東京・新宿の新宿御苑からほど近い場所に、1970年から続くライブサロン「新宿カールモール」がある。バーとして開業後、音楽と酒を楽しむ場として続いてきて、今は音楽ライブ会場に、撮影スタジオにと使われている。
初代店主が維持してきた空間を引き継いで、現在マダムとして店を切り盛りするのが小林宏美さんだが、この店との縁もちょっとした偶然からだった。50年前とほとんど変わらぬたたずまいを守り、コロナに揺れる夜の店を守るべく奔走してきた日々を聞いた。
2層のフロアに広がるアンティークな空間
東京メトロ丸ノ内線新宿御苑前駅・都営新宿線新宿三丁目駅から徒歩圏内の新宿カールモールに一歩足を踏み入れると、2層のフロアには時間を巻き戻したかのようなアンティークな空間が広がる。2階にはピアノも据え置かれ、こぢんまりとしながらも音楽を楽しめる空間だ。内装は壁紙を一度張り替えたほかは1970年の開業以来ほとんど変わっておらず、調度品・照明器具に至るまで昭和時代のものを使い続けてきた。
稀少な内装を活かしてバーやライブ会場としてだけでなく、写真・映像の撮影スタジオとして積極的にツイッター上でアピールしている。現在マダムとして店の運営にあたっているのが小林さんで、初代マスターの故・小倉恒克さんから受け継いだ。
21年12月に小倉さんが亡くなったが、「先日亡くなった大好きなマスターから譲り受けたお店を守りたい!そのためには撮影スタジオとしてもっと多くの方に利用していただきたいと思っています」と訴えた22年1月26日のツイートが話題を呼び、写真やコスプレ好きの層にも知名度が広がった。
小林さんとカールモールの縁は約20年前に始まった。カールモールと同じビルに入居するライブハウスでアコーディオンの弾き語りライブに出演していた小林さんが偶然カールモールの扉に興味を持ち、小倉さんに誘われて店内に入ったことがきっかけだった。その後、音楽ライブの方も小倉さんに誘われる形でカールモールで行うことが増えた。
「レトロなものがすごく好きだったので、店内を初めて見た時は『こんなところが東京にあるんだ!』って驚きました。海外生活の経験がある小倉さんが内装もすべて考えました。70年頃の新宿界隈は歌声喫茶もたくさんあって、音楽を提供する小さな店も沢山あったそうですが、ここのようなサロンスタイルの店は今ではめっきり少なくなりました。小倉さんの時代は近くにテレビ局もあり、著名人でにぎわっていたそうです」(小林さん)
イベントに出演したり、客としてバーの常連になったりして親しくなるうちに、小倉さんから誘われて小林さんも店の経営にかかわるようになった。「誘われた時は仕事をしていたのと、好きなお店だったのでかえって『自分が潰してしまったらどうしよう』と初めは思ったのですが、その後マスターが後継者探しに難航している様を見て、『それなら私が』と腹をくくりました」と話す。
2012年には運営会社の取締役にも小林さんが就任し、昨年に小倉さんが死去した今は小林さんがホールのかじ取りを一手に担う。
自主レーベルも設立
小倉さんの時代は音楽を伴奏に酒を楽しむ場所として続いてきたが、高齢の小倉さんを助けようと小林さんは多角化に動き始めた。「ジャズ・シャンソン・バンド・弾き語り、さらには音楽ライブに限らないトークイベント...いろいろなジャンルの催しを開催してきましたが、これは!と思ったアーティストさんにオファーをかけてきて積み重ねて来られたものです。営業をかけるような気構えで、いい音楽を作っている方々を探してきましたね」と小林さんは振り返る。
50周年を前に19年には自主レーベル「カールモールレコーズ」を設立し、複数のアーティストが歌うレトロな音楽を集めたコンピレーションCDをリリース(20年1月)、2作目は7インチレコードでシャンソンをリリースするに至った(20年12月)。この22年にも新作リリースの計画がある。レトロカルチャー好きな小林さんの眼で「たくさんのアーティストに出ていただいたので、50周年の機会に自社でアルバムも出してしまおう!とこれまでの出演者の中からえりすぐっていい曲を集めました」という。
「本物」に価値を見出して
2年前からの新型コロナの感染拡大の繰り返しはカールモールにも当然影響を及ぼしている。毎週水曜日に17時30分から営業していたバータイムも現在では不定期開催に。そこで活路を見出したのが撮影スタジオとしての用途だ。
「クラシカルな内装や壁紙に惹かれる方が多いですが、撮影用の作り物ではなく50年前から現役で使われてきた本物の空間ということに価値を見出してくださっているのかなと思います」
5~6年ほど前から内装を活かして映画やドラマの撮影に使う機会があったが、近年は撮影利用により力を入れ、商材写真・個人のポートレート・コスプレ撮影など用途は多岐にわたる。「店内のアイテムで例えば、電話ボックスは昔は本物の公衆電話を使っていて電話がかけられました。ただその後モノ置き場になっていたのですが、清掃して再び人が入れるようにしたら『写真映えがすごい!』と興味を持っていただけています」
撮影場所としてサロンを貸し出すだけでなく、戦前・戦後風のレトロ衣装の貸出利用もできる。SNSや口コミ経由でアピールを図ってきて、前述の1月26日のツイートをきっかけに実際に問い合わせも来ているとのことだ。
「コスプレ界隈の人達にもものすごく届いているようです。皆さんが使っていただくのはこれからなので、どんな風に使っていただけるのかも気になりますね(笑)」
約20年前の出会いがきっかけで小林さんの人生も様変わりした。当時は音楽活動と仕事を兼業していたが、サロンの経営にかかわるようになり、今では2代目としてこの場を引き継いでいる。「せっかくマスターが50年続けてきたので、私が頑張って100年続けたいと思います」と店を盛り立てていく意欲は盛んだ。
【J-CASTニュース編集部 大宮 高史】