岸田文雄首相は2023年5月7日に韓国・ソウルを訪問し、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と会談した。尹氏が23年3月に日本を訪問したばかりで、首脳同士が相互に訪問する「シャトル外交」が約12年ぶりに再開した。
多くの韓国メディアは5月8日の社説で、岸田氏の訪韓を取り上げた。特に関心が高かったのが、岸田氏が首脳会談後の記者会見で元徴用工問題について「心が痛む思い」と言及した点だ。保守系各紙は一定の評価を与える一方で、保守系の尹政権に批判的な論調で知られる革新系各紙からは厳しい評価が相次いだ。
「韓国の先制的な関係回復措置に呼応して直接応えようとする努力」
歴史認識の問題をめぐっては、岸田氏は3月の日韓共同会見で
「日本政府は、1998年10月に発表した日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいることを確認した」
と述べている。98年の日韓共同宣言では
「我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」
という一節がある。「痛切な反省」といったキーワードへの直接的な言及を避けた形だ。それに対して今回の会見では、冒頭発言で
「厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思い」
と踏み込んだ。発言の位置づけについて問われた岸田氏は、
「当時、苦しい思いをされた方に対して、私自身の思いを率直に語らせていただいた次第」
として、個人的な発言だという点を強調している。
保守系の東亜日報は、3月の会見が「迂回的な言及にとどまった」点と対比する形で「一歩進んだ遺憾の意の表明」だったと評価。日本国内の状況にも触れて
「国内保守派を意識せざるを得ない少数派閥出身の首相という国内政治的限界の中で、個人的な心情を吐露するレベルだが、韓国の先制的な関係回復措置に呼応して直接応えようとする努力を示した」
と論じた。ただ、発言が「私自身の思い」だという点については
「『厳しい環境』を作った責任主体に対する言及もなく、個人的な考えを述べるだけでは、日韓間の深い認識のギャップを埋めるには不十分だ」
と注文をつけた。
京郷新聞「尹大統領の責任もある」
朝鮮日報は、岸田氏の発言は「強度の低い遺憾の意」で、韓国社会が期待していた水準には及ばなかったと指摘。それでも、ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮の核問題、経済危機、人口減少など、両国は似たような政策課題を抱えているとして、
「尹大統領と岸田首相は、韓国の反日左派と日本の嫌韓右派に振り回されることなく、未来に向かっていかなければならない」
と主張した。
ソウル新聞は「自らの口から謝罪的な発言をしたことは評価に値する」と論評。
「尹大統領の(首脳会談冒頭部分の)発言のように、『過去の歴史が整理されなければ日韓の未来協力はない』という認識から脱却する時が来た」
とした。
革新系は総じて厳しい評価だ。ハンギョレは、岸田氏が言う「歴代内閣の立場」には
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
という一節がある15年の「安倍談話」も含まれるとして「これを謝罪と見ることはできないという意見が支配的」だと主張。
京郷新聞は岸田氏の発言を「反省や謝罪の表現と見るのは難しい」とした上で、尹氏にも矛先を向けた。
「これには、被害者と自国市民の心情を十分に考慮しない解決策を一方的に急いで発表した尹大統領の責任もある」
処理水放出は「科学的には争点になりにくい問題」だが...
東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出について、韓国の専門家による現地視察団受け入れを表明した点にも注目が集まった。総じて前向きな評価だが、温度差はある。
国民日報は
「韓国国民の不安感を解消できる実質的な視察になるはずだ」
とする一方で、朝鮮日報は懐疑的だ。福島から放出される処理水よりも多くのトリチウムが韓国の原発から放出されていることなどを挙げながら、「科学的には争点になりにくい問題」とする一方で、次のようにも指摘している。
「それでも、政府は福島汚染処理水の放流問題だけは極めて慎重な姿勢で取り組むべきである。放射能は、どの国民にとっても恐怖を呼び起こす対象だ。国民が感じる体感リスクは、実際のリスクとは全く異なる場合がある」
ハンギョレは、受け入れ自体は前向きに埋め止めたものの、
「排出の有無に実質的に介入できるレベルではないため、日本政府の名分作りに利用される可能性があるという指摘も留意しなければならない」
と主張。韓国日報も同様の指摘をしている。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)