エリザベス女王、10代で経験した「第2次大戦」 96年の生涯をたどる

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「戦後和解」にも取り組む

   英連邦以外の国々との親善促進も大事な仕事だった。まだ王女だった1948年、フランスを訪問した時は、完璧なフランス語であいさつし、パリっ子たちを魅了した。2011年に、英国国王として実に1世紀ぶりにアイルランドを訪れた時は、晩さん会で演説の冒頭をアイルランド語で語りかけたという。複雑な歴史的関係を持つ国々との「王室外交」は形式だけにとどまるものではなかった。

   1960年代には、第二次世界大戦の交戦国との「戦後和解」にも取り組んだ。61年にはイタリア、65年にはドイツを訪問した。日本との関係改善は最後になった。捕虜にしていた英国兵に対する日本軍の「虐待行為」の問題が尾を引いていたとされる。

   71年に昭和天皇が訪英、75年に女王の来日が実現して区切りがつく。当時、女王は在位23年、昭和天皇はその倍以上。訪日で最も印象深かったこととして、「陛下にお目にかかり、教えを受けたことです」と語っている。

   日本滞在中に、女王は神奈川県保土ヶ谷にある英連邦戦死者墓地を訪れている。イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、インド、パキスタンなどの第二次世界大戦中の捕虜ら約1800人が眠っている墓所だ。これは、「英国」のみならず、「英連邦」「コモンウェルス」の盟主としての務めだった。

   女王は競馬の支援者としても知られ、有力馬を多数保有。獲得賞金額が英国で首位になったこともある。日本中央競馬会は女王の来日を記念し、76年から牝馬のレース「エリザベス女王杯」を設けている。

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