貴重なレコードが残されている
「シャルマンの魅力は60年代からそのまま変わらない佇まいと、7000枚に及ぶレコードコレクション、そしてスナック(ジャズバー)にもかかわらず大爆音でジャズを流していることでしょうか。いまの東京であれほど音の大きいジャズ喫茶はもう2、3軒しかありません」
楠瀬さんがこう述べるように、シャルマンでは大音量でジャズが流れていた。
石岡オーナーは新たにお気に入りのレコードを取り出すと、手際よく表面を磨き、再生テーブルに載せた。針を落とすと、再び店内に爆音が響き渡った。
「大きな音がちゃんとした音。スピーカーがちゃんと動くワット数があるんですよ。一定の音量まで上げないと38センチのウーハー(編集部注:低音を奏でるスピーカー)が動かない。ちゃんと動くと、ベースの音が生き生きと出てくる」
シャルマンにはCDプレイヤーなど最新の再生機材は置かれていない。真空管アンプとJBLのビンテージスピーカーが現役で活躍している。石岡オーナーは「これが60年代のアメリカの家庭の音です」と得意げに語った。
こうした音楽環境を求めて、シャルマンには多くのジャズファンが集う。新型コロナウイルス感染症拡大以前は、多くの訪日外国人も訪れていた。
取材日には2人の常連客が訪れた。そのうちの1人、坂下さんは74年からシャルマンに通う古参の常連だ。家で聴くよりも良い音を楽しめるのだと、自宅から持ってきたレコードを常連用の棚に並べていた。坂下さんによれば、店にあるレコードも非常に貴重なものであるという。
「モダンジャズが一番盛んだった時代に初代オーナーが集めていたレコードは大変貴重です。開店時は戦後10年ほどで、まだ庶民にはレコードが手に入らない時代、ジャズレコードはアメリカなどから手に入れる必要があり、米軍関係者などからのバイヤーを介さないと手に入りません。
70年代には多くのジャズ喫茶が現れましたが、その時代には入手が困難な発売当時のレコードは中古で探す必要があり、オリジナル盤と言われる貴重なレコードをワンオーナーで所持し、昔ながらの再生装置で聴けるジャズ喫茶はなかなかないですね」
店には、初代オーナー・毛利さんが集めた約7000枚のジャズレコードが残されている。石岡オーナーのロックやブルースのレコードを含めると、約8000枚のレコードがある。
しかしシャルマンは現在、閉店の危機を迎えており、貴重なレコードの行き先も決まっていない。