世界最大級の同人誌即売会「コミックマーケット」(コミケ)が2021年12月30日・31日、2年ぶりに東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された。コロナ禍で開かれたイベントとしては国内最大級の規模とされる。
イベントを運営する団体「コミックマーケット準備会」は、今回の開催にあたって、政府の「ワクチン・検査パッケージ」を導入するなど、感染対策の徹底に尽力した。
こうした取り組みもあって、準備会の発表によれば、陽性が確認された関係者は数人いたものの、「会場外かつ会期外の行動により感染した可能性が高い」。クラスターは発生しなかった。
イベントの準備から無事に終えるまでの運営側の胸中は――。J-CASTニュースは2022年1月27日、準備会の共同代表を務める安田かほるさんと市川孝一さんに取材した。
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)
「人との繋がりが切れてしまうのがコロナだと思い知らされました」
コミケは1975年から続く同人誌即売会。個人が趣味で制作した本「同人誌」などが売買されるイベントで、例年であれば年2回、夏と冬に開催される。
「全員が参加者」という現在のコミケの理念を作ったのは、第2代代表・米澤嘉博さん。2006年からは米澤さんの指名を受け、安田かほるさん、筆谷芳行さん、市川孝一さんの3人が共同代表に就任し、運営が続けられている。
ただコロナ禍の影響で、2019年冬を最後にコミケの無い期間が続いた。2年ぶりの開催をどう振り返るのか。安田さんと市川さんの2人が取材に応じた。
――イベントが開催できなかった2年間、どのような心境でしたか。
安田かほるさん: 「これまでずっとコミケ中心の生活を送ってきました。たくさんのスタッフの仲間たちとどうコミケットを運営したらいいか、ずっとワイワイガヤガヤと取り組み続けてきました。
そうした場面が急になくなってしまったことで、まるで1人で放り出されたみたいに感じた時もありました。それでもなお続けようという気持ちを保ち続けるっていうのは結構つらかったですね」
市川孝一さん: 「イベントができなかった2年間、中止や延期が相次ぎ、『我々が本当にイベントを開催できるのか』という不安が正直付きまといました。
オリンピックの開催に伴い、(東京ビッグサイトの)東展示棟が使用できなくなり、会場を有明地区と青海地区の二ヶ所に分割するなど様々な方法を模索したのが2019年です。2020年になって、新型コロナウイルス感染症が現れ、オリンピックも延期されました。状況が日々変わり続ける中で、どうやったらコミケットを開催できるのかを考え続けてきた2年間でした」
――この冬に開催できなければ、コミックマーケットの存続が危なかったという声も耳にしました。
市川さん: 「2年間はすごく長い期間だったと思います。我々コミックマーケット準備会というのは、ボランティアで集まっている団体ですのでノウハウの継承やモチベーションの維持が大きな課題でした。
ほとんどのスタッフも専業で取り組んでいるわけでないし、運営の技術は外部で磨けるものでもありませんので、2年も経つとノウハウが失われていってしまう。また我々も2年歳を取り、その分体力、気力が低下してしまいます」
――準備会としては、存続のためにどんなことに取り組んできたのでしょうか。
市川さん:「特にボランティア組織は人と人とのコミュニケーションによる結びつきが大事だと思います。エアコミケ(オンラインイベント)を実施してみたり、オンライン会議にも積極的に活用して、何とか技術とモチベーションをキープしようとしました。
しかしこの冬やってみて、やはり繋がりが薄れているなと感じるところはありました。コミケのスタッフは最大で3300人ほどいたのですが、今回の登録は約2500人。そのメンバーと連携が取りづらくなった結果、当日の報連相などがうまく回らなくなる場合もありましたね。人との繋がりが切れてしまうのがコロナだと改めて思い知らされました」
オンリーワンも輝く場所を
――2年間コミケがないことで、表現のすそ野が狭まることを危惧する声も上がりました。こうした状況をどう受け止めていましたか。
市川さん:「危機感がありました。イベントがないと発表の場がなく、締め切りもやってこないということは、サークルさんのモチベーションにも影響するため、同人誌が作りづらい状況が続いていました。印刷所の方々への発注も減るので、エコシステムにも影響が出てしまい、この流れは良くないとずっと思っていました。イベントがない中で、どうやって同人誌を作ってもらえるか考えてきましたし、試みもしてきましたが、なかなかうまくはいきませんでしたね」
安田さん:「コミックマーケットは様々なジャンルを受け入れています。『ないものはない』と言われていたくらい、色んな人の好奇心が本に結び付いていました。
