動物写真家・岩合光昭さんの撮り下ろし写真を収録した、2022年のカレンダーが発売された。テーマは干支にあわせてトラ。売り上げは、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の地球環境保全活動に用いられる。
「岩合カレンダー」と称されるWWFと岩合さんのコラボカレンダーは、1986年から続く人気作。しかし、制作を担ってきたオリンパス(東京都新宿区)がカメラ事業を譲渡したことによって、存続の危機に直面した。「WWFの応援を続けたい」――そんな岩合さんの活動を、今年はキヤノンマーケティングジャパン(東京都港区)が支えた。
J-CASTニュース編集部は、岩合さんとキヤノンマーケティングジャパン(以下キヤノンMJ)の担当者に自然への想いやカレンダー制作の背景を取材した。
(聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 瀧川響子)「変化は70年代から起きていた」カメラマンが気づいた地球環境の変化
――そもそも岩合さんが、WWFジャパンのカレンダーに携わるようになった経緯についてお聞かせください。
岩合光昭さん(以下同)「きっかけは、トリやアザラシ、ウミガメを撮影するために北西ハワイ諸島に取材しに行ったことです。『ハワイ諸島国立野生動物保護区』に指定されており、調査目的でしか入ることができない場所だったので、漁類野生生物局の許可を取るために自然保護団体などの協力が必要でした。
そこでWWFとカレンダーを作ることになりました。そのカレンダーが評判になったので、野生生物のカレンダーを作り続けていくことになりました」
――WWFのカレンダー制作に携わるようになって、動物や自然に対する心境の変化はございましたか。
「心境の変化はないと言っていいと思います。70年代から海外で取材をするようになって、地球環境を意識するようなりました。このころから、海の透明度はどんどん鈍くなったように感じています。気づいたきっかけは、ハワイのマウイ島沖でクジラの親子を撮影しているときのことでした。
クジラたちはサメなどがこない浅瀬で子育てをしますが、温かい浅瀬のある海は人の社会活動の影響を大きく受けます。
ハワイは、人を呼ぶために沼沢地をホテルなどのビル群で埋め尽くしてしまいました。マウイ島は火山島なので雨が降ると森を通して海に水が流れてくるのですが、降った雨がそのまま泥水として海に流れてしまうようになりました。すると海の透明度は鈍くなっていきます」
――環境の変化は撮影にも影響するのですか。
「海が透明でないので、クジラに近づかなければ撮影できません。しかし保護のために近づいて良い距離が定められているので、難しくなりました。
今、多くの人々も地球環境の危機的な状況に気が付いて、SDGsなどサステブルな取り組みを進めはじめています。しかし変化は70年代からは起きていた。地球温暖化もその時から言われていましたが、政治的にも経済的にも聞く耳を持たれない状態でした。70年代からもっと取り組んでいればよかったのではないかと言う見方もあります」
――自然を第一線で見続けてきた岩合さんだからこそ、いち早く環境の変化に気づけたのですね。
「そうかもしれません。地球環境の中で息づいている生き物たちを撮影することによって、見てくれる方が『こんな美しい動物たちがいる』と感じていただければ、それが保護に繋がるのではないかと思います」
キヤノンが「岩合カレンダー」存続の危機を救った
こうして岩合さんは1986年から、WWFとのコラボカレンダーを通じて「美しい動物」の姿を伝えてきた。
しかし2021年、カレンダーの製作を担っていたオリンパスがデジタルカメラをはじめとする映像事業を譲渡したことにより、同社によるカレンダーの制作も打ち切られることになった。岩合さんは、当時をこう振り返る。
「カレンダーの制作を通してWWFに寄付を続けてきました。これが途絶えてしまうというのは悲しくて寂しかったです。しかしカレンダーのデザイナーの方が制作してくださる会社を探してくださって、キヤノンさんに出会いました」
