20歳の時に電車事故で右手と両足の3本を失った山田千紘さん(30)は、両足とも義足でペダルを漕いだことがある。自転車ではなく、フィットネスジムなどにあるエアロバイクだが、「昔の感覚が呼び起こされた」と大きな感動を覚えたという。どのようにペダルを漕ぎ、何を思ったのか。山田さんが語った。
【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)
本物の自転車ではなく、エアロバイク
この体でペダルを漕ぐことができるとは思っていませんでした。漕いだのは本物の自転車ではなく、エアロバイクのマシンですが。
3年前の2019年のことです。義肢の専門家や企業などが一堂に会する「国際義肢装具協会世界大会」(ISPO2019)が神戸で開かれ、僕も義足メーカーのモデルとして参加しました。そこに「新しい義足ならこれも漕げる」として置いてあったのがエアロバイクでした。
両足とも義足で、コントロールが効かないのでペダルに固定させます。ペダルを回す時に義足が車体にぶつかったり引っかかったりしないよう、真っすぐ固定します。乗る前にこうしたセッティングさえできれば、力強くペダルを踏んでいけました。
僕が漕いだ感覚では、力が入るのは下腿義足をつけていて膝がある右足がメインでした。ペダルを踏んだ力の反動で、大腿義足をつけていて膝がない左足も動きます。上がってきたら左足も下に押します。右足は一般的な自転車を漕ぐのと同様の動作をして、左足は下に押す力だけ入れるという感じです。
「新しい義足なら漕げる」という話をしましたが、自転車を漕ぐには義足の構造の問題もありました。事故直後に履いていた義足は、足を差し込むソケットの部分が股間ギリギリまで覆いかぶさっています。サドルに座ってペダルを漕ぐと、股がすれたり尻が当たったりして痛いので、エアロバイクであろうが漕げなかったです。新しい義足はソケットが短くスッキリとしているので、股や尻が痛いといったことがなくなり、エアロバイクを漕ぐことができました。
「一生漕ぎ続けられる」と思うくらい楽しかった
両足義足で漕ぐ動作ができることに驚く人もいるかもしれません。パラスポーツでも自転車競技があり、義足の選手がいます。同列には語れないけど、漕ぐこと自体は僕にもできる可能性があったのかなと思います。
とはいえ、実際にやってみたら「ああ、チャリ漕いでる!」と感動しました。あの時は「一生漕ぎ続けられる」と思うくらい楽しかったです。もう体験できないことだと思っていました。インパクトがすごかったです。
誰でも自転車に乗れるようになると、当たり前のように乗れますよね。事故以前の僕もそうでした。でも手足を失って当たり前ではなくなってから、自転車に乗る感覚がなくなっていました。
本物の自転車ではないけど、実際にエアロバイクのペダルを漕げた時、「昔は自転車に乗っていたな。自転車で高校に通っていたし、車と競走するようなこともしていたな」と記憶や感覚が蘇りました。景色は変わらないし、前に進むわけでもないけど嬉しくなりました。
電車事故で手足を失う前、普通二輪免許と原付免許を取っていて、バイクに乗っていました。事故の後も、乗れないことは分かっていたけどバイクの免許は残しました。自動車免許を取る時、二輪免許があると学科が免除になるからです。
その際、免許証の裏面に条件が書かれました。▽二輪車、原付車は、AT車で側車付き▽義足、義手をつけること▽アクセル、ブレーキは左にあること▽右足にフットブレーキがあること――といった多くの条件があります。バイクに実質乗らない前提の免許になっています。
いつか自転車にチャレンジはしたい
通っている美容院の美容師さんが乗っているビッグスクーターの後ろに、一度乗せてもらったことがあります。背もたれがあって安定していて、乗ったのは数分だったけど、忘れていたバイクの感覚を思い出して感動しました。
「自転車も、バイクも、二輪の車にはもう乗れない」。そう思って暮らしてきたので、エアロバイクとはいえペダルを漕いだ時は、昔の感覚が呼び起こされて感激したのをよく覚えています。
ただ、物理的にペダルを漕ぐことはできても、本物の自転車では安全性を確保できません。エアロバイクなら重心を保てるからいいけど、僕は腕も片方しかなく、自転車は危ない。バランスが取れないし、もし転倒した時には受け身も取れません。だから、この体で自転車に乗っていろんな場所に行ってみたいとは思わないです。
それでも、とても素晴らしい体験だったので、いつか自転車にチャレンジはしたいです。周りに人がいなくて迷惑にならず、視界の開けた公園とかで、何メートルかだけ漕いでみるといったことはできるかもしれない。転んでもけがのないよう、安全に注意しながらいずれ挑戦したいですね。
(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)