東出昌大「愛って複雑怪奇」 DV詩人役で主演...映画『天上の花』で見せた「人ならざる顔」【インタビュー】

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「『愛』ってグラムやメートルでは測れない」


演技の際には「三好達治になる」ことを心がけたという

――「天上の花」は作品が進むにつれて達治の暗黒面が徐々に描かれていく一方で、序盤では、達治に対して「こんなに優しい詩を書くんだ」といった言葉が投げかけられるなど、柔和な一面もあるということが明らかにされていましたが、この、二面性を演じる際に気を付けたことは何でしょうか?

東出:二面性を演じるというものではなかったですね。人って誰しも二面性、もっと言ってしまえば多面的な存在だと思うんです。そういう意味では「三好達治になる」ことを心がけました。あとは、人って他者に対して「こう見られたい」といった「虚影」を繕いながら生きていると思うんですが、作中ではその虚影が徐々に剝がれ落ちていく様を演じました。

――作中で達治は、慶子への愛が伝わらないことに何度も打ちひしがれたほか、慶子からは、詩人なのだから暴力ではなく言葉で伝えてみろとなじられるなどしていましたが、言葉を生業とする詩人でも伝えられないとなると、やはり、「愛」とは言葉では表わせないものなんでしょうか?

東出:達治の「愛」が本物の愛だったのか、偏愛だったのか、自己愛だったのか、それはちょっと分からないですね。ただ、達治は詩人でしたから、もしかしたら、自身にとっての「ミューズ」を必要としていたのかもしれません。自分の心に秘めた愛を詩に昇華させる際に、具体的な対象として慶子の存在が必要だったかもしれないということです。

――なるほど!

東出:達治は「あなたを想って書きました」と明かしつつ、自身の作品である「花筐」(はながたみ)を慶子に渡しますが、やっぱり、創作のためにミューズを欲していたというのはあると思います。ただ、あの時の達治に「あなたは慶子を愛していないじゃないか!」と指摘したら、たぶん、達治は真顔で「いえ、愛しています!」と言うでしょう。結局、「愛」ってグラムやメートルでは測れないですから、複雑怪奇なものだなあと思います。
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