日野自動車のエンジン性能試験データ改ざんをめぐる外部の調査報告書が2022年8月3日に公開され、SNSで「ダメな日本企業の典型例」「うちの会社のことかと思った」といった反応が続出している。
部署間対立、パワハラ、イエスマンの重用、事なかれ主義......。従業員からは、不祥事の背景としてこうした問題が指摘されている。
「できません」言えず「やるのが当たり前」文化
日本市場向け車両用エンジンの認証申請で、排出ガスおよび燃費性能を偽っていたことが発覚した日野自動車。外部有識者で構成される特別調査委員会は、少なくとも2003年から「パワートレーン実験部」で不正が行われていたと認定したが、「(当該部署における)局所的な問題に矮小化することは、問題の本質を見誤る」として、企業風土や体質を問題視した。
全従業員へのアンケート(2084人回答)でも、直接的な原因として(1)開発スケジュールの逼迫、絶対視(2)リソースや能力に見合った事業戦略が策定されていないこと(3)開発プロセスにおける問題点(4)法規や制度を軽視する姿勢――の4点が主に挙げられた。
(1)は現実的でない製品開発スケジュールを現場に押し付けられ、見直しを訴えるも「遅延は決して許さない」と有無を言わせないケースがあるという。縦割り意識が強い「セクショナリズム」が浸透し、スケジュールの遅れを他部署に言い出せず、「(最後の工程を担うパワートレーン実験部が)実態を覆い隠すため、不正の動機を抱くに至ったことは容易に想像ができる」と調査委は指摘する。
(2)は、身の丈に合わないプロジェクトに見切り発車で次々と手を出すことで、「だらしない多角化」が進み、現場の疲弊を招いているという。「選択と集中」ができず、一旦決めたことを覆す「撤退戦」も不得手だ。従業員からは次のような声が寄せられた。
「『できません』『分かりません』は言えず『やるのが当たり前』の文化」
「実力を超えた製品ラインナップ・販売地域を有した結果、万年大赤字の製品/地域を保有している。しかし『進出』したことが評価されて『撤退(=進出を決めた上役の顔に対して泥を塗り、進出が失敗だったと認める)』を良しとせず、結果赤字と開発リソース逼迫しか生まないセグメントをずっと持ち続け、ますます社の収益と開発リソースを追い詰める負のスパイラルに陥っている」
調査委は「『ミスや過ちを認めること』のできない風土が、パワートレーン実験部において、一度始めてしまった不正を途中で正すことができず、長年にわたって続けることに繋がったと思われる」と分析している。
「どうせ言ったところで何も変わらない」
(3)の「開発プロセスにおける問題点」は、開発を管理するマニュアルやルールが十分に整備されていない、一応は存在するも徹底されていないとの指摘だ。
多くの従業員は問題との認識があったものの、「見て向ぬふり」をしていた可能性がある。「マニュアルやルールどおりに業務が行われない状況が常態化することで、従業員のマニュアルやルールを軽視する風潮や、『どうせ言ったところで何も変わらない』といった諦め感を増長した可能性も考えられる」(調査委)。
アンケートでは、チェック体制の甘さから「不正な判断で発売したとしても、何年かしてしまえば、『私の判断でない。知らない。』と言えば、逃げ切れる可能性が高い」とガバナンス不全を嘆く回答もあった。
最後の(4)「法規や制度を軽視する姿勢」では、「『前と同じじゃダメなの?』、『そんな細かいこと気にしなくてもいいんじゃない?』、『ちょっとくらい大丈夫でしょ』という雰囲気を嫌というほど感じた」などと、コンプライアンス意識の低さを挙げる回答が複数あった。
調査委はアンケート結果から、これらの原因を生んだ企業風土や体質は次の7点だと考察している。主な回答とともに紹介する。
上司は神様
・人事評価や人材登用のあり方
「事なかれ主義でいても時がきたら昇格、チャレンジや意見を主張してもプラスの評価がないため、自分で意志を持たない、考えない、言わない、といった人材が量産された会社となっている」
「裸の王様(部下からのうわべだけ綺麗にまとめられた報告を鵜呑みにする)になっていた経営層にも問題があるが、ちゃんと手を上げようとしない部長クラスにも問題がある。部長クラスが保身(自分が責められないように)に走らなければ、もっと部下からの訴えに耳を傾ける人ならば、こうはならない。従業員は会社に呆れている。期待もしていない。どうせ言ったところで誰もなにもしてくれないと諦めている」
