あなただけの音頭を作ります――。大阪府枚方(ひらかた)市のふるさと納税の返礼品がユニークだと話題になっている。なんと寄付した人の人生や社史、家族の歴史などを、枚方市に伝わる昔ながらの音頭「交野節(かたのぶし)」にのせて届けるという。
ウェブラジオなどで紹介されたことをきっかけに注目を集め、ツイッターでは「我が地元やるやん」「オリジナル音頭めっちゃ作ってほしい」といった声が寄せられている。
なぜ「ふるさと納税」として、音頭の作成を出品したのか。J-CASTニュースは2022年8月末、返礼品を提供する団体「交野ヶ原交野節・おどり保存会(以下、保存会)」に取材した。
「予想を超える音頭が届いた」依頼したライターが衝撃を語る
保存会は、各地で唄や踊りを披露するほか、交野節の歴史調査や保存活動に取り組んでいる。中学生から社会人のメンバーで構成されており、会主は小学生のころから交野節に親しんできた十河(そごう)高弥さん(27)。交野節について、次のように説明する。
「交野節はざっくり言うと大阪の音頭です。河内国北部に位置していた交野郡(現在の枚方市・交野市一帯)が発祥と考えられており、現在の『河内音頭』のルーツになっていると言われている節です。 大きな特徴は『七七』『七五』『七五』という三つの節(ふし)を繰り返して物語を読み進めることです」
10万円の寄付でもらえる返礼品では、この節に合わせて寄付した人々の物語を歌う。2019年8月に出品して以来、これまでの依頼は1件(8月現在)。初めての依頼者は、ライターの岡田悠さんだった。
岡田さんは7月28日、ウェブメディア「デイリーポータルZ(DPZ)」のポッドキャスト「旅のラジオ」で、贈呈されたオリジナル交野節を取り上げた。同ラジオをテーマにした音頭を依頼したところ、「旅のラジオ物語」と題された約14分の大作が届いたという。
歌詞にはラジオで起こった珍事件やゲストの名前も登場した。岡田さんは8月15日、DPZ上に「ふるさと納税でオリジナル音頭を頼んだら、予想を超える音頭が届いた」という記事を公開し「すごい。圧倒された」「歌詞の完成度が高い」などと紹介。この記事に、ツイッターでは「オリジナル音頭いいな」「これは良いふるさと納税」といった声が寄せられている。
歌詞は詳細なヒアリングシートをもとに作成
保存会が手掛けるオリジナル音頭は、各種ふるさと納税サイトで注文することができる。
申し込みから1週間程度で保存会からヒアリングシートが届く。シートには名前、生年月日、歌ってほしいテーマ、年表とエピソードを記入する欄が設けられている。エピソードは、起承転結に分けて各400字ほど書き込むことができる。
保存会はこのシートをもとに歌詞を作成する。場合によっては面談を実施し、さらに詳細を尋ねることもあるという。シートを提出後、最大6か月で5分から10分ほどのオリジナル交野節を収録したCDと歌詞カードが贈呈される。
岡田さんの返礼品「旅のラジオ物語」の作詞を手掛けた十河さんは、この依頼を次のように振り返る。
「ラジオを聞いたら面白くって。豊富な資料があったために、当初は30分くらいの音頭ができました。今回一番苦労したのは、歌詞を削っていく作業。メンバー全員に見てもらって5時間くらい話し合いました(笑)
今回は一発目と言うことで我々もかなり張り切ってしまいましたが、今後もヒアリングシートや通話などを通して依頼してくださった方の期待に応えるものを作っていきたいです」
なぜ「ふるさと納税」としてオリジナル音頭を提供したのか。
「自分たちの地元のモノは自分たちでやらんとあかんやん!」
ふるさと納税に目を付けたのは、嶋田ゆかりさん。保存会の母体となった盆踊りチーム「スターダスト河内」の代表で、保存会の相談役を務めている。
交野節に関心を持った経緯を、次のように振り返る。
「枚方市では20年前、ゆとり教育の導入で授業がなくなった土曜日に、学校開放事業(ふれ愛フリースクエア)が実施されました。そこでPTA役員だった十河君のお母さんと私は、学校では習わなくなった地元の盆踊り『河内音頭』を子供たちに伝えようとしていました。市内の小中学校の授業ではよさこい、ソーラン節など他地方の踊りが導入されていたのです。
河内音頭について調べていくと、そのルーツ「交野節」が枚方にあることを知りました。それが枚方発祥のものだと分かると、子供たちも目を輝かせていました。当時は『ひらかたパーク』くらいしか、地元を代表するものが特にありませんでした。 子供たちが『自分たちの地元のモノは自分たちでやらんとあかんやん!』と言い出したことを受け2002年、6人でスターダスト河内を立ち上げました」
