「じょしらく」のインパクト
香月さんが転機になったと考えるのが2015年の活動で、同名マンガの舞台化作品「じょしらく」(2015年6月)、戯曲「すべての犬は天国へ行く」(15年10月)である。前者は乃木坂のメンバーが5人の登場人物を3パターンの配役で演じる公演で、後者は「殺し合いの果てに、男が一人残らず死に絶えた西部の古びた居酒屋」を舞台に展開されるシリアスな群像劇だ。こちらには生駒里奈さん・伊藤万理華さん・井上小百合さん・斉藤優里さん・桜井玲香さん・新内眞衣さん・松村沙友理さん・若月佑美さんが出演した。
「『じょしらく』は落語家たちが登場人物ですが、劇中で彼女たちの自己認識が"落語家"と"アイドル"との間でゆらぎ、また後半では劇中劇的に話の設定が反転する、複層的な構造をもつ舞台でした。マンガのキャラクターを舞台で演じるにとどまらない難しさがあったと思います。
『すべての犬は天国へ行く』はナイロン100℃が初演した戯曲ですが、共演するグループ外の俳優たちとメンバーとの間に主演/助演のような差異もなく、スターシステムではない群像劇でした。外の空気にさらされながら共演者と渡り合うスキルを求められた、当時のメンバーにとってはハードルの高いものだったのではないでしょうか」
経験を積んだメンバーはグループ外の俳優と共演し、主要役を演じる機会も増えていく。2016年は桜井さんと若月さんの役替わり主演による「嫌われ松子の一生」、1・2期生8人がメインキャストの「墓場、女子高生」が上演、この舞台に出演したメンバーでは樋口日奈さん・新内眞衣さん・鈴木絢音さんが現役メンバーである。「嫌われ松子の一生」は映画化・ドラマ化もされたが、男に翻弄されながら底辺をはいずり回る女のストーリーを演じる作品になった。
また2014年には生田絵梨花さんがミュージカル「虹のプレリュード」で舞台初主演の機会を得る。これは手塚治虫さんの同名マンガの舞台化作品で、主人公が男装のピアニストという生田さんのバックグラウンドを意識したかのような役柄だった。その後「ロミオとジュリエット」(フランス版を潤色)「レ・ミゼラブル」(東宝版)など大劇場の興行にも出演し、2021年現在ミュージカル界の若手スターとなっている。「レ・ミゼラブル」では既にコゼット(2017-19)、エポニーヌ(2021)と主要キャストに名を連ねている。
ミュージカル、ストレートプレイ、2.5次元と、複数の演劇ジャンルでメンバーが経験を積む道筋が整えられていった。当時舞台出演が多かった桜井さん・井上さん・若月さん・能條愛未さんらは卒業後も主要役・脇役どちらでも舞台を固める機会が多い。
「アイドルとは、演技やモデル・バラエティ・音楽など、いくつものジャンルを越境しながら活動していく特性を持っているため、その中でいろいろな途を模索していくことができます。乃木坂46ではその中に演劇という道がこの2010年代中盤から見えてきたと思います」