話題になり、「どんどん設置してほしい」などと好意的に拡散された。
J-CASTニュースは2023年5月22日、事業を提案した背景を石井さんにインタビューした。
ワンオペ育児は「想像をはるかに越えた大変さだった」
タスミィは、保育園で働く管理栄養士が監修したパウチ入り総菜を販売するレトルト自販機だ。事業実証中で、現在千葉県(野田市、印西市、流山市)の10か所に設置されている。一袋に大人一人と子ども一人分が入っており、パウチのまま電子レンジで温めるだけで食べられる。値段は税込み400円。メニューは「ごろごろ野菜のキーマカレー」、「トマトの煮込みハンバーグ」など10種類を展開し、毎月5種類を別メニューに入れ替える予定だ。
利用者がツイッターで5月16日、「安心だし美味しい」「わたしと子が分けたらちょうどいいボリューム感。なによりチンするだけで完結するのが神」などと紹介し、注目を集めた。投稿への反応も「こんなの近くにあったら助かる!」「量が天才だし設置した人も天才」などと好評だ。
事業は、石井さんのワンオペ育児の経験をもとに起案された。取材に対し石井さんは、「想像をはるかに越えた大変さだった」と振り返る。石井さんは現在、6歳の娘と2歳の息子の父親だ。第2子出産時、切迫早産を経験した妻が安静のため寝たきりとなったことで、120日間ひとりで娘の面倒を見ながら仕事や家事に励んだ。
当時は33歳。ワンオペ育児に関する情報も見聞きしていたが、当事者となり「甘く見ていた」と痛感した。食品メーカー勤めということもあり、料理に苦手意識はなかったが、とくに辛かったのが夕食の準備だった。
「その日や前日に食べたものと被っていないか、栄養バランスはちょうどいいか、家に何があって何を買ってこなければいけないのか、食事には考えなければならないことがたくさんあります。
さらに洗濯物などの家事と違って翌日に回すことはできない。遅くなれば、お腹を減らした子どもが泣きわめいてしまう。避けては通れないというプレッシャーが辛かったです」
一日の後半という疲れがたまった時間帯であるうえ、子どもの就寝時間を考えると時間的制約もある。石井さんは、子育て世代を支えるために優先的に取り組むべきことは、夕食のサポートなのではないかと考えるようになった。
保育園で総菜?試行錯誤の上でサービス展開
ハウス食品グループは2020年、公募型の新規事業創出プログラム「GRIT」を開催しグループ内から新規事業のアイデアを募った。石井さんは共働き世帯の当事者として、また自身の子どもたちが大きくなった時に同じ苦しみを味わってほしくないという思いから、エントリーした。子育て世代の夕食の準備の負担を軽減するために、保育園で総菜を持ち帰ることができるサービスを実施したいと考えた。
「保育園のお迎えの時、園の給食を夕飯用に持ち帰らせてほしいと考えていました。しかし現実的には食品衛生などの観点から難しい。ならば私たち食品メーカーが代行してできないか」
審査を通過した石井さんは、21年春から新規事業開発部に移り「タスミィ」に注力し始めた。自ら保育園に営業電話をかけ、問い合わせると「保育園から総菜を持ち帰るという話は聞いたことがない」と言われるなど、イメージを共有するのに苦労したという。しかし石井さんは自らの経験をもとに保育園での提供にこだわった。
「最適な動線の中でサービスを提供したいと考えたとき、ほとんど毎日通るのが保育園です。スーパーで提供することは考えていませんでした。
私自身はワンオペ育児中、ほとんど時間が無く、買い物は週に1度しか行けませんでした。子どもを連れて行くことの億劫さもありました。子どもはつい寄り道したくなってしまったり、お菓子などが欲しくなったりしてしまいますし、目を離せません。時間も体力もお金も消耗する買い物はハードでした」
テスト販売では、総菜を詰めたタッパーやお弁当の提供も実施した。採用されたのは、好きな時に好きな分だけ食べることができるレトルトパウチでの販売だった。
「子育て世代は、計画通りの生活を送りづらいです。子どもの体調不良などで、突然生活のリズムが狂う。お弁当などは事前に注文しなければならず、予定外のことに対応できません。
お客様が必要な時に、必要な分だけ購入できるよう、自動販売機でのレトルト食品の提供にたどり着きました」
「親としては、絶対に子どもにご飯を食べてほしい」
既存のレトルト食品は大人向けのものが多かったため、保育園の給食を参考にしながら独自にメニューの開発を進めた。肉や魚や野菜などの素材や和洋中などのバランスを意識し、飽きが来ないようにメニューの入れ替えも行う。
「親としては、絶対に子どもにご飯を食べてほしいと感じます。購入するものなら尚更で、食べてくれるか分からないものを買うのはハードルが高い。絶対に食べてほしい。また小さい子どもに与えるものですから、信頼のおけるものにしたいと考え、保育園で働く管理栄養士の方に監修してもらいながらメニューを開発しています」
一袋を子ども1人と大人1人分にまとめたのは、多くの家庭で柔軟に対応できると考えたからだ。パートナーが不在の時に利用したり、兄弟で好きなものが分かれたときにそれぞれが選んだりできる。子ども用と大人用で分ける案もあったが、別々に温めるのでは時短にならないと考えた。
4月に千葉県内の一部の保育園で発売すると、ほとんどの場所で目標の売り上げを達成した。場所によっては想定の倍以上の売れ行きだったという。メニューはいずれも好評で、全体的に均一に売れている傾向があるという。
「パウチを補充しているときに、保護者の方に声をかけてもらいました。印象的だったのは、『夕食の準備が手軽になったことで子どもと過ごす時間が増えた』といった声で、家庭でのコミュニケーションの充実につながったことを嬉しく思います」
保護者と意見交換する中で共感する話も多く、思わず子育て話に盛り上がってしまうことも多いという。
タスミィに大きな反響があったことについては、「子育ては経験しないとわからないことが多い。上っ面だけの事業にならないで良かった」と受け止める。
「子育てに由来する悩みは多く、社会としても大きな課題であり、やるべきことはまだ多く残っていると思います。現在は事業実証段階ですが、今後も不満が解消されるようなサービスの提供に取り組んでいきたいです」
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)