特定のコンセプトをもった楽曲やアルバムを紹介する「音楽ガイド」が近年、盛り上がりを見せている。再流行する「シティポップ」や「90年代邦楽」「ボーカロイド楽曲」など様々な切り口のガイド本が登場し、若い音楽ファンも支持を寄せている。
20代も「ディグり」に活用
「僕のような年齢を考えると、普通に生活していたのでは知りえなかった作品。出会いを与えてくれたディスクガイドに感謝しています」
2022年9月8日、J-CASTニュースの取材にこう語ったのは、首都圏に住む20代の音楽ファンの男性。中古レコードショップで「ディグる」(気になった音楽作品を探すこと)ことが趣味で、多いときは月に50枚もCDを買う機会があるという。
70~80年代に流行したディスコミュージックにのめりこんでいたとき、同ジャンルの作品群を紹介する「ダンス・クラシックス・ディスク・ガイド」(2013年、リットーミュージック)というディスクガイドを見つけた。そこで出会ったのが、米ファンクバンド「S.O.S.バンド」。同バンドの楽曲「テイク・ユア・タイム」(1980年)は世界的にヒットし、当時の日本のディスコシーンでも流行した。男性はレコードショップでCDアルバムを購入。往時の空気感を伝えるサウンドに触れ、「良い出会いでした」と振り返った。
男性が音楽を探すのに頼った「ディスクガイド」は、ジャンルや時代など、一つの共通点を持つアルバムを識者が選定し、網羅的に掲載した本。楽曲単位で紹介する「ソングガイド」も出版されている。
音楽系出版社のリットーミュージック(東京都千代田区)は「名盤」と呼ばれるリスナー評価の高いアルバムを厳選して紹介するディスクガイドを多数販売。シンコーミュージック・エンタテイメント(同)も、様々な音楽ジャンルにスポットライトを当てた「ディスク・ガイド・シリーズ」を出版している。
Pヴァイン(東京都渋谷区)は、90年代の邦楽アルバムを有名・無名を問わず紹介する「90年代ディスクガイド──邦楽編」(21年)や、ゲームで使われる音楽に焦点を当てた「ゲーム音楽ディスクガイド──Diggin' In The Discs」(19年)、「ゲーム音楽ディスクガイド2──Diggin' Beyond The Discs」(20年)など、ユニークな切り口のガイド本を世に送り出している。
出版相次ぐ「シティポップ本」
数あるジャンルの中でも近年、特に熱を帯びているのが「シティポップ」のガイド本だ。シティポップは主に1970年代~80年代に流行した、都会的な雰囲気を感じさせる音楽ジャンル。山下達郎さん、竹内まりやさん、故・大瀧詠一さん、松任谷由実さんらが代表的なアーティストとして知られ、2010年代後半から海外の音楽好きの間で再評価が進んだことで、最近は日本でも注目を集めている。
こうしたブームを受け、今年だけでも「Japanese City Pop 100, selected by Night Tempo」(2月、303 BOOKS)、「『シティポップの基本』がこの100枚でわかる!」(2月、星海社新書)「シティ・ポップに愛をこめて 名曲・名盤ルーツ探訪の旅」(6月、シンコーミュージック)といったシティポップのガイド本が出版されている。
シンコーミュージックの書籍編集を担当する播磨秀史さんは8月31日、J-CASTニュースの取材に「単純にシティ・ポップが流行っているからそこに乗ろうということではなく、一つの音楽ジャンルとして『シティ・ポップ』の重要性を早くから認識しており、大切にしてコツコツ本の刊行を続けてきました」と話す。
同社は02年に、ディスクガイド「ディスク・コレクション ジャパニーズ・シティ・ポップ」(20年に増補改訂版が発売)を刊行。その後も、読み物集「クロニクル・シリーズ ジャパニーズ・シティ・ポップ」(06年)、13年に亡くなった大瀧さんの音楽的ルーツに迫る「ナイアガラに愛をこめて 大瀧詠一ルーツ探訪の旅」(14年)など、シティポップブームが訪れる前から、関連本を世に送り出してきた。
近年のシティポップガイドについて、播磨さんは「いずれも再版したり増補改訂版を出したりしており、それなりの結果を残せているかと思います。リアルタイム世代から若者まで、幅広い世代に受け入れていただいているように感じます」と話す。