流行のジャンルの作品は他の即売会でも手に入れる機会があると思いますが、オンリーワンの作品は、コミケットが向いているという状況があります。例えば評論、メカ、ミリタリーといったジャンルがそれに当たります。
流行り廃りではなく『これを描きたい』と何十年も一つの題材に取り組み続けているような人々が作品や同人誌を発表する場を、用意しないといけないと常々思っています。
今回のコミックマーケットで久々の知り合いにあいさつに行くと、2年ぶりに同人誌を出したという方が意外に多くて、『コミケをやってくれたから本を出せた』と言ってくださる方もいました。
こうした人々にとって大事な場でありたいと、改めて強く思いましたし、『次も頑張ろう』というモチベーションにも繋がりました」
「すべての表現者を受け入れる」コミケの理念と感染症対策による制限
今回のコミケは感染症対策として、有料チケット制を導入し、来場数を1日当たり5万5千に制限した。これは例年の3分の1から4分の1ほどの規模であり、申込者によるチケットは抽選となった。
このほか3密の回避などの基本的な感染症対策に加え、政府の「ワクチン・検査パッケージ」を導入し、その技術実証にも参加した。参加者全員にワクチンの2回接種もしくは検査結果の陰性のいずれかを提示することを求めた。
――これまでのコミケとの違った点や、それに伴い苦労した点などをお聞かせください。
市川さん:「ワクチン・検査パッケージだけではなくて、一般参加者をチケット制にしたり、総来場者に枠を設けて制限したり、サークルの机の間隔を数10センチずつ空けていくことなど、感染症対策に重点を置きました」
安田さん:「コミケは本来『来たい人は全員来てね』っていうイベントで、それを45年間続けてきました。しかし今、来たい人を絞らなければならない。こちらがやりたくてやっているわけではありませんが、会場に入れる人数制限からも、どうしても抽選せざるを得なかった。これは今までの理念と照らし合わせると、結構外れたことでもある。
ただ我々としては、今回は次に繋げていくことを目的として、まずは実施することが1番大事でした。これが一番大きい変更点だったんじゃないかと私自身は思っています」
市川さん:「僕の言った感染症対策に伴う物理的な変化と、安田さんの言った理念に伴う信条的なものがあるんですよね。この2つに取り組むのが大きな課題で、すごく苦労した点でした。
どちらか片方だけならばもう少しうまくやれたのかもしれない。しかし45年間実施してきたイベントで毎回参加してきた人々が抽選に外れて参加できなくなってしまったという声を耳にすると、心に訴えるものがありました。これはやって良かったことなのかと。
いずれは以前のような誰でも入れる状態にしていきたいです。どうやったらコミケ本来の姿に近づけるのか、どこまで戻せるのか、これからも模索し続けていくんだろうなと思います。」
準備会によれば今回、抽選漏れとなった一般参加者はかなり多かったという。販売側のサークル参加については、申込期間が緊急事態宣言下であったためか、そもそもの申込数が少なく抽選漏れも少なかったとのことだ。
――有料チケット制についてはSNS上で、徹夜組や始発ダッシュがなくなったといった声もあがっておりましたが、準備会では何かそういった手ごたえは感じましたか。
市川さん:「アーリーチケットの導入等によって少しは減ると想定していましたが、ここまで劇的に減るとは目からウロコでした。これを見てしまうとこの先、アーリーチケット制度などを一部残すべきなのかどうなのか、もう少し検討する必要があると思っています。やはり徹夜や始発で来られたりすると体力が奪われますので、感染の一因になってしまうのではないかという心配もあります。
変更事項の何をどこまで残すのかは、考える余地があると思います」
政府のワクチン・検査パッケージを導入した狙い
――政府の「ワクチン・検査パッケージ」を導入した狙いについてお聞かせください。
市川さん:「我々は、コミケ当日にコロナが収まっているのか、緊急事態宣言が発出されている状態なのか、まん延防止等重点措置などが実施されているのか分からない状態で準備を進めてきました。とくに開催準備を進めていた9月ごろは、デルタ株が出現し先が見えない状態でした。
もう中止や延期はしたくないという気持ちがあり、まず実施するためにどうしたらいいか最善の手段を探しているなかで、政府のワクチン・検査パッケージを耳にしました。導入すれば、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置等いずれの状態であっても行動制限の緩和の適用が受けられ、開催ができる可能性がありましたので導入しました。
またコロナ禍では国内最大級のイベント開催となりますので、通常求められる以上の対策・対応を自主的に取ってかなければ、世の中に受け入れられないという点からも実施を決断しました。
