高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ
黒田日銀総裁「値上げ許容」発言が提示していた「マクロ経済の良い論点」

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   日本銀行の黒田東彦総裁が「家計は値上げを許容している」と発言、撤回した問題の背景については、ミクロとマクロの混同、報道の切り取り、アベノミクスの金融緩和政策を否定したい人たち、参院選前に物価高を争点化したい勢力など、さまざまな要因が見え隠れする。今回の発言をめぐる本当の問題はどこにあるのか。

  • 日本銀行の黒田東彦総裁(写真:つのだよしお/アフロ)
    日本銀行の黒田東彦総裁(写真:つのだよしお/アフロ)
  • 日本銀行の黒田東彦総裁(写真:つのだよしお/アフロ)

黒田総裁の講演発言を整理

   まず、黒田総裁の講演発言を整理しておこう。家計が値上げを受け入れる割合が、2021年8月の43%から2022年4月には56%に増加しているという。その理由として、新型コロナウイルス感染拡大による行動制限で蓄積した「強制貯蓄」が影響しているということを、1つの仮説として述べている。さらに、家計が値上げを受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだとも指摘している。

   黒田発言は、研究成果による経済全体を見渡したマクロ経済の発言だ。それに対し、1人の意見だけを取り上げて反論しようとしても意味がない。この点、マスコミや国会は1つのわかりやすい意見をもって、それが全体の傾向だとする「ストーリー・テラー」の手法ばかりなので、反論として説得力がないし、そもそも反論になっていないことをわかっていない。

   最近の「物価」に関する報道でも、個別の価格上昇だけを示して、全体の「物価」が上がっていると説明されているのには辟易する。個別のエネルギー価格上昇などによる「物価」の上昇は、2~3割しか説明できない。エネルギーと食品を除いた4月の消費者物価指数上昇は、対前年比0.8%にすぎない。

   さらに、「家計は値上げを許容」というのは、切り取りだ。黒田発言を正確に言えば、家計で値上げを容認する割合が増加しているといっているわけで、家計全体が容認とはいっていない。

   結局、参院選挙前に、アベノミクス批判に黒田発言を利用しただけになってしまった。

マクロ経済の立場からどう考えたらいいのだろうか

   では、マクロ経済の立場から黒田発言をどう考えたらいいのだろうか。

   まず、マクロ経済を語る上で必須なものとしてGDPギャップ(総供給と総需要との差)がある。内閣府は6日、2022年1-3月期GDPギャップがマイナス3.7%、21兆円と公表した。内閣府の計算は総供給を低く見積もっており、完全雇用に相当する総供給は内閣府のものより10兆円程度高いので、真のGDPギャップは30兆円程度あると考えていい。賃金上昇には、このGDPギャップの解消が先決だ。それができて半年くらい経過してから賃金は上昇する。

   黒田総裁の賃上げのストーリーは、講演でも話していた「強制貯蓄」が消費に転化して総需要を押し上げ、GDPギャップを解消するという経路だ。これは、財務省がよく使う手だ。民間需要が出てくるので、GDPギャップを放置してもよく、財政出動も不要というロジックだ。

   だが、はたしてこのロジックは正しいのだろうか。まずは、その民間需要を呼び起こすために「呼び水」が必要だというのが筆者の立場だ。そのためには、先の補正(2.7兆円)では一桁足りず、30兆円規模の補正が必要だ。

   黒田発言は、マクロ経済では良い論点提示だったはずだが、マスコミや国会はマクロ経済議論が出来なかったのは残念だった。


++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。21年に辞職。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「国民はこうして騙される」(徳間書店)、「マスコミと官僚の『無知』と『悪意』」(産経新聞出版)など。


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