北朝鮮が2022年10月4日朝に弾道ミサイルを発射したことを受け、日本政府は全国瞬時警報システム(Jアラート)を発令した。しかし、ミサイルが日本上空を通過する時刻とほぼ同じタイミングで警報が出されたため、「逃げようがない」と指摘する声が相次いだ。警戒する必要のない東京都の島しょ部に誤発信される問題なども見られた。
専門家は今回のJアラート発令をどう見たのか。また、どう評価しているのか。Jアラートなどを研究する立教大学社会デザイン研究所研究員・真田尚剛氏に詳しく話を聞いた。
今回のJアラートは「5年前の2017年9月と同様である」
防衛省の発表によれば、10月4日7時22分頃、北朝鮮は同国の内陸部から東方向に向けて、1発の弾道ミサイルを発射。ミサイルは7時28~29分頃にかけて青森上空を通過し、7時44分頃に日本の東約3200キロメートルの太平洋上に落下した。
Jアラートが最初に発令されたのは、同日7時27分。「北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます」とし、北海道と東京都の島しょ部9町村に警戒を呼びかけた。
続く7時29分の警報では、警戒を呼びかける地域が青森県と東京都の島しょ部に変更された。そして7時42分、北海道と青森県に対し「先程のミサイルは、07時29分頃、太平洋へ通過したものとみられます」と報告している。
最初のJアラートから1~2分後には、弾道ミサイルが日本上空を通過した事態に対し、ネット上では「逃げようがない」といった声が相次いだ。国民民主党の玉木雄一郎代表も4日午前の記者会見で、Jアラートが鳴った時点で「被害が生じるような地域への着弾、弾道の予測であれば防ぎようがない」と述べている。
また、東京都の島しょ部に発令されたJアラートが誤発信だったことについて、松野博一官房長官は5日午前の会見で、「システム上の不具合」が原因だったと説明したうえで謝罪し、「再発防止をはかるべくしっかりと取り組んでまいりたい」と述べた。
研究者は今回のJアラートについて、どのように考えているのか。国際政治学や防衛政策を専門とし、「Jアラートによる緊急時の情報伝達」という研究報告書を書いた真田尚剛氏は5日、J-CASTニュースの取材に、今回のJアラートについて「5年前の2017年8~9月と同様である」と指摘する。
ミサイル発射で国民が行動を取れる時間的猶予が1~2分程度だったことは「これまで指摘されてきた通り」だとし、いくつかの自治体でJアラートに関する機材に不具合が発生したことを踏まえ、今回のJアラートは、良くも悪くも進歩や進展といった変化はあまりなく、「今回について特徴はない」と答えた。
Jアラートの問題点と評価できる点
そもそもJアラートとは、弾道ミサイル攻撃に関する情報や緊急地震速報、津波警報、気象警報などを、人工衛星や地上回線を通じて、全国に送信し、瞬時に住民に伝達するシステムのことだ。ミサイルにおいては「日本の領土・領海に落下する可能性又は領土・領海を通過する可能性がある場合に使用」するとしている。
真田氏は、Jアラートに関する問題点を3点挙げている。(1)各自治体のJアラートや防災無線が常に稼働できる態勢になっていない(2)特に東京などの大都会では、防災無線から情報が伝わるかが不明である(3)北朝鮮のミサイル発射「実験」のたびに、Jアラートが稼働すれば、いつのまにか国民が慣れてしまうのではないか――という点だ。
(1)に関して、総務省消防庁は4日、Jアラートによる住民への情報伝達で、北海道と青森県の計6市町で防災行政無線などの放送が流れなかったと発表している。また(2)について、真田氏は、常に宣伝や音楽が流れる「渋谷のスクランブル交差点」などを例に出した。
武力攻撃などの有事に際して国や国民の安全を保つための国民保護体制の問題点にも触れた。仮にミサイルが着弾した場合や日本有事の場合、国民のあいだで大混乱が生じ、どのように対応してよいか分からず、役所や自衛隊に対して問い合わせが殺到することも考えられると真田氏は指摘している。
他方で、Jアラートを評価できる点は何か。(1)機材の不具合もあるが、日本全国に情報を瞬時に伝えられる体制そのもの(2)「緊急速報メール」や「エリアメール」といった携帯電話へのメール(3)テレビから視聴者へ提供する情報の的確さ――の3点を、真田氏は挙げている。
Jアラートを受けて国民が取れる時間的猶予が1~2分程度と「非常に短い」のは、警報自体の問題というより「発射地点である北朝鮮と日本が地理的に近いことに起因している」とも、真田氏は付言している。
ではJアラートの問題は、どのように改善するべきなのか。真田氏は、各自治体が日頃からJアラートと防災無線を整え、いつでも稼働できるように関係者が訓練しておく必要があると述べる。
Jアラートが発令するのは、「北朝鮮からのミサイル発射(実験)」に限らないという点も重要視している。内閣官房による有事対応マニュアルでは、ゲリラや特殊部隊による武力攻撃や着上陸侵攻、航空攻撃、テロなどで「特別なサイレン音」を使用すると記している。
さらに、政府や自治体は積極的な対応策の広報を国民に対して行うべきだと、真田氏は提言する。ウェブサイトに記された対応策では「不十分」であり、問題意識が強い人物しかサイトを確認しないのではないかとし、ケースごとの対応などについても不明であると指摘。自治体における実動訓練を市街地や学校、競技場といった場所で行うことなどが有効だとした。
現状のJアラートで、国民はどう行動すべきか
1~2分程度の猶予しかない場合、真田氏は「すでに政府が示している通りの行動をとるべき」だとしている。
内閣官房の公式サイトでは、屋外にいる場合は、近くの建物(できれば頑丈な建物)の中や地下への避難を促している。近くに建物がなければ、物陰に身を隠すか地面にふせて頭を守るよう呼びかけている。屋内にいる場合は、できるだけ窓から離れて、できれば窓のない部屋へ移動するよう促している。上記以外にも、いくつかの対応策が記されている。
今回のJアラートに対しても上がった「近くに頑丈な建物がないから、避難できない(どこに避難して良いかわからない)」という声について、真田氏は「自宅の窓がない場所、具体的にはトイレや浴室に避難する」との対応策を述べている。
政府や自治体による対応策の広報を「よりわかりやすく、具体的にする必要がある」と訴える真田氏は、「避難の重要性」を強調するべきだとする。広島の原爆投下で、中心から170メートルしか離れていない市民が地下にいたため助かったという例を引き合いに出し、ミサイル到達まで「1分しかなくても助かる可能性がある」と述べた。
武力攻撃事態などにおける住民の避難および救援などを行うための「緊急一時避難施設」に、共通マークを掲示し、この施設周辺に「避難施設まで○○メートル」といった標識を複数設置することも重要だと、真田氏は提言している。
今回のJアラートに真田氏は「単発のミサイル発射実験においてそこまでする必要があるのか」と疑問も呈している。
ではJアラートはどのような場合に発令されるべきなのか。真田氏は、自衛隊による破壊措置(ミサイル防衛)が行われる場合は「発令するべき」であり、行われない場合は「発令するべきではない」という見解を示し、このことで「Jアラート稼働にいつのまにか国民が慣れてしまう状況を避けられる」という。前述したように、自治体における実動訓練を行うなどの対策をし、「政府は平時から積極的な広報に努め、有事に発令されるJアラートに備えるべきだ」としている。