「技術者サイドとしては、目標を達成できない場合、役員や上司からの適切なアドバイスではなく叱責や評価への悪影響が待ち構えているため、役員や上司から叱責されない手段を模索し始める。しかしながら、開発における物理現象を精神論では変えられない。データを捏造するしかなくなる」
・組織運営や人材育成のあり方
「新組織立上げが頻繁に行われているが、体制が整わないままで動き出す事が多く、担当が曖昧なままで進んでしまう。その為、三遊間(編注:責任の所在が不明な業務)が発生したり、引継ぎができず担当不在の業務が発生したりする」
・パワーハラスメント体質
「声の大きな社員は技術力が弱いことが多い印象であり、達成根拠の希薄な目標を一方的に技術者に押し付けている傾向が強いと考える」
「先輩が新人にする教育は高圧的で、脅迫することで、『上には逆らえない』を植え付けさせるものであったと感じる。このような教育もあってか日野自動車は上の意見は絶対で、神様の様に崇め、上(神様)が決めたことが絶対であり、未達成はありえない風土が形成されていった様に考えられる」
提案するも「俺の言うことを否定するのか」
・保守的で旧態依然とした企業体質
「優秀且つポテンシャルを持った若者が入社して来ているものの、彼らの能力や若手ならではの突破力を活かそうとの文化が見受けられず、旧来的な仕事のやり方やヒエラルキーに頼った組織運営が蔓延った結果、これまでの延長線上の仕事しかできず、競争力が年々後退していることが今の日野の姿と認識している」
「自分たちのやってきたことは正しいと思い込んでいる人たちにより、変革が進まないと感じることが多い。その方々は『今まで問題なかったのに、なぜ変えなきゃいけないんだ!』『俺の言うことを否定するのか!』などと恫喝ともとれる態度で接する傾向が見られる」
「改善提案に対し、デメリットを重視しメリットを軽視する。部署同士で利害がぶつかった時、全体最適を判断・選択・決定できる体制に無い。声が大きい部署の意見ばかり通る。他部署が絡む業務プロセス上の問題は何時もうやむやにされて何も変わらない」
・セクショナリズムや序列意識の強さ
「縦社会が強い風土が根強く残っているうえに、権限移譲が進んでおらず、なんでも上の方まで持っていく必要があるため、社長や役員へ報告・相談を行う。そこで、何か一言コメントしないといけないと思った上の人がコメントすると、それが宿題となってしまい仕事が雪だるま式に増える仕組みとなっている」
「他領域について意見を言わない(領空侵犯しない)風土(特に役員)。特に今回問題を起こしたエンジン開発部隊は、日野の中ではエリート部隊(或いは出世の登竜門)と言われ、口出ししにくい。何か言うと『俺たちエンジン部隊は大丈夫だから』と一蹴されるような状況」
・事なかれ主義、内向きな風土
「我々は『お立ち台』と呼んでいたが、問題が発覚して日程内に間に合わなければ、開発状況を管理する部署の前で状況を説明させられ担当者レベルで責任を取らされることになっていた」
「他社より転籍した当初より気になっているのが、優秀な社員もたくさん見る一方で、知りうる限りでは内向きの社内風土の強さ、悪い意味での仲間意識(仲間内で完結、企業の目的/ステークホルダー/ブランドへのロイヤリティよりも仲間内の論理が優先、仲間内での言い訳論理)、お客様よりも上司評価が風土として蔓延っている点」
・「傲り」や「慢心」による現状認識の誤り
「日野自動車の社風として、1 番を取れ、いすゞに負けるな、なぜできないんだ?、土日何やっていたんだ?等の精神論や正論での議論や指示が多い」
「大企業の庇護(編注:日野自動車はトヨタ子会社)のもと、社会のうねり、景況にさらされることなく存続できたことで、甘えとも思える企業風土、特に部長、役員クラスでの危機意識、当事者意識が欠如していると感じる」
再発防止に必要な要素は?
調査委はこうした声などを踏まえ、不正の真因を「みんなでクルマをつくっていないこと」「世の中の変化に取り残されていること」「業務をマネジメントする仕組みが軽視されていたこと」の3点にまとめている。
従業員からは厳しい声が少なくないが、今回の不祥事を生まれ変わるチャンスととらえる向きもある。膿をすべて出し切って欲しいとの願いや、再生への熱い思い、仕事への愛着や誇りも多く聞かれたという。
日野自動車は業務チェック体制や内部通報制度の強化など再発防止策を公表している。調査委は「今、日野の再生に向けて求められているのは、耳触りや威勢の良い言葉やスローガンではなく、生まれ変わらねばならないという経営陣の覚悟と本気度を行動と実践で示すことである。従業員も経営陣の覚悟と本気度を感じることにより、熱意をもって変わっていこうとするはずである」と提言している。