「ゆっくり茶番劇」の商標登録をめぐり、取得を代理した海特許事務所(千葉県佐倉市)が2022年5月16日、公式サイトで「皆様に愛されている商標とはつゆ知らずご迷惑をおかけいたしました」と謝罪した。
ゆっくり茶番劇とは、同人サークル「上海アリス幻樂団」が手掛ける作品群「東方Project」の二次創作から発展した動画ジャンル。作品に関わりのないYouTuberの柚葉さんが15日に商標の取得を発表したことで、ネット上で波紋を呼んでいる。
特許事務所は謝罪も「出願する行為に問題ない」
柚葉さんは15日、「ゆっくり茶番劇」という文字の商標権を取得した旨をツイッターで周知した。今後、商用利用するには申請が必要だという。一度の申請につき使用期限は1年間とし、税別10万円の使用料を求めるとしている。
柚葉さんによると、あくまで動画タイトルの表記などに関係する文字商標だといい、「"ZUN氏の東方Project"、"版権キャラクター"、"他者の商標及びサービス"とは一切関係御座いません」。
また、「そもそも『ゆっくり茶番劇』って『東方project』のキャラクターを用いなくても『市販のキャラクター素材』のみで成立します」などと主張。法的にも正当な手続きを踏んでいるとし、誹謗中傷に対しては「厳正に対処させていただきます」と訴えている。
海特許事務所は16日、「『ゆっくり茶番劇』について」と題した文書を発表。商標の出願時には同所の所長を務める古岩信嗣弁理士と、古岩信幸弁理士が代理人を請け負った。
文書では、「皆様に愛されている商標であることを存じておらず、ご迷惑をおかけ致したこと申し分けございませんでした」と謝罪。あわせて、爆破予告を受けたとし、警察に通報したと明かす。
当該商標については出願人から自身のYouTubeのチャンネルに使用したいとの希望があったという。出願を代理するにあたっての具体的な調査内容を、
「調査において使用されている事例は見うけられましたが、周知商標(全国的に広く知られている)とはなっていないと判断しています。
よくご存じの方にとってはこれだけ使用されているのにと思われるかもしれませんが、当時のインターネット検索でワードを限定して検索しても件数的には数万件程度であり、周知と呼べるレベルではないと判断しています」
と伝え、「代理に問題はありませんし、出願する行為にも問題はありません。もし、出願の段階で不正の目的があったのであれば、弁理士の責任として当然ストップをかけます」と見解を述べた。
事務所の今後の対応は...
今後については、「商標権者と本商標は自身の商標であるはずと思われる方との間で話し合い等が行われ、場合によっては無効審判がなされるでしょう」とし、
「弊所がそれに対してどう関わるかは、商標権者の考えをまだ確認できていませんので確認してからとなります」
と立場を伝える。文書ではそのほかに、詳しい経緯や商標制度についての持論を述べた。末尾では、
「皆様に愛されている商標とはつゆ知らずご迷惑をおかけいたしました。関わった以上私も真摯に対応していきたいと思います」
と改めて詫びている。また、次のように呼びかけた。
「ただし、業務の支障になるような行為は控えて頂き、冷静な対応をお願いしたいと存じます。関係者以外から問い合わせ頂いても今後は個別に回答はできませんのでご了承下さい」
事務所の発表全文
1.謝罪
皆様に愛されている商標であることを存じておらず、ご迷惑をおかけ致したこと申し分けございませんでした。
2.爆破予告について
「ゆっくり茶番劇」を愛しているからこその行為かもしれませんが、冗談ではすまされませんので直ちに通報致しました。今後については警察が事件として取扱うのかは分かりませんが、協力を求められた場合は協力致します。
3.弊所の見解について
(1)出願について
自身がYoutubeのチャンネルで使用したいと希望されていましたので調査を行った上で出願の代理を行いました。調査において使用されている事例は見うけられましたが、周知商標(全国的に広く知られている)とはなっていないと判断しています。よくご存じの方にとってはこれだけ使用されているのにと思われるかもしれませんが、当時のインターネット検索でワードを限定して検索しても件数的には数万件程度であり、周知と呼べるレベルではないと判断しています。
