テーマは「分断」か
前田氏は「SIDE:A」を観た感想として、「河瀬色」が強く出ていたと振り返る。
「今作では映画業界の世界的な潮流になっている、社会的、政治的な『分断』をテーマにしています。出てくるのは欧米の選手が多く、日本の選手は脇役のような扱いです。日本ではなく、あくまでも欧米、特に彼女を世に送り出したフランスでの評価を意識した作品だと感じました」(編注:河瀬氏の作品はカンヌ国際映画祭で高い評価を受け、同国の文化勲章も受章している)
前回の東京五輪では、後に「犬神家の一族」(1976年)などでメガホンをとる市川崑監督が公式映画「東京オリンピック」を手がけた。当時の大会の雰囲気を捉えた名作として知られ、日本の映画としては歴代興行収入5位の大ヒットを記録した。市川作品と河瀬作品の違いについて、前田氏はこう語る。
「市川作品には、当時の日本の精一杯で作ったイベント(五輪)を余すことなく記録しようという意志を感じました。あの映画を後から見ると『64年当時はこういうことをやっていたんだ』と振り返ることができます。まさに『記録映画』です。一方で、河瀬さんの作品からは、今回の大会・競技を『記録しよう』という気が感じられませんでした。前回大会とは違い、テレビやインターネットが普及し、映画で記録する必然性が薄れたという背景はありますが...感じたのは『私の視点から見た五輪を後世に残そう』という意識です」
アスリートの姿を追った「SIDE:A」に対し、6月24日公開の「SIDE:B」では大会関係者など周辺部分にスポットライトが当たる。前田氏が期待することは何か。
「アスリート以外の関係者や大衆、市民運動などを描くのならば、五輪開催側(JOC、IOCなど)の『暗部』を避けては通れません。一方で、あくまで公式映画ですから、そういった人たちを正面から批判することは許されない。ただ、世の中には、一見するとわからないけど、実は体制批判の意味が込められていた、という映画も数多くあります。『面従腹背』でもいいので、東京五輪の『暗部』を河瀬さんなりに批判する、くらいのことがあってもいいのではないかなと思います」