「めちゃくちゃ分かる」「心当たりある」――。そんな共感の声が寄せられたのは「人間関係リセット症候群」というワードだ。2022年11月下旬にSNS上で話題になり、ツイッターではトレンド入りするなど、多くの人が関心を示した。
「人間関係リセット症候群」とは、人によって厳密な意味は異なるものの、おおまかにはこれまで築いてきた人間関係を衝動に駆られて断ち切ってしまうことを指すと捉えられている。
このワードに多くの人が注目することには、どのような社会的背景があるのか。『「人それぞれ」がさみしい ―― 「やさしく・冷たい」人間関係を考える』(ちくまプリマー新書)や『「友だち」から自由になる』(光文社新書)の著書がある社会学者・石田光規教授に詳しい話を聞いた。
「初めて聞いたがこれはあるかも」「かなり分かるなあ」
「人間関係リセット症候群」がツイッターでトレンド入りしたのは2022年11月28日。複数の投稿が拡散すると、ツイッターユーザーらが「初めて聞いたがこれはあるかも」「かなり分かるなあ」など、続々と共感を示した。
共感以外にも、過去の人間関係を断つというよりも過去の自分を断ちたいパターンもあると持論を展開するユーザーや、「人間関係リセット出来るほど友人は居ない」と打ち明けるユーザーなどが見られた。
批判的な声もある。「人間関係リセットを繰り返すことに症候群ってつくことにちょっとハテナと思う」といった名称に対する反発や、「一方的に縁切られた側はたまったもんじゃないけどリセットする側はその辺どう思ってるの」と疑問視する声も上がった。
話題に上がったのは今回が初めてではない。昨年21年12月にも朝の情報番組が取り上げ、ツイッター上で話題に。今回と同様に「めっちゃ分かる」といった共感を示す声が上がっていた。
「人間関係リセット症候群」が注目を集めるのは、どのような社会的背景があるのか。早稲田大学文学学術院文化構想学部・石田光規教授は、関係をリセットする試みは「夜逃げ」など以前からあったとし、中学デビュー、高校デビュー、大学デビューもある意味でリセットであるとしつつも、現代社会は「リセットが見られやすくなった」「リセットがしやすくなった」と特徴を述べる。
「私たちはお互いが深く関わる機会を徐々に失っていきました」
こうした現代社会における特徴の背景には、(1)人々がお互いにあまり深く立ち入らなくなったこと(2)技術的に進歩したこと――の2点があるという。
石田氏は「個々人の尊重や『人それぞれ』が横行する中、私たちはお互いが深く関わる機会を徐々に失っていきました」といい、「友だち同士も本音で関わるというより、装いを通じて関わる側面が増したので、疲労が蓄積するとリセットするといった現象が一部見られるようになります」と見解を示す。
仮に誰かがリセットしても、互いに深追いすることを避けようとするため、「それはそれで事情があった」などと解釈されやすいという。
技術的な進歩については、SNSといったコミュニケーションツールが浸透すると同時に、「つながりを自身で操作する傾向が高まった」と説明する。SNSでは、友人の範囲や連絡への応答、ブロックなど交流のあり方をある程度操作できる。
石田氏は倍速視聴を例に挙げ、若者の間では「イヤなものは飛ばし、選択しながらよいものを見る習慣が浸透しています」と述べる。「テレビゲームの『リセット』のように、自らボタンを押して操作的に関係を断ち切ることが容易になりつつあるのでしょう」
「人間関係リセット症候群」のメリットやデメリットについて尋ねると、石田氏は「メリット、デメリットという発想自体がリセットにつながるもの」だという。
「利益コストを合理的に判断して、そこに見合わないものは大なたを振るう。イヤなものを避けられるというのはよいのかもしれませんが、長期的に安定を得る、否定的なものとじっくり向き合うということは難しくなるでしょう」
「仲良くなれば儲けもの、ケンカしたなら仕方ないくらいの心持ちでよい」
人間関係のリセットはどのような形であれば肯定できるか。石田氏は「さきほどのメリットの質問と重なります」と付言しつつも、いじめなどの耐えがたい関係をリセットで離脱できるのであれば良いのではないかと指摘した。
大学デビューといった○○デビューには「イヤな過去の清算」という意味合いがあり、これ自体は悪くないとしつつも、石田氏は「ただ、日常的にそれを行うとなるとちょっと心配ではあります」と感想を述べる。
石田氏が考える適切な人間関係とは一体何か。「今は、人との距離感を意識しすぎているのではないか」と指摘し、「よい・悪いにとらわれずにつながりに身を置いてみるとよい」と推奨している。このためには「逆説的ですが、交流以外の目的で人と関わり、そこで立ち位置を身につけていけばよい」のだという。
現代社会では「仲良くするか、距離を置くか」の二択のような捉え方をされがちだが、石田氏は「仲良く濃密につきあうことばかりがいいわけでなく、他方、距離をとってばかりいてもよくありません」という。
「もう少し軽く人と居て、仲良くなれば儲けもの、ケンカしたなら仕方ないくらいの心持ちでよいと思います」
と、人間関係に対する心持ちのあり方について見解を示した。