「女性専用駐車スペース」――。日本の駐車場には、運転が苦手な女性への配慮として専用の駐車スペースを設けているところがある。しかし、ネット上では、こうしたスペースの存在を「性差別的」だと指摘する声も聞かれる。
ジェンダー論の専門家は、ネット上の指摘をどう見ているのだろうか。東京大学大学院総合文化研究科の瀬地山角(せちやま・かく)教授に話を聞いた。
「安心して駐車ができる」と好反響も
「わたしに安心、女性専用――駐車場・ネットカフェ・百貨店...、増える男子禁制」
日本経済新聞社の流通専門紙「日経MJ」は今から20年前、2002年8月6日の紙面でこんな見出しの特集記事を掲載した。女性が安心して利用できる女性専用サービスが増える中、東海地方の立体駐車場に女性専用フロアを新設した企業を紹介していた。
日本経済新聞の過去の報道によると、女性専用駐車スペースは1980年代から百貨店の駐車場などに設置例があった。駐車場情報検索サイト「iPosNet」で調べると、今も東京都や愛知県、長野県などの広い範囲で、立体駐車場内に女性専用スペースが設置されていることを確認できる。
女性専用スペースがある首都圏のA駐車場の担当者は21年12月、J-CASTニュースの取材に「運転に不慣れな女性が停めやすいように」と設置意図を話す。80年代に作られたこの立体駐車場では、他の駐車エリアよりも幅広な女性専用スペースを35台分設置している。
「運転が苦手な女性に対する配慮として、継続して運用しています」
同じく女性専用スペースがある、西日本のB駐車場を運営する企業の担当者も同月、取材に設置意図をそう説明する。13年に買収先から駐車場の運営を引き継いだ同社。5階建て立体駐車場の2階部分に、15台分の女性専用スペースを設けている。スペースはピンクに色付け、女性専用と明記した。利用者からは「安心して駐車ができる」などの声が聞かれているという。
女性差別?男性差別? 両方から指摘あがる
現場では好意的な声もあるという女性専用駐車スペース。しかし、ネット上の反応は対照的だ。21年11月、女性専用駐車スペースが設けられていた駐車場の写真がツイッターで投稿されると、厳しい指摘が相次いだのだ。
例えば、女性だけに専用の駐車スペースが設けられることで、女性は運転が下手だとの偏見を与えているというものや、男性にとって不公平なのではないか、というものなどだ。中には「女性を変に差別しているように見える」「男性差別だからやめてほしい」と、「差別」という言葉を用いて指摘する人もいた。
こうした「性差別的」との指摘に対する受け止めを21年12月、B駐車場の運営会社に聞いたところ「買収した経緯があるため、女性専用駐車スペースに対する認識等についてお答えできません」とのことだった。
ジェンダー論の専門家は、指摘をどう見ているのだろうか。J-CASTニュースは22年1月14日、東京大学大学院でジェンダー論を研究する瀬地山氏に話を聞いた。瀬地山氏は『お笑いジェンダー論』(2001年、勁草書房)、『炎上CMでよみとくジェンダー論』(2020年、光文社新書)などジェンダー関連の著書で知られる。
瀬地山氏は民間事業者が女性専用駐車スペースを設置することについて、以下のような見解を示す。
「顧客サービスの一環で、運転の苦手な女性への配慮としてスペースを設けることに問題はないと考えます。専用スペースを利用できない人が被る不利益が大きくないためです。ただ、憲法秩序との整合性を求められる自治体が(自治体の持つ駐車場で)同じことをやれば、憲法14条(法の下の平等)の観点で問題となる可能性はゼロではないかもしれません」
「性差別」指摘に対する専門家の見解は...
女性だけに専用スペースを設けることで「女性は運転が苦手」という印象を与えている、との指摘については「一民間事業者がこうしたサービスを実施しただけで、そこまでの議論に発展させる必要はないかと思います。シンプルに『運転が苦手な女性や妊婦さんにも安心してきてほしい』というメッセージだ、と考えれば充分なのではないでしょうか」と話す。
スペースの設置は男性にとって不公平なのではないか、との指摘にはこう見解を示す。
「女性専用駐車スペースが設置されることで、男性側が損なわれる利益はほとんどありません。例えば、駐車場が常にほぼ満杯で、車が停められないという状況なら別ですが、そうした事例はおそらく多くはない。もちろん、男性にも運転が苦手な人はいるかと思います。それでも、女性専用駐車スペースがあることで致命的な被害を受ける人はいないのではないでしょうか」
一方、SNS上で「男性差別だ」と指摘していたユーザーたちの投稿には、女性が優先されることに対する不快感が込められていたのではないか、と瀬地山氏。「おそらく『女性専用』という言葉だけに反応していて、差別の意味を『不快だ!』というレベルでしか、理解できていないのではないでしょうか」と話す。
民間企業が行う女性向けのサービスとしては他に、映画館の鑑賞料金が安くなる「レディースデー」がある。瀬地山氏は、女性専用駐車スペースとの共通点として「男性側が被る不利益の少なさ」をあげる。「映画料金が毎週水曜日だけ500円分、女性の方が安かったとします。仮に男女が一年間、毎週水曜に映画を見たとしても、最終的な差は2万数千円程度にしかなりません。毎週映画に行く男性や毎週水曜にしか映画に行かない女性がそんなにたくさんいるとは到底思えません」
一方、日本の性別による「差別」は、もっと深刻なものだ、と語気を強める。「18年の東京医科大の一般入試で、女子受験者の得点が一律で減点されたという問題がありました。『女の子だから』という理由で上京できない、そもそも大学進学が許されないといった風潮も根強くあります。こうした構造的な差別が、男女間の深刻な学歴格差や賃金格差を生んでいます。そうした問題と、最大でも年間2万数千円しか映画料金に差が出ないという話や、男性が停められない駐車スペースがあるという話を、同じ『差別』という言葉で括るべきではありません。男性が自分の履いている下駄の高さに気がついていないとしか言いようがありません」