2022年10月22日に湯涌温泉(金沢市)で開催された湯涌ぼんぼり祭り。
毎年10月(神無月)に、湯涌稲荷神社の「小さな神様」が出雲まで迷わず帰ることができるよう、人々が小型の灯具「ぼんぼり」で行く道を照らす。そのお礼に神様が「ぼんぼり」に下げられた「のぞみ札」に書かれている「のぞみ」を出雲まで届けるというものだ。
伝統的な行事のように聞こえるかもしれないが、これは湯涌を舞台のモデルにした2011年放送のアニメ『花咲くいろは』をきっかけに生まれたもの。劇中で先に描かれ、その後、同年10月に実際のお祭りとして湯涌温泉で開催された。今年で10回目の開催だ。
アニメを機に生まれたお祭りが、地域に根付いた理由は何なのか。J-CASTニュースは2022年11月7日、湯涌温泉観光協会の事業部長、湯涌ぼんぼり祭り実行委員会の代表を務める山下新一郎さん(50)に詳しい話を聞いた。
湯涌ぼんぼり祭りとは、どのようなお祭りなのか
『花咲くいろは』は、アニメーション制作会社のP.A.WORKS(富山県南砺市)による11年放送のオリジナルテレビアニメ作品。湯涌町を舞台モデルにした架空の温泉街「湯乃鷺(ゆのさぎ)温泉」の旅館で、主人公の女子高生が仲居として働くというストーリーだ。劇中では「ぼんぼり祭り」という言葉が登場し、実際にお祭りの様子が描かれる。
このアニメをきっかけに開催されたのが、湯涌ぼんぼり祭りだ。公式サイトによると、2008年7月に起きた浅野川水害の復興3周年を記念して、『花さくいろは』の製作委員会や行政、地域の人々から協力を得ながら開催したとしている。
今年の祭りの様子について、SNS上では「『室町時代から続く伝統の祭り』と言われても信じてしまいそうなクオリティ」などと評価するコメントが寄せられた。アニメをきっかけに生まれたものが、まるで長く地域に根ざしたお祭りであるかのように見える、というのだ。
湯涌ぼんぼり祭りを現実で開催しようと提案した山下さんに話を聞くと、祭りに参加した人からたびたび「よく忠実に再現できましたね」と言われると明かす。
しかし、このお祭りはアニメに登場したものを模倣したのではない。製作委員会が持ち掛けた作品のアイデアをもとに話し合いを重ね、湯涌温泉の地理的な条件などを加味して、同時進行で作り上げたお祭りだった。
山下さんは、このお祭りを「湯涌温泉に根付いたお祭りにしたい」と考えていた。そのため、先述したように、祭り自体にはアニメの要素は少ない。その部分が強くなると、「お祭りというよりイベントになってしまう」という意識があったためだ。
今となっては地元の人からも受け入れられている湯涌ぼんぼり祭りだが、初めはアニメの舞台モデル化やお祭りの開催に反対する地元の声は多かったと、山下さんは明かす。
「俗にオタクと言われる方々が楽しむものというイメージが強く『何となく怖い』とか、非常に地元の方々から愛されている温泉街で年齢層も高かったので、『そうした人たちと温泉街はマッチしないのではないか』といった不安がありました」
第1回湯涌ぼんぼり祭りの経緯
ただ、山下さんは、湯涌町が地元の宿泊客の割合が高かったため、街の夜の賑わいがほしいと以前から感じていた。少しでも温泉街を元気付けたいという思いから、花咲くいろはの舞台モデル化とともに、湯涌ぼんぼり祭りを現実のものにしようと考えた。
第1回に向けた準備が始まったのは、『花咲くいろは』の放送が始まった11年4月頃のことだ。開催にあたっては、製作委員会から全面的な協力の申し出があったものの、開催資金などの面で問題を抱えていたという。
そこで、製作委員会の協力のもとで、作品のポスターやクリアファイルなどのグッズを販売し、その収益を開催費に充てるという形を取ることになった。
しかしこれは、アニメのコラボ商品で収益を上げようと求めていたわけではなく、あくまでもお祭りを運営する開催資金のためだと、山下さんは話す。
