プロ野球・阪神タイガースの新助っ人、カイル・ケラー(28)は、開幕から抑えを任されたものの初登板から2戦連続で敗戦投手となり、2022年3月31日に2軍に降格した。
ケラーのように、開幕クローザーに抜擢された新外国人投手が振るわなかったケースは少なくない。一方で、複数年に渡り抑えとして活躍し、球界に名を残した選手もいる。
巨人ミセリは開幕炎上→解雇→浅草観光
ケラーは昨オフに大リーグ・パイレーツから阪神に入団。最速157キロの速球とカーブを武器に、2年連続セーブ王で大リーグへ移籍したロベルト・スアレスの後釜になることが期待されていた。
ただ、新型コロナウイルスの水際対策の影響で来日が遅れ、春季キャンプには参加できず。オープン戦では登板2試合にとどまったが、矢野燿大監督は開幕からクローザーに起用した。3月25日のヤクルトとの開幕戦では、8対7とリードしていた9回表に登板。しかし、先頭の山田哲人に同点ホームランを打たれると、その後ドミンゴ・サンタナに2ランホームランを打たれ逆転を許し、敗戦投手となった。
続く3月29日の広島戦では9回裏2対1の場面で登板。しかし、持ち味のカーブを次々と痛打され、満塁になった場面で降板。その後、代わった投手が西川龍馬にサヨナラタイムリーを打たれ、2戦連続で敗戦投手となった。3月31日には一軍登録を抹消された。
矢野監督の期待に応えられなかったケラー。ただ、開幕から抑えを任された新助っ人が、いきなり派手に炎上してしまうケースは少なくない。
04年に近鉄に入団したヘクター・カラスコは、3月28日の開幕戦こそ無失点に抑えるも、登板2試合目の3月30日・ロッテ戦では9回表に連続ホームランを打たれ逆転負け。4月11日の西武戦では9回裏2点リードから満塁ホームランを浴びるなど6失点し、敗戦投手になった。その後の試合でも不調が続き、クローザーながら4月終了時点で5敗を喫していた。
大リーグ579試合登板という実績で05年に巨人に入団したダン・ミセリは、オープン戦から不調だったものの堀内恒夫監督(当時)が開幕抑えに起用。しかし、4月1日の広島との開幕戦では9回表1点リードの場面でグレッグ・ラロッカに同点本塁打、緒方孝市に勝ち越しホームランを打たれ敗戦投手に。4月5日の横浜戦では12回同点の場面で多村仁にサヨナラタイムリーを打たれた。その後も結果を残せず、開幕から1か月経たないうちにチームを解雇された。解雇直後には夫人と浅草観光をする様子が報じられた。
抑えはく奪→翌年セーブ王の選手も
「新助っ人クローザー」の失敗例は最近でも。16年にオリックスに入団したエリック・コーディエは、過去に165キロのストレートを投げたことがあると自称していた。しかし、3月25日の西武との開幕戦では9回裏1点リードの場面からサヨナラ負けを許した。その後2セーブを挙げるも制球難が改善されず、同オフに自由契約となった。
20年に広島に入団したテイラー・スコットは、NPB初のアフリカ大陸出身選手だった。オープン戦で好投を見せていたが、新型コロナウイルスの影響で開幕が延期。6月21日の開幕3戦目・DeNA戦では1点リードの9回裏に登板するも、一死も奪えずサヨナラ負けを許した。その後7月2日のヤクルト戦でも村上宗隆にサヨナラ満塁弾を被弾し、負け投手になった。翌21年は一軍登板なしに終わり、オフに自由契約となった。
一方で、開幕から抑えに起用され、その期待に応えた助っ人もいる。11年に広島に入団したデニス・サファテは、150キロ台の直球を武器に初年からいきなり35セーブを記録。その後西武、ソフトバンクに移籍し、ソフトバンク時代の17年には日本記録のシーズン54セーブを挙げ、パ・リーグMVPを受賞した。
韓国リーグで圧倒的な成績を残し、14年に阪神に入団した呉昇桓(オ・スンファン)は「石直球」と言われた力強いストレートを持ち味に2年連続でセーブ王を獲得。阪神退団後に入団した大リーグ・カージナルスではリリーフエースとして活躍した。
また、96年に中日に入団した宣銅烈(ソン・ドンヨル)は、開幕からセーブ失敗が相次ぎ抑えをはく奪されるも、翌97年にセーブ王を獲得。99年にはリーグ優勝に貢献し、胴上げ投手となった。
まだ始まったばかりの2022年シーズン。ケラーも宣銅烈のように「汚名返上」となるか。