「幹部にも、諦めのムードが漂います」
エリザベス女王の期待に反し、この日はあいにく遅延が生じていた。女王へのおもてなしのため、乗車中にも遅れはさらに広がる。文章はこう続く。
「しかし実際には、大雨による徐行で名古屋到着は二分の遅れ。さらに、女王陛下の荷物一七二個を積み込むのに時間がかかり、発車は三分の遅れ。そして、浜名湖付近で徐行、遅れは四分にひろがりました。また、富士川付近では、雲間にのぞく富士山を女王陛下にゆっくりご覧いただくため、スピードダウン。三島を通過する時点で、遅れを一分取り戻すのが精一杯でした」
それでも期待に応えるべく、不可能ともいえる挑戦をした。
「新幹線は、最高速度になるとAТCが作動し自動的に減速します。当時、新幹線の最高速度は時速二一〇キロ。そこで、ギリギリの時速二〇九キロで走らせる運転士の腕に"時計より正確"な新幹線の威信がかかっていました。東京駅前の本社五階、総裁室で定時到着を願う幹部にも、諦めのムードが漂います。しかしこの時、運転士だけは、定時到着を信じて時速二〇九キロで走り続けていたのです」
最後は「そして、一三時五六分定刻。女王陛下の新幹線は、何事もなかったように、ゆうゆうとホームに到着しました」と締めくくっている。