「この街が『花咲くいろは』で描かれる架空の温泉街『湯乃鷺温泉」になってはいけない。あくまでも湯涌温泉は、湯乃鷺温泉のモデルとして制作者側が描きたいと思った町であり続けなきゃダメだ」という考えがあったからだ。
こうした過程を経て、2011年10月9日、ついに第1回ぼんぼり祭りの開催日を迎えた山下さん。参加人数の公称は5000人だったが、実際には1万人近くの人が参加したのではないかと話す。当時の心境について聞くと、「まずはホッとした。大勢の方に認められてホッとしたと感じた」。
この翌年から毎年10月に湯涌ぼんぼり祭りが開催される。2020年、2021年は中止になったが、22年は厳しい人数制限を実施しながらも、お祭りを再開し約1500人が参加した。
なぜ10回目の迎えるほどの持続的なお祭りになったのか
アニメから生まれた湯涌ぼんぼり祭りは、何故10回目を迎えられるほどの持続的なお祭りになったのか。
その理由について山下さんは、(1)初回から毎年参加するファンの割合が多く、ライフステージの変化とともに家族や子どもも参加するようになった(2)コンビニエンスストアなどの協力による北陸地方でのキャンペーン展開が、湯涌ぼんぼり祭りの認知度を広げた―― と推測する。
ぼんぼり祭り自体にも、『花咲くいろは』を知らない人でも楽しめる工夫が施されている。この祭りには街の中を歩く神迎え行列というものがあり、その行列に参加して歩くことができるなどの「参加型お祭り」になっているのだ。
また山下さんは、地域の祭りとして自立していくために「地域性」を重視した、と話す。例えば、地元の高校生がブラスバンドの演奏をしたり、地元のアマチュアの演奏家がライブをしたりするという。
しかし、参加する高校生や演奏家には、必ず『花咲くいろは』の楽曲を1曲入れることを参加条件に入れている。山下さんは「ファンの方が楽しめてそれ以外の方も楽しめる仕掛け作りを考えると、バランスの取り方は必要だったんじゃないかと思います」と説明した。
さらにアニメファン以外の人々が祭りに参加するのは、ぼんぼり祭りは『花咲くいろは』が根底にあって成り立っている祭りだとしつつも、山下さんは「お祭りそのものプラス地域力だと思っているんですね」と話す。
「湯涌の温泉であったり、景観であったり、地域住民であったりっていう複合的な要素がアニメファン以外の方でも楽しめるようになっているんじゃないかと思います」
アニメ「聖地」の盛り上がりを一過性にしないためには?
最近はアニメの舞台モデルになった土地に訪れる「聖地巡礼」がたびたび話題になる。例えばアニメツーリズム協会(東京都千代田区)は、「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」というリストを公式サイトで発表している。リストの1つには、湯涌温泉が『花咲くいろは』の聖地として紹介されている。
「聖地巡礼」が話題になる中、作品の舞台モデルになる地域には何が必要なのだろうか。
山下さんは「1番大切なことは『その地域が持つ力』ですね」と考えを述べた。その地域が持っている自然や景観、地域住民の人柄といった「地域らしさ」や「地域の魅力」というものを磨くことが必要だという。
「身びいきみたいな感じになっちゃう」としつつも、山下さんは「湯涌温泉が持つ日本の原風景のような田舎の風景や、各旅館の料理を含めたサービスについては、絶対的な自信を持っていました」と言い、「自分たちが脈々と繋いできた湯涌温泉のおもてなしを見失わないようにしようと強く意識していました」と明かした。
アニメーションに頼るだけでは持続可能な地域の活性化にはならず、自分たちの地域についてよく知り、作品を通じて興味を持ってくれた人たちに向けてその良さを押し出していくことが必要だと、山下さんは話している。