スターダスト河内は、交野節をルーツに持つ「河内音頭」をはじめとした全国の盆踊り文化を後世に残すため、子供たちが中心となって活動を続けている。現在は小学校1年生から社会人の約30人が所属する。
保存会は、交野節の第一人者だという美谷川菊若さんが亡くなった2017年に発足した。スターダスト河内の有志は、生前の菊若さんから交野節を習う約束をしていたが、連絡がすれ違い、ようやく連絡が取れたころには亡くなっていたのだという。「このままでは地元の交野節の後継者がいなくなってしまう」と感じ、保存会を立ち上げた。
保存会はスターダスト河内が出演する舞台に同行するなど、認知向上に努めたが、知名度はなかなか上がらなかった。そこで注目したのがふるさと納税だった。
「ふるさと納税に登録することで、交野節が『枚方市の返礼品』として、カタログに載るだけでもいい宣伝になる。枚方市の方にも『うちにはこんな文化があったのか』と興味をもってもらえるよう、何とか目に触れてほしいという気持ちから始めたんです」
保存会は、特別地方公共団体「関西広域連合」が関西の文化を海外に発信するために制作したPR動画で紹介されたり、文化庁の親子伝統教室の委託事業を受けたり、現存する文化財として注目度を高めていった。
ただ、保存会は「地元である枚方市や交野市の方々にも知ってもらいたい」と願っていた。そんな中、DPZに取り上げられたことで、地元での知名度も向上したと十河さんは振り返る。
「ラジオのリスナーさんにも聞いていただけたようで多くの方が拡散して下さったおかげで、活動の認知度や知名度が向上したように思います。『枚方おもろいことやってるやん』『えっなんで交野市のふるさと納税じゃないの』と言った声もありましたし、『うちの地元すごいことやってるやん』と言った声をいただきました。地元情報サイトなどにも取り上げて頂いて、ようやく枚方でも認知されてきたのではないかと思います」
保存会が魅了された「交野節」の奥深さ
保存会はなぜここまで交野節に魅了されたのか。
保存会の事務を務める久富雅美さんは、「交野節については調べても簡単にはでてこないところが面白い」と語る。
「私たちは、『交野節』という名前は外から名付けられたのではないかと考えています。というのも、地元で交野節って呼んでいたり歌ったりしている人ってほとんどいないんです。名前すら知らない。交野節という名前で浸透しておらず、河内音頭、もしくは『音頭』と呼ばれていたものと見られます。日常的なものであったために、わざわざ録音したり記録に取ったりすることもなかった」
スターダスト河内の嶋田さんは、正しく残さなければ歴史が変わってしまう危機感があるとして、次のエピソードを明かした。
「 昭和46年くらいのテレビの録画で、『河内音頭』として紹介されているのが、まさに交野節の音頭だったのです。それは私の知っている現代の河内音頭とは全くの別物でした。その当時、多くの人が『河内音頭』だと思って歌い、踊っていたのは『交野節』だったのです。
私は歴史ってこんなに変わってしまうんだと感じ、失われつつあるものを調べ、後世につなげていかなければならないという気持ちで交野節について調べています」
保存会は、現存している資料や歌を保存し、地元の人々の言い伝えレベルで残っていたエピソードを聞き取り調査しながら、裏付けを得た歴史を記録している。交野節の歴史をまとめた本は国会図書館にも献本している。
子供たちが誇ることのできる地元の文化を残したい
保存会の副会主・嶋田研志郎さんは、交野節の歌詞に魅力を見出している。
「交野節では、百人一首で使われるような古語を現在の言葉と混在させることができます。多くの人々にとって昔の和歌は注釈をつけなければ分かりづらく、説明的で冗長に感じられてしまうと思います。だけど交野節はラップのように、今と昔の言葉で韻を踏んで、説明的にならず文学的に表現することもできます。千年前の言葉と今流行っている言葉を繋ぐことが、交野節なら可能なんです」
「盆踊り」は世代を超えた地域の人々を結ぶ。「交野節」は時代を超えた人々を繋ぐものであるという。歴史ある交野節や地域の魅力を後世に伝えるため、保存会は意気込む。
「活動を通して、大阪の文化や河内の文化、交野節について興味を持ってもらいたいという思いがあります。特に地元の子供たちには、自分の地域にこんなすごい文化があるんだという誇りや愛着心を持ってもらえたら嬉しいです。
ふるさと納税では寄付してくださった方々の『自分史』のようなものを作らせていただきます。音頭を通して、ぜひ自分のルーツや周りのことについて考えてもらえるきっかけになったら嬉しいです」
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)