2023年4月23日の統一地方選後半戦の投開票日を前に、連日選挙カーが道路を行き交っている。そうした中、ツイッター上では、候補者を支持する素振りを見せていないのに、選挙カーの車中から「ありがとうございます」と言われたという経験談が相次いでいる。一体、誰に向けた感謝なのか。選挙ウグイス嬢歴31年の「スペシャリスト」に話を聞いた。
犬の遠吠えにも「ありがとうございます」?
「こちらは○○(候補者名)、○○でございます。ありがとうございます」
「いつもありがとうございます。△△党公認候補の○○でございます。ありがとうございます」
4月中旬の東京都内。23日の区長選挙や区議会選挙の投開票日を前に、道路を選挙カーが行き交っている。聞こえてくるのは、繰り返される候補者の名前と「ありがとう」の言葉だ。
選挙カーに乗ってアナウンスをする人は「車上運動員」と呼ばれ、女性であれば「ウグイス嬢」、男性であれば「カラスボーイ」という名前が使われることもある。公職選挙法第141条3項では「選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない」と定められているが、選挙カーの走行中に名前などを「連呼」することは例外で認められている。
今回の統一選では全国各地で選挙活動が展開されているが、ツイッター上では選挙カーから聞こえてきた「ありがとうございます」をめぐるエピソードが多数投稿されている。
たとえば、友達に手を振ったのに「手を振っての応援ありがとうございます」と感謝されたケース、部屋の窓から選挙カーを覗いただけなのに「応援ありがとうございます」と言われたケース、飼い犬の遠吠えにウグイス嬢が「かわいいご声援ありがとうございます!」と返していたケースなど様々。中には、外に誰も歩いていないにも関わらず「ありがとうございます」という声が聞こえた、という報告例もあった。
「ありがとう」発動には3パターンある?
選挙カーから聞こえる「ありがとう」は、一体どんなときに発せられるものなのか。J-CASTニュースは23年4月18日、31年の選挙ウグイス嬢経験を持つ幸慶(ゆきよし)美智子さんに話を聞いた。幸慶さんは経験を生かし、全国の選挙ウグイス嬢スタッフの指導や、選挙ウグイス嬢を紹介する企業の代表取締役を務めている。今でも、自らウグイス嬢として働くことがあるという。
――統一選期間中、選挙カーから「ありがとうございます」という声がよく聞こえてきますが、どのような理由で言っているのでしょうか。
「実は私の会社のレッスンでも、『ありがとうございます』の言葉を大事にするよう、スタッフに指導しています。選挙カーからの呼びかけは、浮動票(編注:支持候補者が決まっていない人の票)を取りに行くための行動だと思われる方も多いと思いますが、私の指導では固定票(すでに支持候補者が決まっている人の票)を固めに行くことを目的としています。投票率が低い状況では、浮動票を狙ったとしても、すべての人が候補者に投票してくれるとは限りません。ですので、まずは過去の選挙でお世話になった有権者の方に向けて『ありがとう』と伝えることを大事にしているんです」
――なるほど。では一般的に、ウグイス嬢の方が「ありがとう」を言うのにはどんなケースが考えられますか。
「これには3パターンが考えられます。1つ目は、手を振ってくださる、挨拶してくださるなどのご支援に感謝するパターンです。2つ目は、あらかじめ文章の文頭に入れて伝えるパターンです。候補者を紹介する前に『いつもお世話になっております、ありがとうございます』と入れることで、有権者の方が手を振ってくださることを肌感覚で理解しているウグイス嬢の方が多いのではないでしょうか。3つ目は、アナウンスを間違えたときです。文章を読んでいて『うっ』と詰まった時に、『ありがとうございます!ありがとうございます!』と続けると、手を振ってくださったと錯覚させることができるので、ミスをリカバリーする効果があるのではないでしょうか」
誰も歩いていなくても...「お家の中にレーザービームを通すように」
――ほかにも、「ありがとう」を言うケースはあるのでしょうか。
「私もときどき使うのですが、選挙カーが通るとワンちゃんが『ワオーン』と吠えることが多いんですね。そんなときに『ワンちゃんからのご声援、頑張れと言っているようでございます!ありがとうございます』と言うことがあります。また、後ろの車からクラクションを鳴らされたときに『クラクションでのご声援ありがとうございます!』とアナウンスしたこともありました。大事にしているのは、選挙を戦うチームの雰囲気を和ませることです。候補者は常に逼迫した状況を戦っていますので、たとえ少し厚かましいくらいでも、何でも前向きに明るくとらえることで、チームの士気を高められればと考えています」
――ツイッター上では、周囲に全く人がいないときでも選挙カーが「ありがとうございます」と言っていた、という声も聞かれました。
「車の中にいると周囲の状況しか分かりませんが、私がウグイスをやるときは、空の上からグーグルアース(バーチャル地球儀サービス)で選挙カーを追いかけるように言葉を考えています。例えば住宅街で、誰もお外に出ていらっしゃらない場合は『外に人はいなくても、お家の中にはいらっしゃるはずだ』と考えて、お家の中にレーザービームを通すように、ご在宅の方と自分が会話しているような気持ちでアナウンスすることが理想なのではないでしょうか。もし、そこで『ありがとうございます』と言えば、選挙カーを見えていない方に『この候補者は人気があるのかもしれない』と思わせることができますよね」
――幸慶さんのお話からは、有権者への感謝をとても大事にされていることが伺えました。なぜ「ありがとうございます」が重要だと捉えているのでしょうか。
「私のレッスンでは、候補者の名前、次に『ありがとうございます』、そして政策の順に重要だと教えています。『ありがとうございます』は接客業では魔法の言葉と言われます。まず『ありがとうございます』と言わなければ、人は『心の窓』を開いてくれないんですね。例えば遠くの集落に伺う時に、ご在宅の方に向けて大きな声で『皆様お世話になっております!ありがとうございます!○○でございます!』と言ってから伺うと、外に出てきてくださる方の確率がすごく上がるんですね」
選挙カーの何気ない「ありがとう」には、ウグイス嬢たちのしたたかな思いが込められているのかもしれない。