コロナ禍で落ち込みが続いてきた旅行需要も、3年目にして回復基調が鮮明になってきた。2022年春から水際対策の緩和も進み、久々の海外旅行を決めた人も多い。ただ、一方で、円安の進行や物価高といったハードルが高くなりつつあるのも事実だ。特に、燃油サーチャージ(燃油特別付加運賃)の値上がり幅は急激だ。
そんな中で、燃油サーチャージを徴収しないことが一般的な格安航空会社(LCC)は有力な選択肢になりそうだ。特に日本航空(JAL)傘下の中長距離LCC、ZIPAIR(ジップエア)は21年12月、LCCとしては初めて太平洋を越える成田-ロサンゼルス線を開設。これまでのフルサービスキャリア(FSC)以外にも選択の幅が広がった。今後はシリコンバレーに近いサンノゼや台湾・台北に就航予定で、東南アジア-日本-北米を軸に成長を目指す。ZIPAIRの運航会社、ZIPAIR Tokyo(ジップエア トーキョー)の西田真吾社長に狙いを聞いた。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 工藤博司)
初便は乗客を乗せない貨物便だった
―― ZIPAIRの初便は20年6月でしたが、乗客を乗せない貨物便としてバンコク(スワンナプーム)まで飛ぶという、難しい状態でのスタートでした。旅客便が飛んだのは20年10月のソウル(仁川)行きで、初便乗客は2人。念願のホノルル線も、20年12月の初便乗客は26人でした。それから1年半が経ち、水際対策も緩和されつつあります。この夏休みの予約状況はいかがしょうか。
西田: これはゴールデンウィークもそうでしたが、行きはほぼ満席、帰りは「ちょこちょこ」。偏っています。8月の(平均の)予約状況は50%ぐらいです。いわゆる日本人の、日本マーケットの人の動きにしか合っていない、というのでしょうか。ですから、インバウンド(外国人観光客)がいると行きも帰りもそれなりに、ということになるのですが...。
―― 今後、行きの搭乗率が低く、戻りの搭乗率が高い状態になるわけですね。ピークの時期では、搭乗率はどのくらいになるのですか。
西田: 期間で言うと行きが8月9~11日あたりがかなり盛り上がっていて、戻りが14~16日あたりです(編注:7月29日の発表によると、日本発で最も予約率が高いのが8月11日の89.8%で、海外発は8月16日の80.0%。8月6~16日のお盆期間全体で見ると、日本発は69.8%で、海外発が54.3%)。国内線の上りと下りのような状況です。これまで伸びてきた、ベースとなる予約にお盆の予約が加わる形で、全体のロードファクター(有償座席利用率)を押し上げている状態です。「毎日が8割」という状況ではありませんが、スポットで見ていくと、8月お盆の頭は、日本発が満席が続くような路線もあります。海外発は8月の14~15日あたりが伸びています。特に成田-ロサンゼルスは今週に入ったぐらい(7月25日頃)からお盆明けまでずっと満席です。その分帰りは「ちょぼちょぼ」、8月の後半に帰りの便の搭乗率が上がる、と言う状況です。
―― それ以降の秋に向けた状況はいかがですか。
西田: 9月の3連休だけ、ようやく高まってきた状態です。お盆の予約は結構早めに入っていた一方で、通常のレジャー(需要)は「様子見」の状況です。その中でも8月は特殊で、今の時点で5割の予約が入っているというのは、4~6月と予約の数が積み上がった結果です。9月は、現状は5割には全く達していない状況ですが、感染状況が好転すれば(予約状況も)改善するとみています。ただ、足元の感染状況は結構厳しい現状もあるので、ちょっとまだ分からない、というところです。
―― 7月20日に開業以来の搭乗者数が10万人を超えたそうですね。
西田: 今までお乗りいただいた方は、相当「通」だったり、お好きな方に限られたと思いますが、ここに来て認知が広がって、ここまで来れました。
―― 国内は「第7波」に突入し、感染者数も過去最高を更新しています。この影響は出ていますか。サル痘の国内感染も確認されました。この影響をどう見ますか。
西田: おかげさまで予約自体はまだ順調に入ってきていますが、実際に出発しようと思ったときに、ご自身の体調が悪くなったり、心配されるお客様はいらっしゃると思います。
