「いつまでも 食われてばかりじゃ いられない」
鮎が鵜(う)に食らいつく姿を表現した和菓子「下剋上鮎」が、ツイッターで「可愛い」などと話題となっている。商品を販売する岐阜県の和菓子屋「玉井屋本舗」に開発の経緯を聞いた。
創業114年を迎える老舗
長良川沿いに店舗を構える玉井屋本舗は、1908年に創業した。「下剋上鮎」は19年12月に発売された比較的新しい商品だ。
カリッとした触感の和菓子で、見た目は、鵜を尻尾から丸呑みする鮎の姿をとらえた1枚のクッキーのよう。鵜は放心したようにクチバシと翼を広げた形をしている。
公式サイトでは、「『鵜飼』という伝統漁法で、"鵜に呑み込まれ続けてきた鮎"が、一念発起し、『下剋上』を図ったユーモラスな焼き菓子」と説明されている。
味は2種類が展開され、鮎の部分はいずれも和三盆糖味、鵜の部分は抹茶味か黒糖味が選べる。
話題のきっかけとなったのは、あるツイッターユーザーが可愛くて面白い菓子が贈られてきたと22年6月6日に紹介したこと。
投稿は1万9000件以上のリツイートや7万5000件超の「いいね」を集めるなど反響を呼び、「可愛い...!!!笑」「これは...お土産にしたい!!」「鵜に喰らいつく鮎。発想も命名も凄い」といった声が寄せられている。
まさかの発想で人気を博す「下剋上鮎」の開発経緯について、J-CASTニュースが玉井屋本舗に取材したところ、商品をプロデュースした白木佑典さんが8日に答えた。
下剋上鮎は、手のひらサイズで1箱1枚の「大」や、その半分以下のサイズで1箱4枚の「小」、同じサイズで1箱12枚の「献上箱」といった種類で販売している。
発売から22年5月までのおよそ2年で、パッケージの総販売数は2万弱、枚数でいうと10万枚近くが売れているという。
きっかけは「麒麟がくる」だった
白木さんによると企画の発端となったのは、発売から遡ることおよそ1年。
当時は、明智光秀を主人公とするNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の放送を翌年に控える状況だった。本能寺の変に至る生涯が描かれるにあたり、ゆかりの地である岐阜県が「全体的に盛り上がる」と社長が耳にしたという。
「大河ドラマに沿った商品を独自で作った方が良い」と、社内で試行錯誤することに。しかし、「やっぱり老舗の会社が考えるので、分かりやすい商品になっちゃうんです」と白木さん。次のように説明した。
「要するに、まんじゅうに明智光秀の家紋つけて『明智まんじゅう』と言ってみたり。そういうちょっと小手先っぽい感じの商品になりがちだった」
そこで、同社と関わりのあった白木さんに白羽の矢が立ったという。社長から「ちょっと作ってみないか」と相談を受け、商品開発のプロデュースを任された。
ただ白木さんは、新商品の盛衰がドラマの放送期間に限られるのを懸念した。
「どうせ作るなら長く残る商品がいいなということで、あくまで『麒麟がくる』はひとつの起爆剤として使う。もうちょっと根本の部分から改めて考えなおしたんです」
「鮎菓子で生きてきた会社」が若者受けを意識
「幾つかの要素を組み合わせてなんか良いこと出来ないか」と白木さんが焦点を当てたのは、一見遠く感じる2つの要素だ。
ひとつは、創業以来の銘菓「登り鮎」。鮎を模したカステラ生地で求肥を包んだ菓子で、公式サイトでは「岐阜では玉井屋本舗が発祥と言われています」と謳う。
白木さんは「鮎菓子で生きてきた会社なんです」と話していた。
そこへ掛け合わせたのが、「若者に受けたい」という強い思い。市場全体が縮小しつつあり「若者の和菓子離れ」が進むなかで、「老舗が若者に対する商品を作ることに、業界的な意味があるのではないか」という考えもあったという。白木さんはこのように伝える。
「登り鮎っていうずっと根付いてる商品をフィーチャーして、リスペクトしながら、若者にちゃんと刺さるような商材をつくろうと考えました」
主流の事業である「登り鮎」と、若者受けを狙った「クスッとくるストーリーやデザイン」を意識したところへ、「麒麟がくる」を発端に、岐阜の歴史をエッセンスに加えた。
「登り鮎」は長良川の伝統漁「鵜飼」をモチーフとしている。これに白木さんは「鮎はいつも食べられてるんですね、毎回毎回。もう何百年、何千年っていう間。鮎は鵜に一方的に食べられてきたんです」。
そして明智光秀が生きた戦国時代については、「弱いものが強いものに食らいつくという、下剋上が当たり前の時代でした」という。
このような道筋で物語を結び付け、さらには令和へ移り変わった新たな時代を祈念するように、「いつも一方的にやられている鮎が、今度は鵜に対して食らいつく」というテーマを掲げる。