この間、ワクチン・検査パッケージの導入や技術実証への参加に関連しての内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室他の政府機関へのアプローチにおいては、藤末健三議員には大変お世話になりました。また開催直前、山田太郎議員には、オミクロン株の流行による開催への影響につき、この年のGWに赤ブーブー通信社さんの同人誌即売会で起きた開催中止を巡る混乱のようなことが起きないよう、政府のコミットを取りつけていただいたりと、こちらも感謝しております」
――感染症対策に伴う開催様式の変化により、サークルの同人誌の頒布数などに変化はあったのでしょうか。
市川さん:「次回の参加申し込み時のアンケートで結果が分かるので、まだ詳細は不明ですが、やっぱり少なかったのではないかと思います。
参加者5万5000人というのは、世の中から見れば大きい数字ですけれども、コミックマーケットから見れば通常の3分の1とか4分の1の数です。参加人数が減っていることを受けて、持ってくる同人誌の数を減らしたサークルもいたのではないかと思います。顔見知りのサークルとお話をすると、買い物の量がいつもより少なかったという話も聞きました」
――今回のコミケを実施するにあたり、参考にしたイベントはありますか。
市川さん:「近い形で実施している即売会は全て参考にさせてもらいました。
また、サッカーや野球、企業イベントなど、先行して開かれた規模の大きいイベントも参考にしました。
有識者の先生に伺った話では、野球場やイベント会場自体は十分な換気を行っているので普通はクラスターが起こらないとのことですが、控室などはリスクが高いとのことでしたので、コミケットでもそういった箇所はきちんとした感染症対策を行うよう意識しました」
――参考にする中で、「コミックマーケット」だからこそ苦労した点や、コミックマーケットとしてこだわった点はありましたか。
市川さん:「コミックマーケットは人数が多いので、一番苦労したのは人流の管理ですね。いくら人数を減らしたと言えども、1日5万5000人が集まる。スタッフの数も多く、コロナ禍で減ったとはいえ2500人もいます。とにかく人が多いので、密を防ぐにはどうしたらいいのか。
スタッフや参加者を感染させないために、まっすぐ帰るよう呼び掛けるなどしました。スタッフの一部から期間外・会場外の外部との交流による感染者が出てはしまい、申し訳なかったのですが、それでもコミケに参加される大半の方々はルールを守ってくださりました。大声を出す人もマスクを外す人もほとんどおらず、きちんと取り組んでくれて本当にありがたく思いました」
準備会は22年1月14日の発表で、スタッフ2人を含む参加者ら計10人がPCR検査で陽性となったことが確認された、と伝えた。ただ、当人らへの聞き取りなどの結果、いずれも会場外・会期後に感染した可能性が高い、としている。それ以外に感染者に関する報告は受けていないという。
――このほか様々な感染症対策を実施する中で苦労した点はありますか。
安田さん:「飲食の問題が難しかったですね。飲み物は飲んでもらわないと倒れてしまう可能性があるので、できる限り気をつけて、さっと飲んですぐにマスクを着用するように呼び掛けたんですけれども、食べ物がやはり難しいんですよね。どうしても一般参加の方々は会場の指定したエリア、2か所ぐらいでしか軽食をとることができません。そこだって満足に休憩がとれるほどの椅子やスペースを用意できているわけではない。
朝もきちんと食べずに来てしまい、お昼も満足に食べられない人はゼロではありません。飲食の制限を厳しくしたくはないのですが、感染症対策が重要視されているなか、会話もご飯も控えてと呼び掛けざるを得ない状況になってしまいました。
参加される方にとって本当に大変な点だったと思います。これは感染症対策で苦労した点というよりは、心苦しい点でもありました」
――コロナ禍以前は、「牛串」などのケータリングサービスでにぎわい、即売会グルメを楽しまれる方も多かったですよね。
安田さん:「実は毎回ケータリングには力を入れていました。コラボメニューを開発してもらったり、冬の最終日には年越しそばを出してもらったり、いろいろ工夫しているんです。それをみんなで楽しく食べるというのもイベントの1つでした。コミケのケータリングを題材にした同人誌を作られる方もいらっしゃって。
しかしコロナ禍ではできない状態です。いずれ再開できる状況になったら、やりたいなとは思っています」
C100への意気込み
――イベントを終えた、今のお二人の気持ちをお聞かせください。
市川さん:「今はもう次に向かってどうするか、夏に向かって頑張らなきゃという気持ちに切り替わっています。C99をやれてよかったし、一つの壁を乗り越えた。2年間のモヤモヤや苦労がいったん晴れた。このハレた気持ちのまま、より良い次の夏を目指していきます」