―― ただ、全般的なトレンドとしては回復基調が続くとみていますか。
西田:そうですね、日本人に限って言うと。
やっと貨物収入を旅客収入が上回るところまで来た
―― 先ほど、ロサンゼルス便は日によって満席だというお話が出ました。ZIPAIRでは、稲盛和夫氏の「アメーバ経営」を取り入れた親会社のJAL同様、便ごとに収支が把握できる仕組みが整っていると聞きました。今では黒字になっている路線も多いのですか。
西田:多いです。「この路線がこうだ」といったことは申し上げられませんが、やはり長距離路線の調子が非常にいいです。以前、「燃料代や着陸料、つまり運航するのに必要な費用はまかなえている」という説明をしていましたが、今はそれ以上に、飛行機の賃料や我々の人件費なども含めてカバーしてくれる路線がだいぶ増えました。全体としては、いわゆる赤字が拡大する状況ではありません。
―― 「出血は止まった」状態ですね。
西田:ばっちり、おかげさまで。ちょっと自虐的ですが、うちは世界初のローコストカーゴキャリア(LCCC)とも呼ばれていました。やっと貨物収入を旅客収入が上回るところまで来ました。貨物収入はご存じの通り高止まりしていますから、収支的にはだいぶ楽になりました。
―― 先日発表された22年3月期(21年度)の決算によると、旅客収入にあたる「航空運送収入」は7億1707万円だったのに対して、貨物収入にあたる「貨物スペース賃貸収入」は61億0355万円。22年度は旅客収入が貨物収入を上回るということですね。
西田: 我々はLCCなのでお客様からサーチャージ(燃油特別付加運賃)をいただいていませんが、貨物はサーチャージ制なので応分のコスト負担をしていただき、だいぶ助かっています。そこに貨物収入を上回るレベルの旅客収入が加わるので、収支状況は大きく改善されています。
―― 21年度の決算では純損益は50億3029万円の赤字でした。単月ベース、単年度ベースで、黒字転換のメドはいかがですか。
西田: 単月は公表していませんが、年度では(22年度決算で)十分黒字が狙えるところにいます。
―― 累積赤字の解消はいかがですか。
西田: この後の状況次第ですが、JALグループの中期経営計画(21~25年度)の間には十分回収できると思います。
「単一機材で短距離、多頻度運航」が伝統的なLCCのビジネスモデルだった
―― 以前はエアアジアのマレーシア-シンガポール線によく乗っていたのですが、これまでは同路線に象徴されるような「単一機材で短距離、多頻度運航」がLCCのビジネスモデルでした。ZIPAIRは「中長距離LCC」をうたっていますが、どのような工夫をして利益を出しているのですか。
西田: 「多頻度運航で、小型機で」というモデルは、おそらく皆さん、機材稼働を高めることを重視した結果です。1時間フライトして地上の折り返しを、LCCだと40~50分ぐらいでやるところが多いと思います。さらに1時間飛んで帰ってきて...、これを繰り返す。結局地上に降りる回数も増えるので、飛行機が空を飛んでいる時間は良くて(24時間のうち)12~13時間だと思います。我々は、その1.5倍ぐらい飛んでいます。例えばロサンゼルス線では10時間フライトして1時間ちょっとで折り返してきて、また10時間飛んで...。それでコストを薄めています。薄めたコストを基にした運賃で低価格を実現する、これが我々のモデルです。
―― 稼働のスケジュールが秘訣なんですね。
西田:おっしゃる通りです。LCCはみんなそうだと思います。やはり一番大事なのは、ダイヤですね。乗り入れ空港の発着枠、つまり「この時間に着いていい、この時間に出発していい」という点が一番大事です。その意味では、アジアの混雑空港(ソウルやバンコク)で後発組や新規参入組は好きな時間が取れない中で我々が狙ったダイヤを組めているのは、コロナ禍の間にあちこち飛んでいたおかげだと思っています。1機でデイリー運航をこの2路線で行っている(同じ飛行機を北米にもアジアにも飛ばしている)ので、24時間中18時間ぐらい飛行機を動かしていることになります。
―― 貨物便からスタートした苦労が報われる日が来ましたね...!