年末が差し迫る中、キヤノンMJがWWFカレンダーの企画・制作に協賛することが決定した。そして11月15日、2022年の「岩合カレンダー」が発売された。WWFのオンラインストア「PANDA SHOP」で販売されている。
岩合さんは発売当日、ツイッターで感動を露わにした。
「今年、オリンパスがカメラ事業を譲渡したことで、WWFカレンダーが制作できない状況になります。WWFを応援したい気持ちを、キヤノンが支えてくれました。......カメラを、写真を、地球を愛するすべてのヒトに、感謝します」
――このツイートを行ったときの心境をお聞かせいただけますか。
「これまではオリンパスのおかげでカレンダーの制作を続けられたのですが、ご都合もあったでしょうに同業のキヤノンさんが引き継いでくれたというのはすごいことだと感じます。
カメラ業界が全体的に厳しくなっている状況で、キヤノンの方から『写真を撮る文化を守りたい』というお話を伺いました。キヤノンさんの写真への想い、僕の自然に対する思い、その気持ちによってこの活動が繋がったことは奇跡のような出来事です。そのことを振り返った時、感謝の言葉しか出てきませんでした」
岩合さんのツイートは12月20日までの間に、5000リツイート、2万を超える「いいね」を集めるなど大きな反響があった。ファンからは「キヤノンありがとう」などと感謝の声も寄せられている。
キヤノン「制作に携わることができたことを誇りに思います」
キヤノンMJは、事業を通じた社会課題の解決を目指し、様々な環境保全活動に取り組んでいるという。WWFカレンダーの企画・制作に協賛した理由もその一環だと述べる。
「趣味性の強い写真やカメラにおいても、『事業を通じた社会課題の解決』につながる取り組みは出来ないかと模索していました。
かねてからWWFと岩合さんによるカレンダー制作の想いに強く共感していたこともあって、ご協力をさせていただくに至りました」(キヤノンMJ)
カレンダー制作のスケジュールは厳しく、多岐にわたる部門がかかわったが、社内での反対意見は一切なかったという。キヤノンMJはカレンダーの制作をこう振り返える。
「今回、写真のセレクトに非常に悩みました。岩合さんの写真には虎の荒々しさ、かっこよさ、愛らしさなど様々なバリエーションがあり制作の中で非常に時間がかかってしまいましたが、多くの方が楽しめる内容になったのではないかと思っております。また、岩合さんのツイートにより、多くのお客様がWWFカレンダーを心待ちにしていたということが改めて分かり、制作に携わることができたことを誇りに思います」(キヤノンMJ)
こだわりは、岩合さんの写真が放つ迫力や繊細なトラの毛並み、森の中の光の微妙な陰影まで伝わるような紙質やプリントだという。こうして完成したカレンダーは社内でも好評で、カレンダーを購入した社員や、これをきっかけに岩合さんのファンになった社員もいたそうだ。
動物写真家・岩合光昭がトラに魅かれるわけ
こうして岩合さんによるベンガルトラの写真カレンダーが完成した。
「キヤノンのおかげで、カレンダーを制作できると聞いたとき本当に嬉しかったですね。作品は写真家だけではできません。スポンサーやデザイナー、印刷工場の協力があってできます。それがすべて今回は『カレンダーを作る』と言う目的のために、短時間で尽力してくれたと思います。本当に感謝しています。
特にトラのカレンダーを作れるというのが個人的にはすごく嬉しかったです。それだけトラに思い入れがあったので」
――岩合さんはトラに思い入れがあるとのことですが、トラのどんなところに魅了されたのですか。
「一言でいえば『美しい』ですよね。息をのむほど美しい。影の多い森の中にときどき光がさすことがあります。そこにトラが現れ、光が当たった時、毛並みが金色に輝く。 今回のカレンダー写真には含まれていないのですが、1971年に最初にトラを撮影しました。それ以来、トラに魅せられ何回も撮影したくなります。」
――「森の王者」と言われるような風格を感じるのでしょうか。
「ありますね。それは彼らトラ自身が一番よく知っているのではないでしょうか。