こうして「下剋上鮎」が誕生した。
パッケージや菓子の造形にこだわり
「若者に受けるって何かなと考えると...今も当時もそうですけど、SNSでいかに自分から発信したがるかってところにあるので。死語ですけど『SNS映え』みたいなことをかなり意識して作ってました」
商品化にあたっては、こういった考えで制作を進めたという。完成した商品パッケージは、モノトーンを基調とし赤の差し色が用いられている。家紋のようにあしらわれた、鵜に食らいつかんとする鮎の姿が目を引く。白木さんは、
「いわゆる和菓子で古臭いなという感じではなく、今の若者が手にとって、写真を撮って友達とかに自慢したりできるような。和だけれど『和モダン』みたいな...」
と伝える。下剋上鮎は「日本パッケージデザイン大賞2021」で菓子部門の銅賞を受賞している。
また、菓子そのものの形にもこだわった。鮎と鵜の表情は「リアルで怖い感じに生々しくするより、『ぽけ~』っと...」させたとし、
「鵜でいうと『これ、食われてるのかな?』。ちょっとクスッとくるような可愛らしいデザインを意識しました」
という。「造形だけじゃなくて、あの顔も含めて、きっと写真を撮ってくださってると思うんです」と見解を示した。
「すっごい苦労しました」理由と対策は
白木さんが「すっごい苦労しました」と振り返るのは、鮎と鵜の接合部分だ。食らいつく様子をどう表現するか悩んだという。
当初は、鮎と鵜の生地を1つの型で抜いてたが、「ただそうすると、こんがり焼けて固まった時に一体化しているので、食らいついた感が弱かったんです」。
人魚のような生き物にも見えてしまう仕上がりだったといい、「下剋上感が弱かった」。
対策としては、鮎と鵜を分けて型出しする方法をとった。焼く前に接合させる手間を加え、熱で溶かして固めることで、「鮎と鵜の境界線がくっきりと出るようになって、下剋上感が出た」。
ほかにも悩んだのが、「割れ」の問題だという。
前述した接合部分もさることながら、鵜のクチバシや首が細く割れやすいといい、「配送は本当に結構大変でして...」と述べる。
手法が定まっていない初期には、客から「手元に届いたら下剋上されてた」という声を受けたこともあるという。
その後は焼き加減を調整するなど菓子の改良を重ねたほか、梱包形式に関しても「緩衝剤を何枚も入れて箱自体にも緩衝剤を巻いてという形で、凄いケアしながら配送してます」。
白木さんは「もう今は、ほどんど割れることはないです」とし、「『こんなにしてくださってありがとうございます』と反応いただくこともある」と嬉し気に話す。
社内でまさかの声「本当にこれ売るのか?」
こだわりを持って苦労を重ね、完成に漕ぎつけた「下剋上鮎」だが、完成時の社内の反応は喜び一色ではなかったという。
「社内的にはですね、特に百十数年続いている老舗なので、他の商品と比べるとかなり毛色が違う商品ですから...本当にこれ売るのか?どうする?みたいな話は出てたりしました」
と明かす。既存商品とのギャップが強く、古くからの客が離れるリスクを考えた。
それでも挑戦した理由を白木さんは、
「やっぱり若い社員の方とか...僕らメンバーも含めてなんですけど、可愛いよねってポジティブなリアクションも物凄くあって。ここはチャレンジするに値するものなんだろうなっていう感覚ではあった」
とする。「(和菓子から離れている)若者に対して積極的にアプローチできるようなことは必要だよねっていうのが前提にあったので、そこはスッときたのかなと」と無事、発売に至る。
SNSの反響には「非常に嬉しいと思っている」
今回、「下剋上鮎」を紹介するツイートが話題を集めていることを受けては、「ありがたいことに定期的にあるんです」と、年に数回ほど同じような現象が起きているとする。
「僕らとしては凄いありがたいんですけど、なんでこのタイミングなのかなっていうのが毎回分からないんです」
「特になにもこっちから仕掛けてないですし。例えば広告打ったとか大きなイベントやったとかそういうことだったら分かるんですけど」
と驚きつつ、
「非常に嬉しいと思っているし狙い通りではあるので、SNSの可能性と、商品事業の可能性というのを感じているというところです」
と述べる。
「下剋上」のコンセプトに則った商品は、ほかにも21年4月に干菓子の「下剋上竜」が発売されている。中日ドラゴンズとコラボし、セ・リーグの各球団を模したシンボルに竜が食らついている。
「下剋上鮎を楽しんでいただいて、もし良ければ下剋上竜の方も楽しんでいただけるとより嬉しいなという風に思っております」