NHKのバラエティー番組「チコちゃんに叱られる!」で、出演したマナー講師による番組スタッフへの厳しいマナー指導の様子が放送され、ネット上では「気分が悪くなった」など批判的な声が相次いだ。
講演会や企業研修などでマナーを教えるマナーコンサルタントの西出ひろ子さんは2022年5月26日、J-CASTニュースの取材に「さまざまな角度から見れば、思うことはいろいろとありますが、不快に思われた方々のお気持ちを思うと心が痛みました」と語る。今回の炎上騒動で考えたことは。
「いただきますなんて家で言え!」
物議を醸したのは、22年5月20日放送の「チコちゃんに叱られる!」の一幕だ。番組では「フォークの歯が4本な理由はスパゲッティーを上手に食べるため」という説が紹介された。これを検証するため、番組スタッフが2本歯、3本歯、4本歯、5本歯のフォークでそれぞれスパゲッティーを実食し、どれが一番上品に食べられるかに挑戦。その様子を「鬼のマナー講師」として知られる平林都氏が、マナー指導をしつつ見届けた。
実食前、スタッフが平林氏に「よろしくお願いします」と頭を下げると、平林氏は「すごい仏頂面で。コミュニケーションの第一歩は『相手を見る』ということですので、下を見ずに私を見ていただけますでしょうか」と指摘。スタッフがうなだれると「下を見るな言うとるやろ!平林流にビシビシ、マナーを指導していきますので、お願いいたします」とした。さらに「なんべん言うても床見るなあんた!泣くな!ええ歳して!」と、涙ぐむスタッフをまくし立てた。
その後、スタッフが椅子に背中をつけて座ると「背もたれをしない。自分ではしていないつもりでも、人から見てしているように見えるのが問題。だから握りこぶし一つ空けておくこと」「相手が納得していなかったら『したつもり』『やったつもり』だからね。しっかり握りこぶし一つ空けておく!」と厳しく指導。
食事シーンでは、スタッフが「いただきます」と言うと「いただきますなんて家で言え!人と一緒にいるときは『頂戴いたします』って言うねん!」と指摘し、音を立ててスパゲッティーをすすると「食べる気持ちが薄れてくる。下品。音を聞いたら『誰?』と思う」と苦言を呈した。
検証により、2本歯、3本歯、5本歯のフォークではスパゲッティーをうまく食べられなかったものの、4本歯では上品に食べられたという結果になった。検証を終え、平林氏は「しっかりとレディーなられたと思います。学習能力があるので」とスタッフを褒めた。しかし、スタッフが平林氏の話を聞いている際中、歯に詰まったものを取る仕草を見せたことで、平林氏は「口の中で、ベロで取るな!」と一喝。ここでコーナーは終了した。
口癖のように言っていた「これは失礼です」
放送後、番組内容がニュースに取り上げられると、ネット上では「見ていて気分が悪くなりました」「言葉の体罰が酷すぎる」などと、平林氏の指導内容に対する批判的な声が噴出。その一方で、「企画された番組側の問題なのではないか」「制作ミスであることは明白」などと、番組の演出にも厳しい声が多く聞かれた。
マナー講師に対する厳しい声を、同じマナーのプロである西出さんはどう見ていたのか。
「私も過去にネットで『炎上』したことがあります。さまざまな角度から見れば、思うことはいろいろとありますが、不快に思われた方々のお気持ちを思うと心が痛みました」
西出さんは21年10月に「マナー講師の正体、マナーの本質」(アドレナライズ)という本を出版。マナー講師が頻繁に「炎上」する理由を、業界に身を置く自身の経験や知見を踏まえて分析した内容だ。
同著では、西出さんがネット上で「炎上」した過去に触れている。20年7月、同年秋刊行予定だった著書「超基本テレワークマナーの教科書」(あさ出版)の書籍概要と、「リモート会議では5分前にはルームに入室」「お客様より先に退出してはならない」などの「テレワークマナー」を紹介したツイートが拡散された。ネット上では「理不尽なマナー」だとして、西出さんへの批判が相次いだ。
しかし、拡散された上記のマナーは、実際には本に載っていない、虚偽のものだった。デマ被害を受けた西出さんだが、「私の与り知らないところで炎上しているのだから、それに対して私が反論するのもおかしなことだと思った」(「マナー講師の正体、マナーの本質」より)と、投稿者への提訴はしなかった。
ただ、こうした「炎上騒ぎ」の中で気づいたこともあったという。
「私のようにマナーを伝えるマナー講師のことが『失礼クリエイター』と呼ばれて、批判されていることを知りました。メディアに出ると『(何らかの行為や言葉遣いに対して)それは失礼です!それはダメです!と言い切ってください』と言われるんですよね。だから私も『これは失礼ですね』と口癖のように言ってしまっていました。なんでもかんでも『失礼』と言い、様々な失礼を作り出すから、失礼クリエイター。名前の由来を聞いたとき、なるほど、皆さんすごいなと感心したほどです」
平林氏は「とてもプロ意識の強い先生」
西出さんは、世間のマナー講師への風当たりが強いことについて「そういう風に言われることは悲しい」としつつも「皆さんにそう思わせてしまうような言動が、私も含めてマナー講師の側にもある」と分析する。
「企業研修を受けた社員の方々からは『マナーの先生が怖かった』という声を聞く機会が多いです。私のことをそう思う人もいるでしょう。上から目線的な言い方で指導をされて『お前は何者なんだ?』と思う人も多いと聞きます。ただ、そうした指導を要求する企業側の意向があることも現実です。とは言え、マナーを守るべき理由が不明瞭な中で、講師が『こうしなさい』と決めつけて指導するので、聞く方も『えっ?なんで?』と思いながらも従わざるを得ず、ストレスが溜まっていく。もちろん、マナー講師全員が全員そうではありませんが、皆さんにそう思われるようなことが現実に起きているのは否めません」
