20歳の時に右腕と両足を失い、外出時は義足で歩く山田千紘さん(30)にとって、積雪は「天敵」だ。慎重を期さないと転倒するリスクが高い。
関東を中心に大雪となった2022年1月6日、東京では積雪10センチを観測し、帰宅ラッシュを襲った。この日、仕事で出社していた山田さん。雪が積もる中、どのようにして帰途についたのか。義足で雪道を歩くことには、どんな難しさがあるのか。山田さんが語った。
【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)
帰り道、3人の上司が付き添いに
東京で6日に降った雪は怖かったです。会社全体としては帰宅するようにと連絡が出ていましたが、僕が所属している経理部門は四半期決算の時期。忙しさがピークで、締日の都合があるので容易に仕事をずらせず、この日は出社してしばらく仕事していました。帰ろうとした時、雪は止んでいたけど、道は凍結し始めていました。会社に宿泊してもいいかなと思っていました。
だけど、都内の自宅に何とか帰ることができました。その時会社に残っていた3人の上司が、帰り道に付き添ってくれたんです。皆さんのほうから「一緒に行く」と言ってくれました。2人は丁度帰るタイミングで、もう1人は「山田帰るか? 俺は会社に泊まるけどコンビニで買い物するから、駅までついていくよ」と言って来てくれました。
駅までの道は、僕の左前を1人が歩き、肩につかまらせてもらいました。もう1人は僕の正面で道の凍結状態を確認したり、雪を分けてくれたりしながら歩いてくれました。最後の1人は、僕が倒れそうになっても支えると、後ろを歩いてくれました。
会社の出入り口から駅まで普段は3分、距離は100メートルくらい。それを10分くらいかけて慎重に歩きました。付き添ってもらいながら、テクテクと超小股で。転んだらさらに時間がかかるし、迷惑をかけるので、とにかくゆっくり歩こうと思いました。
転びそうになった瞬間が2回
途中で転びそうになった瞬間が2回ありました。肩を貸してもらい、支えてもらったので、踏みとどまることができました。ふう、と呼吸を整えました。
駅に着くと、会社に泊まると言っていた上司は戻っていきました。もう2人は一緒に電車に乗り、そのうち1人はさらに、わざわざ僕の家の最寄り駅で降りて、家まで送っていただきました。
はじめは「1人で帰れますよ」と断りました。でも「さっき2回も転びそうになったのに?」「そんな状態で家までの間に何かあったらどうする?」と言われ、結局付き添ってもらいました。振り返ると、道中歩けるところはあったけど、日陰だった場所などは凍結していたので、やっぱり1人では危険でした。
僕を送ってくれた後、何事もなかったように颯爽と帰っていったので「カッコいいなあ」と思いました。仕事を終えて疲れているのに、3人もの人がわざわざ自分に時間を割いてくれたのは本当にありがたく、すごく助けていただきました。外は寒かったけど、上司の心は温かかったです。
雪で転んで15分身動きが取れなかったことも
仕事の時はスーツで、義足には革靴を履くので、雪道では結構滑るんですよ。より危険だったなと思います。雪の時は足がある人より慎重に歩かざるを得ません。スケートリンクの上を竹馬で歩くような感覚です。
約9年前にも、雪が降った日がありました。手足を3本失い、入院とリハビリを終えた後、埼玉の職業訓練校で勉強していた時期でした。外は本当に歩きづらくて、それでも足がある人は、滑りそうになったら反射的に踏ん張れると思いますが、僕はその踏ん張りが効きません。
案の定、転びました。あまり人通りも多くない道で、転んだまま15分くらい身動きが取れなくなりました。
義足で転ぶと、自力で立ち上がるのが難しいです。僕の場合、掴める手すりなどがあれば、左手で思いっきり力を使って体を持ち上げ、立つことはできます。でも、何もない場所だとかなり難しいです。その時も近くに掴まれるような物はなく、まして雪の上。雪山に遭難したような感覚でした。当時は寮生活を送っていたので、寮に電話して助けを呼び、どうにか起き上げてもらいました。
自分1人の力では絶対に帰れなかった
車いすユーザーにとっても雪は天敵のようです。健常者でも転びそうになるくらいなので、義足や車いすだと余計にリスクは上がります。
今回の雪でツイッターを見ていたら、ある車いすユーザーが「雪の日だと、みんなは気を付ければ出かけられるかもしれないけど、車いすだと1日を家で過ごすことが確定してしまう」という趣旨の内容を書いていて共感しました。外に出られなくなるから1日の生活がまるで変わってしまう。
朝から雪が降っていたら、僕も家を出なかったと思います。予報は出ていたけど、出社してから想像以上に雪が降ったので焦りました。
雪が積もると誰にとっても大変ですが、僕みたいな体の場合は「天敵」です。送ってくれた上司が翌朝「山田を駅まで送って改めて思ったけど、義足にとって雪は怖いな」と言っていました。
今回、自分1人の力では絶対に帰れませんでした。こういう事態に直面すると余計に感じます。1人では越えられない壁も、誰かと一緒だと乗り越えられる。そうやって今までも生きてくることができました。助けてもらったので、今度は僕が仕事などでいっそう頑張って、お返ししたいと思いました。「持ちつ持たれつ」です。
雪のために特別な対策をしたことはなくて、今回も「そんな大事にはならないだろう」と思ってしまっていました。もし対策するなら、靴底に滑り止め用スパイクをつけるとか、そもそも滑りづらい靴を用意しておくとか、考えた方がいいかもしれないですね。
(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)