西田: 今、我々の乗り入れ地点を振り返ってみると、お客様の渡航先として人気があるのはもちろんですが、貨物需要もそれなりにある路線ばかり選んでやってきました。コロナ禍でも何とか路線を維持して、その結果、我々の好きなダイヤを確保することができました。
―― 「中長距離LCC」をうたうZIPAIRがソウル(仁川)に乗り入れたのは不思議だと思っていました。これは、最初からダイヤを確保しやすくする狙いだったのですか。
西田: 理由は3つぐらいあります。ひとつは、混雑空港に乗り入れて好きなダイヤを取るには今、という点。もうひとつは、貨物収入があったので、飛べば飛ばすほど当時は赤字を減らすことが出来ました。3つ目は、パイロットと客室乗務員(CA)養成です。飛行機2機から始めましたが、その後3~4号機と来るのは分かっていました。運休していると(実際の路線での)訓練ができないので、この3つの理由で頑張ってきました。
―― 燃油高が続きます。燃油特別付加運賃(燃油サーチャージ)はJALの場合、8月から欧州や北米行きで片道4万7000円に値上がりしています。そんな中で、ZIPAIRはサーチャージを徴収しない方針です。例えば成田-ロサンゼルス便は7月下旬~お盆まで満席ですが、その前後は片道5万3289~8万3829円(7月20日時点)。サーチャージと大きく変わらない金額です。こういった状況で利益は出るのですか。出ないとすれば、FSC同様にサーチャージの徴収を検討しますか。
西田: エネルギー価格が上がったら、必ずどの交通事業者もコストが上がります。我々も油の値段が上がるというのは、しんどいといえばしんどいです。一方で、少し説明しにくいですが、サーチャージは設定していい人と良くない人がいると思っています。「今、燃油高だからサーチャージが必要です」と言って、それでも乗っていただけているお客様がいるマーケットは、サーチャージを設定したらいいと思うんです。それは大体ビジネス需要、官公庁の出張の需要だったりするので、そういう航空会社はサーチャージを設定しています。我々LCCは、他のLCCも含めて誰もサーチャージを設定していません。なぜかというと、サーチャージを設定したら需要がなくなってしまうからです。
―― なかなか悩ましいところですね。
西田: 具体的には運賃のレイヤー(階層)を意識しており、このレイヤーの範囲の中で価格をコントロールして、コストをしっかりカバーできているところです。燃油高の部分を意識しながら値付けをするのは事実です。冬ダイヤの売り出しを始めましたが、基本的には今あるレイヤーの中で価格コントロールをやっていける範囲の中で、というところを考えまいた。もちろん、最安値で出す座席数が減ってきたり、というところはありますが、しっかりと最低価格は維持しながら続けているところです。
垂直尾翼から「Z」が消えた理由
―― 燃油高の原因のひとつが、ロシアによるウクライナ侵攻だと思います。6月15日には、垂直尾翼が新デザインになり「Z」のシンボルマークが消えることが発表されました。記者会見では、乗客から「(ロシアを支持するシンボルの「Z」と)『関係はあるのか』と尋ねられるようなことがあった」とも説明していました。
西田: 数は多くありませんでしたが、ありました。侵攻直後の2月後半~3月の前半にかけて、我々を応援してくださるお客様の一部から、批判というよりは、ご心配の声をいただきました。その意味では「何かしなければ」というのは、当時から思っていました。
―― 発表では「ポストコロナに向けてさらなる飛躍を期して」と説明していますね。
西田: これからの成長というのは、「米本土に1発飛ばして終わりじゃないぞ」という宣言と、そこから先、5~6機目で終わるつもりもなくて、少なくとも10機までは増やそうと思うので、これが出荷されてくる前に塗り替えてしまおう、というつもりでやっています(現時点で稼働しているのは4機で、25年度末までに10機に増やす予定)。
―― 水際対策の緩和は進んでいますが、乗客を増やすにあたって、一番ボトルネックになっているのは何だとお考えですか。入国者数の上限(2万人)、PCR検査の陰性証明書の提示、個人観光客が未解禁、など様々な論点がありそうです。