「歴史の厚み」感じるボカロのソングガイドも
ガイド本で取り上げられるのは「昔懐かしい音楽」だけに限らない。
8月23日に発売された「ボカロソングガイド名曲100選」(星海社新書)は、「初音ミク」などの「ボーカロイド」を用いて作られた楽曲を紹介するガイド本。ボカロ人気の火付け役となった「みくみくにしてあげる♪」(ika、07年)や、15年の紅白歌合戦で小林幸子さんが歌唱したことで知られる「千本桜」(黒うさP、11年)などボカロ黎明期~初期の有名曲から、最近の人気曲まで、識者が選んだ名曲100曲がリストアップされている。
編集を担当した音楽ジャーナリストの柴那典さんは9月7日、取材に「2007年に初音ミクが登場して15年が経ち、ボーカロイドというカルチャーが歴史の厚みを持つようになりました。今ボカロに触れている人の中には小学生や中学生など若い世代も多く、そういったローティーンのリスナーに『15年で100曲』というセレクトをすることで、『ボカロとはこういうカルチャーだった』という入り口を示せるんじゃないかと考えました」と話す。
「Lemon」(18年)などがヒットした米津玄師(ハチ)さん、「夜に駆ける」(19年)などで知られるYOASOBIのコンポーザー・Ayaseさん、ボーカリスト・Adoさんのヒット曲「うっせぇわ」(21年)の作詞作曲を手がけたsyudouさんは、いずれも「ボカロP」出身。J-POPシーンでボカロ作品の地位を高めた「功労者」たちの楽曲も、同書で紹介されている。
一時は「ガイド不要論」噴出も...なぜいま注目?
柴さんによると、ディスクガイドは音楽ファンが限られた資金の中でCDを買うための「バイヤーズガイド」として、長く機能してきた。一方で、近年は音楽聴取の主要形態がCD・ダウンロードから、定額(サブスクリプション)サービスや動画サイトなどのストリーミング形式へと移行。低コストで音楽探しができるようになったことで、「ディスクガイド不要論」も噴出したという。
「ストリーミング時代に入り、音楽が購入する対象ではなくなったときに、『ディスクガイドなんて必要ない』という見方も出ました。『聴けるものを全部聴けばいいじゃん。とにかく聴いてしまえば、その良し悪しはわかるんだから』という理屈です。それでも、結果としてガイド本が無くなることはありませんでした」
なぜ、ガイド本はなくならなかったのだろうか。柴さんは、今の時代に「音楽ガイド」が果たしている役割を次のように分析する。
「昔と比べてリリースされる作品が膨大になり、その数は指数関数的に増えています。ジャンルに関しても、00年代までは『ロック』『ヒップホップ』のようにはっきり分けられていたのが、ここ10年で作品をメイン一つのジャンルに位置付けられない派生した『ポストジャンル』が多数という状況が生まれるなど、かなり曖昧になりました。楽曲的にも、ジャンル的にも『情報爆発』が起こっている世の中において、ディスクガイドは『一つの価値観』『一つの切り口』を世に示していると言えます。あるジャンルに興味があるけどまだ詳しくない人や、若い人に『まずはここから』という入り口を示す、そういう役割を果たしているのかなと思いますね」
シンコーミュージックの播磨さんも、「サブスク時代」だからこそ発揮されるディスクガイドの強みがあると話す。
「今は多くの方たちがサブスクなどで音楽を聴いていらっしゃいます。そうなると、レコードやCDに比べて、最低限の情報を得ることが難しいので、多くの作品について手軽に読めるディスクガイドというのは大きな存在価値があると考えています。サブスクでは得にくい情報や、簡潔で的確な解説は、リスナーが音楽の幅を広げ、掘り下げるためにある意味とても便利なものです。かつてはレコードやCDのクレジット・解説を読みながら聴いていたのが、今ではディスクガイドを読みながらサブスクで聴く、ということかと思います」
サブスクの普及で、好きな時に「音楽探し」ができるようになったこの時代。広大な音楽の森で迷わないための「羅針盤」が、いま求められているのかもしれない。
(J-CASTニュース記者 佐藤庄之介)