以上より、出願人が自身のために使用する商標(商標法第3条第1項柱書)として代理していますので代理に問題はありませんし、出願する行為にも問題はありません。もし、出願の段階で不正の目的があったのであれば、弁理士の責任として当然ストップをかけます。
(2)審査について
出願するとすぐに公開されます。そこから審査着手まで一定の期間(4~6カ月)があります
その間に登録されるのに問題があると考えた方は刊行物提出書を提出することで情報提供を行えます。全国的に周知ではない商標だが、ある限られた範囲において周知になっているような商標は、このような情報提供により我々弁理士も審査官も気付くことができます。実際に情報提供により事実を知り、出願を取り下げるように説得したり、代理人を辞任したりすることはあります。
ただし、本件は公開から登録まで一切の情報提供がなされていないことから残念ながら限られた範囲で周知であることに気付くことができませんでした。従って、審査官の判断にも現状で誤りはありません。
(3)登録後
その後の異議申立期間でも何の異議もない状況だったので権利行使をされたのでしょう。異議申立期間が終了してから権利行使されるのは当然であり、異議申立期間中に権利行使をされるようなことの方が珍しいです。誰か異議がないか確認する期間だからです。権利行使についてですが、弊所は一切関わっていないのでインターネット上での情報しか存じておりません。
もし単に周知商標を独占することで利益を得ようとしているのであれば不正の目的(商標法第4条第1項第19号)に該当する可能性があるでしょう。
(4)今後について
商標権者と本商標は自身の商標であるはずと思われる方との間で話し合い等が行われ、場合によっては無効審判がなされるでしょう。無効審判においては全国的な周知性がなかったとしても、一地域で周知商標であったことを主張する(同項第10号)、混同を生じる可能性(同項第15号)、不正の目的(同項第19号)で争われるのではないかと予想されます。
弊所がそれに対してどう関わるかは、商標権者の考えをまだ確認できていませんので確認してからとなります。
4.商標の制度について
日本は先願主義、登録主義を採用しています。単なる文字商標に著作権はありませんし、特許のような新規性という概念もありません。誰が創作した造語かなどは商標登録する上で問題にはなりません。同じ文字商標であっても商品や役務が異なれば登録されますし、例え第三者が使用している商標であっても、自身が正当な権利者だと考えて出願すれば、周知商標でなければ先に出願した商標が登録されます。
しかし、先願主義、登録主義にも弊害があります。本来登録されるべき方が登録を受けることができず、悪意を持って登録されてしまう可能性もありますし、悪意でなくとも本来は登録されるべきでない方に登録されてしまう可能性があります。
従って、そのような状況でも法的に対応ができるように、情報提供、異議申立、無効審判という制度が設けられています。このような制度のおかげで先願主義、登録主義による弊害を補っています。
情報提供、異議申立、無効審判は決して珍しいことではなく、本件のようなインターネットで炎上してしまうような案件でなくても行われています。すなわち、法的に成立している商標権については法的に対策ができるようになっており、法治国家ですから法律に基づいて対応していけばよいことになります。
欧州などは実体審査(他の商標との関係)を行わず登録になります。商標登録していれば似ていると感じる可能性がある商標が出願されると通知が行きますが、登録していないとそのような通知も来ません。常に注視しておく必要があります。
日本は実体審査を経て登録になりますので一般の方の負担は小さいですが、小さいコミュニティで使用されている商標については気付くことができない状況がありますので、チェックしておく必要があります。
ただし、チェックしておくのも大変ですから、重要な商標は登録しておかれる方がコスト的にも安く負担も小さいでしょう。
以上が弊所の見解となります。
皆様に愛されている商標とはつゆ知らずご迷惑をおかけいたしました。関わった以上私も真摯に対応していきたいと思います。
ただし、業務の支障になるような行為は控えて頂き、冷静な対応をお願いしたいと存じます。関係者以外から問い合わせ頂いても今後は個別に回答はできませんのでご了承下さい。
急ぎ書きましたので誤字脱字、おかしな点等あるかと存じます。申し分けございません。