とりわけ多くの人から厳しい目が向けられるのが、テレビなどマスメディアへの露出時だ。バラエティーや情報番組で「マナーの専門家」として呼ばれる機会が多い西出さん。「強制ではありませんが、テレビに出る際には少なからず演出に関する要望をいただきます」。プロとして出演する以上は、テレビ側の要望に従う必要がある。そうした中で、先述のような「それは失礼」「それはダメ」といった「言い切り」を求められるのだという。
西出さんは、平林氏とは過去にテレビ番組で一度だけ共演経験があると話す。「鬼のマナー講師」として活動する平林氏は、どんな印象だったのか。
「とてもプロ意識の強い先生だなというのが私の印象です。番組側の要望になるべく沿うことが、仕事人として、プロとしての役割。平林先生とご一緒させていただいたときは、その意識の高さを感じました。最近ではお笑い芸人の江頭2:50さんとYouTubeで共演されており、先生を称讃なさるコメントが溢れています。企業やメディアからの依頼が絶えない理由がわかります」
「トラブルのない社会にしたい」マナー講師を続ける理由
西出さんは番組の意向に「なるべく従っている」とする一方、視聴者の視点も意識しているという。「視聴者の方が見たときに、なるべく不快を感じないように、番組に応じて伝え方や言い方を変えています。これは演技をするということではなく、例えば目上の方と接する時と幼いお子さんと接する時とでは話し方は自然と変わりますよね。事情や対象が変われば対応の仕方も変わっていいと思っています」
しかし、どれだけ配慮をしても炎上リスクは避けられない。その際に矢面に立つのは、名前を出しているマナー講師だという。
「マナー講師がメディアの『視聴率稼ぎ』や『アクセス稼ぎ』に利用されて炎上しても、メディアはその責任を取ってはくれません。影響を受けるのはマナー講師です。炎上してしまったことで評判が悪くなり、依頼が来なくなったというケースもあります。死活問題です。それを覚悟で、マナー講師自身も自分を守っていかないといけません」
炎上リスクのあるマナー講師の仕事を続けるのはなぜか。西出さんはこう話す。
「私には『マナー力でトラブルのない社会にしたい』という夢がありますので、その目標に向かって、何を言われても互いに思いやる心をマナーとして伝えていく。マナー講師の仕事を続けるにあたっては『なぜこの仕事をするのか』の理由が明確にあり、そういう信念みたいなものがあるかどうかに尽きるのではないかと思います」
西出さんの両親は離婚し、父と弟が自ら命を絶っている。弟は金銭トラブルを抱えていた。「人間関係に悩んだり、トラブルに巻き込まれて、命を断つ人が出ないような社会にしたい。その一心で、この仕事をしています」。
マナーの本質は「相手の立場に立つこと」
マナー講師への厳しい風当たりは、どうすれば改善されるのだろうか。西出さんは、マナー講師側に求められることがある、と話す。
「マナーを教わる皆さんの中には、マナー講師の『言い方』や『伝え方』にカチンと来たり、傷ついてしまうという方もいらっしゃいます。そういう時には、『こうしなければならない』と言い切るのではなく、『こうした方が喜ぶ人が多いですよね』と言い方を変えることも必要なのではないでしょうか。また、講師から一方的にマナーの型を押し付けられても『なぜマナーを守るのか』が分からなければ、ストレスは溜まる一方です。『なぜ』の部分をマナー講師側がしっかりと伝えていくことで、受け取る皆さんの考え方、マナー講師に対するイメージが変わっていくんじゃないかなと期待しています」
西出さん曰く、マナーの本質は「相手の立場に立つこと」だという。「日本ではよく『マナーを守る』と言われますが、マナーは守るものではなく、自分を守ってくれるものなのです。幕末の儒学者・佐藤一斎の本『言志四録』の中にも『礼儀を甲冑せよ』という意味合いの言葉が出てきます。マナー、すなわち礼儀を鎧として身につけることで、自分を守ってくれるという意味です。相手の立場に立ち、相手を不快にさせないような言動をすることで、自分が守られるのです」
また、西出さんは「マナーは相手や場所、ケースに応じて変わるもの」だとし、「型」ではなく「心」が重要だと指摘する。「マナー講師の中には『まずは型を身につけなさい。気持ちは後からつけましょう』と指導している人がいるのも現実です。考え方は人それぞれですが、私としては『型』よりも相手を思う心が先でしょ?ということを伝えています」
そして、西出さんはマナー講師を起用するメディアにこう問いかける。
「貴重な情報を発信くださるメディアの存在には感謝しています。その上であえてお伝えするならば、こちらが伝えたことを編集でカットされて、メディア的に美味しいところだけが取り上げられて、それが視聴者に誤解を与えて炎上してしまうというケースがあります。マナー講師にそのテーマを担うよう依頼してくるのであれば、ここはメディアとマナー講師の間の『マナー』だと思うんですね。マナーをテーマとして取り上げて、社会をどうしたいのか?堅苦しいと思われているマナーを楽しく伝えることには賛成です。しかし、ただ面白おかしく伝えるだけ?数字を取るためだけですか?と問いたいです。そうではなくて、もっとその先の、人間関係や社会を良くするためのマナーを伝えてほしいというのが、私の率直な願いです。メディアは影響力のある存在なのですから」
(J-CASTニュース記者 佐藤庄之介)