ロシア軍がウクライナ北部キーウ(キエフ)州ブチャから撤収し、そこに残されたのは民間人とみられる多数の遺体だった。
ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオ演説でロシアを非難するのはもちろん、その矛先はロシアに宥和的な政策を取り続けた北大西洋条約機構(NATO)加盟国にも向けられた。2008年のNATO首脳会議でウクライナの新規加盟が見送られたことを挙げ、当時のドイツ・メルケル首相とフランス・サルコジ大統領を名指しして「ブチャを訪問していただき、ロシアに譲歩する政策が、この14年間で何をもたらしたかを見ていただきたい」と、皮肉交じりに訴えた。西側諸国の消極的な姿勢が今の事態を招いた、という主張だ。
2008年にはウクライナが「東欧の『グレーゾーン』から抜け出すチャンス」あった
ゼレンスキー氏は、4月3日(現地時間)のビデオ演説で、ブチャで民間人を殺害したロシア軍について「人殺し、拷問者、強姦魔、略奪者」と非難。「彼らの行為は万死に値する」とも述べた。
一方で、NATO側の問題にもある程度の時間を割いた。ウクライナがNATOに加盟できていれば、今の事態は起きなかったのではないか、という議論だ。
「今日で、ブカレストでNATO首脳会議が行われて14年だ。当時、ウクライナが東欧の『グレーゾーン』から抜け出すチャンスがあった。NATOとロシアの間の『グレーゾーン』だ」
ゼレンスキー氏は、「グレーゾーン」では「最も恐ろしい戦争犯罪でさえも、ロシア政府は何をしても許されると考えている」とも説明した。
ゼレンスキー氏が言及した08年4月のNATO首脳会議では、クロアチアとアルバニアの新規加盟では合意したものの、ジョージア、マケドニア、ウクライナについては合意に至らなかった。ゼレンスキー氏は、当時加盟が認められなかった背景には「一部の政治家のロシアに対する不条理な恐怖心」があり、その「一部の政治家」は、
「ウクライナを拒否することでロシアをなだめ、(ロシアが)ウクライナを尊重し、我々の隣で普通に暮らすように説得できると考えていた」
と指摘した。当時のロシアに対する配慮が今の事態につながったとの思いを改めてにじませた。
「その誤算から14年の間に、ウクライナは革命を経験し、ドンバスでは8年にわたる戦争を経験した。そして今、私たちは第二次世界大戦以来、ヨーロッパで最も恐ろしい戦争の中で、生きるために戦っている」