トラの柄は自然に紛れるので、すぐそばにいてもなかなかみつからない。それがトラが近づくと、猿や鹿や鳥が『トラだ!』と騒ぐんですよそんな時、ヒトが気付くよりずっと早くサルやシカやトリが『トラだ!』と騒ぐのです。『キャッキャッキャッキャ』とか『ヒィヒィヒィヒィ』とか、森に響き渡る警戒音を鳴らして。
こうした鳴き声が、トラの動きに合わせて近づいてきます。トラが来ている...... こちら は息をひそめます。
そして森の緊張が極度に達すると、トラが現れる。観光客も含め僕たちも興奮する瞬間です。本当に美しいなと感じます」
――トラの外見だけでなく、トラが持つオーラなどにも魅了されたのですね。
「そうですね。しかも僕、寅年生まれなので(笑)
事務所の場所も『虎ノ門』なんですよ。それが理由で3,4年前ここに事務所を構えました。 この前にいた場所も鷹匠町っていう動物の名前につくところにいました。動物の名前がつくところは良いところだと思っています」
――事務所の住所も動物ゆかりとのことですが、岩合さんはなぜ動物を撮り続けているのでしょうか。
「やっぱり『いのち』ですね。動物ですから、動くことが生きること。動くことの美しさが撮りたいテーマの一つです。
猫を撮っていても感じます。
ヒトはなぜネコを好きになるのかを考えた時、ネコが野生を持っているからだと思う のです。自然を体の中に体現していることだと思うのです。例えば自分の体の何倍も高いところに飛び跳ねるようなときにすごいと思うじゃないですか。実はその体の動きって、僕たちも本来持っているものだと思います。どこかに忘れてきてしまった。だからこそ、ネコの動きを見てはっとさせられることがあるのではないかと。これだけ人を魅了しているのは、ただ可愛い存在という理由だけではないと思います」
カレンダーの見どころは?
――トラの撮影で苦労したエピソードをお聞かせいただけますか。
「相手は森の中にいるのでなかなか出会えません。インドでトラがいつ出てくるのかなとドキドキして待っていた時、『ガサガサ』って音がしました。近くにいると聞いていたので、『来た!』と思って、現れる前からシャッターを切っていたら同行したレンジャーが出て、がっかり。結局、その日は会えませんでした。
昨今は世界中の観光客がトラを見にインドに来るようになりました。ホテルも車も数が限られているので、確保するのが大変です。経済状態が良くなると現地の方々もトラを見に来るようになり、自然保護区のルールも厳しくなりました。撮影に影響しています。」
――人の社会の変化が撮影に影響しているのですね。
「そうですね。でも良い面もありました。たくさん人が来るようになって密猟が少なくなりました。人の目があるから密猟者が入らなくなった。それによってトラの数が少し回復してきたのではないかと思います」
――今回のトラのカレンダー写真の中で印象深い1枚はどれでしょうか。
「今回のカレンダーの1-2月の写真です。大きなオスのトラです。
トラのオスの動きは面白い。オスは繁殖期になるとメスを求めて森を移動するので、遭遇しやすくなります。このトラが見つかった時、道の上にいて、他のトラの匂いを気にしているようでした。
幹の匂いを嗅いで、振り返ってこっちを見た瞬間、にたぁと笑ったように顔をゆがませました。フレーメン反応と言う動物的な反応です。フェロモンの匂いに反応しているのですが、人間でいうと『良い子がいるなぁ』といった顔でしょうか。わらっているように見えて印象深かったですね」
キヤノンMJでも「笑っている」と好評の1枚だったそうだ。
――最後にカレンダーの魅力をお伝えいただけますか。
「トラの魅力、トラってすごい動物だと、今回のカレンダーで伝えられたらと思います。。これを見て『トラを見に行きたいな』って思っていただけたら嬉しいです。きっかけはいろんなところにあると思うのですが、このカレンダーが『自然を守ろう』『トラを守ろう』『動物を守ろう』といった関心につながってくれるといいなと思います」
今年、オリンパスがカメラ事業を譲渡したことで、WWFカレンダーが制作できない状況になります。WWFを応援したい気持ちを、キャノンが支えてくれました。……カメラを、写真を、地球を愛するすべてのヒトに、感謝します。 pic.twitter.com/HATU1GyGrp
— 岩合光昭 (@lion007) November 15, 2021