西田: 需要の規模で言えば、やはり海外パスポートの方の観光需要です。これを個人旅行で認めて欲しいですね。これが一番大きいですね。
―― 特にLCCはレジャー需要が多いですし、その内訳を見ても、ツアー客よりも個人旅行客の方が多いですね。
西田: 我々が乗り入れているところは、ガイドさんが旗を持って「こちらですよ」というようなツアーはほとんど皆無の国なので、いわゆる個人旅行を受け入れていただくのが一番我々にとっては助かりますね。なくなってほしいのは、2万人の上限と日本に帰国するときのPCR検査などありますが、一番大きいものを挙げるとすれば、海外のパスポートの方の個人旅行です。
―― 個人旅行が解禁されると、需要は大きく伸びると思います。10機まで増える飛行機を、どう活用しますか。どういった路線(地域)を強化していきたいですか。
西田: これまでやってきたことの繰り返しですが、アジアと、米本土ですね。西海岸を中心に広げていくことになると思います。その中で、機材稼働率が非常に高くなるような路線の組み合わせを考えていきます。
―― そこは、芸術的なパズルのような組み合わせがあるわけですね。22年12月に開設される成田-サンノゼ線は6路線目ですが、7路線目はアジアですか。
西田: すでにお話ししている範囲では、台北(桃園)線を準備中です。
―― 17年には台北駅と直通する「桃園メトロ」が開通して便利になりました。ソウル(仁川)便と同様に競合が非常に多そうですね。それでも就航するのは、仁川同様、機材稼働上のダイヤの「パズル」の兼ね合いと、貨物需要が見込めるからですか。
西田: そうです。競合が多いのも事実ですが、需要も非常に大きいです。
―― ZIPAIRは「太平洋越え」を果たしたLCCですが、欧州線の予定はありますか。「パズル」の議論で言うと、ピースがはまらずに非効率になってしまうのでしょうか。
西田: そうなんです。「コロナ前」はフィンエアー(フィンランド)が成田、福岡、札幌の3地点に乗り入れていたのを見て「そんなに余裕があるのか」と不思議に思っていたのですが、調べてみて分かったのは、機材稼働が非常に良い路線だからなんですね。私たちの成田-西海岸路線同様、彼らのヘルシンキ-日本線はコストが低いので、ペイするわけです。
―― ロシアのウクライナ侵攻の影響で、今はロシア上空を飛ばずに迂回(うかい)しているので、機材稼働の面も課題がありそうです。
西田: 今は大変だと思いますね。
ライバルになるとすれば「韓国や中国の航空会社」
―― 競合と需要の話を、もう少しお願いします。ANAホールディングス(HD)は第3のブランド「Air Japan」を立ち上げて23年度下期に運航を始めます。ZIPAIR同様「中距離国際線」をうたっています。マレーシアのエアアジアXも、マレーシア-日本-北米路線を計画している、と報じられています。
西田: アジアは人口が増えて経済成長しているところなので、そこを起点に米本土を目指すのは当然のことだと思います。
―― さまざまな会社が参入する背景には、東南アジア-日本-北米の乗り継ぎ需要の大きさがあると思います。現時点でZIPAIRの乗り継ぎ客も多そうですが、割合にすると、どのくらいでしょうか。
西田: 営業秘密なのでそう細かくは言えませんが、この時期は日本マーケットが盛り上がって運賃が上昇傾向なので、当初想定していたレベルよりは減っています。ですが、そうでなければ、それ(乗り継ぎ需要)で「ご飯を食べている」ような状態でした。
―― いろいろなプレーヤーが参入したとしても、需要が旺盛なので全然困らないわけですね。
西田: ライバルを挙げるとすれば...。我々は東南アジアを成田経由で米本土と結びますが、韓国や中国の航空会社がきっと同じことを狙っていると思います。それが、多分ライバルになります。
西田真吾さん プロフィール
にしだ・しんご ZIPAIR Tokyo代表取締役社長。1968年、神奈川県生まれ。90年に早稲田大学卒業後、日本航空(JAL)に入社。 資金部、関連事業室、マイレージ事業部部長などを経て、2018年にZIPAIR Tokyoの前身であるティー・ビー・エル社長、19年から現職。