性教育の観点から出産について描いた絵本について、帝王切開の傷が軽く扱われていると、ツイッター上で物議を醸している。本の中には、「1週間くらいで、家に帰れるくらいじゅうぶんに治っている」との表現があった。
ある産婦人科医は、「1週間で退院は可能だが、治るとした表現は不適切だと思います」と取材に指摘した。絵本の出版社にも取材を申し入れたが、翻訳・解説者と意見交換するなどした結果、取材は断ることにした、としている。
「『お腹切る』ってこと軽く見過ぎ」
この絵本は、イギリスで出版されたものが日本語訳された「ようこそ!あかちゃん せかいじゅうの家族のはじまりのおはなし」で、2021年1月15日から販売されている。
発行元「大月書店」(東京都)の公式サイトでは、受精から妊娠の経過、出産まで、科学的な説明と人権・多様性を踏まえた描写だと絵本を説明している。小学校低学年の子供から読めるとし、「性教育の国際スタンダードを反映した」という。著者は、ロンドン在住の児童書編集者となっている。医学的な解説がされているが、産婦人科医が監修したとの表記はなかった。
絵本ではこのうち、次のように帝王切開について描いたシーンがあった。
「ひざや指を切ったときみたいに、何週間かすれば傷あとはすっかり治る。1週間くらいで、家に帰れるくらいじゅうぶんに治っているんだ」
この表現に対し、ツイッターでは23年5月15日、傷の描写に嫌悪感を持ち、不適切だと考えて子供に読ませなかったと告白する人が出た。
投稿は、2000件以上「いいね」が付いており、リプライなどでも、「『お腹切る』ってこと軽く見過ぎ」「指の切り傷とは全然違う」「そんな1週間で元気になれたら医者いらん」などと疑問や批判が相次いでいる。
東京都足立区内の産婦人科医院「待木医院」の待木信和院長は17日、J-CASTニュースの取材に対し、帝王切開後の状況についてこう話した。
「基本的に、手術後は7~9日で退院となり、1週間で家に帰ることもできます。切開後の傷の痛みも、通常は1週間か10日間ぐらいで収まります。しかし、十分に治っている状況ではありません。その意味では、絵本の表現は不適切だと思います」
「傷が治るには、皮膚に3か月、子宮に1年がかかる」
その理由について、待木院長は、2つの点を挙げた。
「1つは、皮膚の切開創についてです。標準的なケースでは、それが治って皮膚の強度がしっかりとするには、3か月かかります。2つ目は、切ってから縫った子宮の回復についてです。次の妊娠まで、1年間は開けた方がいいと考えています。子宮は、妊娠していないときは鶏卵の大きさがあり、手術では、妊娠で大きく引き伸ばされた筋層を切開します。約2か月して元の大きさに戻った子宮には、まだ傷が付いており、次の妊娠で筋層が引き伸ばされると危険があります。例えるなら、風船に少し傷が付いた状態で膨らませると、傷が付いた場所が弱くなっていますので、押したら破裂してしまいますね」
イギリスなどでは、鎮痛剤のモルヒネを使って早く家に帰れる状況が多いことも考えられるが、待木院長は、こう指摘した。
「モルヒネは、痛みをコントロールしているだけです。傷が治るには、皮膚に3か月、子宮に1年がかかるので、数週間ではありません。膝や指を切ったときとは、まったく違います。帝王切開を経験された方なら、反発されるでしょうね」
大月書店の編集部長は5月18日、取材に対し、翻訳・解説者と意見交換するなどした結果、取材は断ることにしたと説明した。
(J-CASTニュース編集部 野口博之)