安田さん:「イベント後1月10日過ぎぐらいまで、発症される方がいらっしゃったらと気が休まらないでいました。このドキドキしていた2週間が過ぎて、少しほっとしています。
まだ夏をどうするのかというのは決まっていませんが、1回やれたという事実は次につながっていくと思っています」
――2年ぶりの開催で印象的だった出来事はありましたか。
市川さん:「2年ぶりに久々に会う人がかなりいて、そういった方々から『嬉しいね』といった声が寄せられ、非常にありがたいし勇気をもらえました。実施できたこと、会場で出会えた出会えた笑顔が大きなパワーとなり、『ハレの日』になったと感じました。なので、この笑顔を見られるイベントを続けていくために、頑張っていきたいですね」
安田さん:「最終日に、撤収などを手伝い残ってくださった方が200人近くいらっしゃいました。中にはチケットに当選しなかったから、片付けだけ来ましたという方もいらっしゃいました。わざわざ12月31日の夕ぐれの撤収のためだけに。
そういった方の話を聞いて、なんか泣けてきましたね。改めて本当に『やってよかった』と非常に強く感じられました。またこの気持ちを忘れずに続けていきたいです」
市川さん:「ちゃんと感染症対策をしたから来場したという人もたくさんいて、良かったなと思う反面、『参加のハードル上がったよね』という声もいただいています。
当然両方の意見が出るとは思いますが、クラスターなどが発生してしまった場合、全てが台無しになってしまうわけで。皆さんの声を聴いていると、やることをやってやれてよかったなという気持ちはあります」
――次回第100回(C100)への意気込みや、今後の展望をお聞かせください。
市川さん:「C100も感染症対策にしっかり取り組みながら、この状況下でどれだけ多くの一般参加の方を迎え入れることができるかということを課題にしていきたいなと思っています。様々な試行錯誤を再びしながら、みんなから『C100 やれてよかった』、『ついに3桁を達成できたね』って言ってもらえるよう頑張ります」
安田さん:「C100は記念すべき回なので、本当はC95を超えたあたりから何か楽しいことをやりたいと話し合ってきました。そしたらこの2年間足踏み状態となってしまった。そして次回、おそらくまだ元には戻せない。
本当は来たい人全員が来て、みんなでC100を祝いたかったのですが、これは現在難しいと思っています。手放しでは喜べないところはありますが、そんな中でもできることを少しずつ広げていき、より良い開催を目指しています。
やっぱりコミケは、ハードル高いイベントになっちゃいけないと思っているんですよ。来たい人が誰でもふらっと訪れられることが理想ですから。みんなが来れるようなイベントを作り上げていけるよう、しっかり考えていかなきゃと思っています。
次回の100に関しては、できる限り元に戻していくためのその2歩目という形になると思います。次回もこの先も、一生懸命に取り組んで、参加者の皆さんが楽しんでいってもらえるイベントにしていきたいです」
準備会は1月31日、次回「コミックマーケット100(C100)」を8月13日と14日に開催とすると公式サイトで発表した。従来は3日間開催だが、炎天下でマスクを付けねばならない参加者の体力の問題や、コロナ禍によるスタッフ不足などを考慮し、今回は2日間の開催を予定している。
次回も引き続き有料チケット制を導入するものの、来場数は1日当たり8万~9万人に増やす。感染症対策としては、「ワクチン・検査パッケージ」、もしくはそれに準じる施策を講じるとしている。それに伴う検温などの感染症対策の実施スペースを用意するために、企業ブースの数は前回から半減するとのことだ。
準備会は発表で、次のように呼び掛けている。
「今できる形でのコミケットを全ての参加者の皆さんと作るため、C99に続きC100もお願いすることの多い開催となります。依然として制約が多く不自由ではありますが、より多くの参加者に来場していただき、同人誌を中心とした多様な表現に出会うことのできるリアルな『場』を生み出し、未来につなげていくための第二歩としていきたいと考えています。参加者の皆さんには、引き続き少なからずご負担をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いします」
『コミックマーケット100とサークル申込について』を公開しました。詳しくはWebサイト参照下さい。
— コミックマーケット準備会 (@comiketofficial) January 31, 2022
2022年8月13日~14日
東京ビッグサイト全館
サークル数:約22000
開催時間:10:30~16:00
参加者数:約16~18万人
(予定)
サークル申込は2月22日開始です。
https://t.co/6kHRJw4qt6 #C100