ACジャパン(東京都中央区)の新作CM「寛容ラップ」が面白いと、SNSで好意的な声が広がっている。
強面の人気ラッパー・呂布カルマさんが「相手をディスらないラップバトル」を披露するなど、登場人物のギャップが魅力的に描かれるストーリーが話題となり、一時は関連単語がツイッターのトレンドに浮上した。拡散された動画は2022年7月22日16時までの間に約700万回再生されている。
ACジャパンによれば、企画者は「テレビ離れとも言われている若者にも届いて欲しい」という思いからラップを採用したという。どのようにテーマを決めキャストを選んだのかなど、CMの制作背景を取材した。
「もう要らないわ色眼鏡なんか」
話題のCMの舞台はコンビニ。レジ前で小銭を出すのに手間取っているおばあさんがいた。ギャルメイクの女性店員は無表情でじっとおばあさんの手元を見つめる。おばあさんの後ろには列ができ始めていた。おばあさんは焦って小銭を探しながら、消え入りそうな声で「ごめんなさい・・・」とこぼした。
おばあさんの緊張感が高まると同時に、後ろに並んでいた強面の男性が「タン!タン!タン!タン!」とリズミカルな足踏みを始めた。そして突如、買い物かごから取り出したアイスを片手に携え、こうラップする。
「Yo!もしかして焦ってんのかおばーさん 誰も怒ってなんかない アンタのペースでいいんだ 何も気にすんな 自分らしく堂々と生きるんだ」
驚いて目を丸くするおばあさん。素早く会計中のドリンクを手にとり、ラップでこう答えた。
「迷惑かけてしまってるなって 焦ったらまさかの優しい発言 アタシも反省 見た目で判断 もう要らないわ色眼鏡なんか」
唐突に始まった2人のラップバトル。口を開き目をぱちぱちさせながら驚いていた女性店員も、思わず「たたくより、たたえあおう」とノリノリで歌い始めた。やがて店中の人々がまるでライブ会場の観客のようにリズムに合わせて手を振り、温かいエールを送るのだった。
このCMがツイッターで4日、「ACジャパンのCMなのに、面白いぞ」と紹介され、「素敵なCM過ぎて泣けました」「良いね!叩くよりたたえあおう!」と話題になった。拡散された投稿のリツイート数は8万4000件、「いいね」数は31万3000件を超える。
最終審査で評価された「ラップ」の強み
視聴者の「色眼鏡」を外した同作は、どのように生まれたのか。ACジャパンは次のように説明する。
テーマは「不寛容な時代~現代社会の公共マナーとは」。ACジャパンが毎年3000人の消費者を対象に実施する「公共広告に関する生活者調査」の結果を参考に決定した。ACジャパンは「立場や考え方の違いを受容し、多様な人々が共存していく社会について考えたい」と述べる。
企画はコンペティション形式で決定している。テーマに関して全国の広告会社からアイディアを募り、審査を行う。今回は多くの候補作の中から、東急エージェンシー関西支社の「寛容ラップ」が選ばれた。最終審査会の審査委員からは、次のようなコメントが寄せられたという。
「ラップという手法によりコミュニケーションの速度が速く、伝えたい情報量も無理なく伝わるのではないか。意外性もあり、若者とお婆さんがキャッチーなコミュニケーションをしていることで、若者に対してもメッセージが届き、話題になる気がする」
キーメッセージは、「たたくより、たたえ合おう」。CМを見た人に「相手をディスる(たたく)ラップバトルをするのでは?」という想像をさせながら、実際は互いをディスらないラップバトルをするというアイデアが、企画の肝となる。
「強面のお兄さんが実はやさしいラップをする、繊細で周りのことを気にするお婆さんが実はラップが超上手い、無表情で冷たそうなギャルが実はとても優しい歌を熱唱する、というギャップが生まれることによって、人を見た目で判断しないという点を含め、多様性と寛容さをお伝えできると思いました」
企画者の不安を拭い去る「呂布カルマ」の本格演技
そこで抜擢された「強面のお兄さん」が呂布カルマさんだ。MCバトル大会「KING OF KINGS」で2018年・2020年に優勝するなどの実績を持つ人気ラッパーだ。
「お兄さん役には、呂布カルマさんが良いとの提案を受け、MVを拝見し、COOLで本格的なラップをしてくれる期待感があり依頼しました。企画担当者が気にしていたのは『CMのラップ的な表現はダサい』とか『ラップのパロディ』表現と思われてしまい共感されない事で肝心のメッセージが届かない、という不安でした。呂布さんはそれをまさに払拭し本格的に演じていただきました」
おばあさん役にはタレントの小田原さちさん、店員役には蘭さんが採用された。
「お婆さん役の小田原さちさんは、ラップが上手いというより、演技が上手くて、リズム感がある人を重視してオーディションした結果です。実際、オーディションの場で初めてラップをした際には、とても上手で驚いたと担当者から聞いております。
店員役は、見た目のギャル感と共に無感情なセリフ回しができる方、でも仕事はきちんとする雰囲気を持つ方を探しつつ、実際に歌っていただくためオーディションでは歌唱力のある方を重視したと聞いています。その結果、蘭さんが採用になりました」
登場人物のギャップはねらい通り、ツイッターで大好評だった。
「呂布カルマがACジャパンのCMでてるのびっくりだし笑った」
「おばあちゃんラップできてすごい」
「レジのギャルが歌い出して客全員が手振り出したとこで堪えきれずに吹いてもうた」
さらにツイッターでは「CMの内容も最高なんだけど手話通訳の人がノリノリなのもすき」などと、手話通訳者にも大きな注目が集まっている。
「手話もCМ表現の一部として、見て楽しめるものにしたい」
ACジャパンは2018年度から広告内に手話や字幕を導入した。ボタン操作による字幕表示を導入している広告は既に広まっているが、ACジャパンは「公共広告」と言う立場から、幅広い人々に情報を届けるためにボタン操作なしで常時表示する形をとっている。
「ACとしては出来上がったCМに単に手話を通訳として画面合成するのではなく、手話もCМ表現の一部として、見て楽しめるものにしたいと考えています。今回は『ラップ』が表現の中心になるため、人選にも難航しました」
正装で真面目に真摯に手話を行う人が、ラップが始まるとノリノリになる。そのギャップのインパクトを与えられる人として、木村晴美さんが採用された。
木村さんは、国立障害者リハビリテーションセンター学院・手話通訳学科の教官で、「手話通訳のレジェンド」と呼ばれているという。NHK手話ニュース845の手話通訳キャスターとしても広く知られている。
「木村さんはこちらの期待以上の手話アクターとして今回のCМに貢献していただきました。事前に練習を行っていただいた事もあり撮影当日はむしろスムーズに一気に撮影することができました。CМの限られた秒数の中でどういう動きで表現するのがベストなのか、その場で調整、検討しながら作り上げることができたのも木村さんの経験値による表現の幅があったからこそと感じています」
手話の監修チームのメンバーで、ユニバーサルデザインコンサルタントの松森果林さんも、自身のブログで撮影をこう振り返っている。
「撮影現場では、0.0何秒という単位で細かく確認をしますがラップのテンポにあったリズムとキレッキレぶりに演出家さんたちも舌を巻いておりました」
こうして生まれた大反響の「寛容ラップ」。ACジャパンは「今回のメッセージが広く多くの方々に好意的に受け止められたことはとても嬉しく思います」と述べ、今後も広告活動を通じて、人々の行動、社会の動きへもつながるようなメッセージの発信に努めていくと意気込んだ。
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)