新しい劇場に「不評」目立つ理由 観客が求める「非日常空間」作りへの課題とは?舞台監督に聞く

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   鳴り物入りでオープンしたはずが、観客には不評。そのような劇場が東京にも少なからずあるようだ。

   演劇ファンがインターネット上で「好きな劇場」「行きたくない劇場」のアンケートを取ったところ、新しい劇場が少なからず上位に入ったのである。昨今の劇場の建設・開発手法が関係しているのではないか――そんな疑問をベースに観客が劇場に求めるものを探った。

  • 劇場に見落とされていたことは?
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都内有数の劇場なのに低評価

   アンケートを行ったのはツイッターユーザーの「ひなこな」さん。高校の課題の一環として、論文のためにデータを集めるべく呼びかけた。ツイッターで9月下旬から10月上旬にかけて回答を募集し、10月6日に最終結果を発表。自由記述の形で「好きな劇場」「行きたくない劇場」の質問を設けており、それぞれ1011票、870票が集まった。

   「好きな劇場」の上位は1位から日生劇場(189票)、帝国劇場(147票)、宝塚大劇場(137票)がベスト3となり、4位タイは博多座と天王洲銀河劇場(74票)、6位に東京宝塚劇場(73票)が続いた。

   一方「行きたくない劇場」で1位を獲得してしまったのは東京・池袋の東京建物ブリリアホール(443票)。2位に品川プリンス ステラボール(126票)、3位に東急シアターオーブ(91票)、4位がIHIステージアラウンド東京(53票)、5位に日本青年館ホール(49票)となった。

東京建物ブリリアホール
東京建物ブリリアホール

   ステラボールは演劇専門のホールではなく、またIHIステージアラウンド東京は座席が回転する円形劇場という特殊な事情があるものの、東京建物ブリリアホールと東急シアターオーブは再開発計画の中で目玉として建設され、現在も話題作が上演されている劇場だ。

   東京建物ブリリアホールは旧豊島区役所・豊島公会堂跡地に建設の複合施設「ハレザ池袋」に併設の多目的劇場で2019年開場、収容人員約1300人。東急シアターオーブは渋谷駅周辺の再開発で2013年にオープンした複合施設「渋谷ヒカリエ」の11階から16階につくられた収容人員2000人弱の劇場で、いずれも都内有数の劇場。収容人員だけなら帝国劇場・日生劇場にも劣らず、話題作も上演されている。

   しかしそれら新しい劇場でありながら、「見切れ席がある」「導線が悪い」「舞台が見えにくい」といったネガティブな評価がアンケートでも見られた。

   ことに東京建物ブリリアホールについては、開場初期から見切れ席の存在、客席からの視界の悪さ、雑音が響くなどのマイナス面が観客から指摘され、グーグル検索でも「東京建物ブリリアホール」のサジェストに「ひどい」「最悪」と出てくる。

   なお、ひなこなさんはツイッターで、「この結果はどの劇場がいい劇場で、どの劇場が悪い劇場なのかの参考程度にはなるかもしれませんが、完璧な指標にはなり得ません。この結果はあくまでアンケートの回答受付期間中に、私のアンケートに出会って、お答えしてくださった方々が劇場に関してどう感じているかをまとめたものです」と注釈をつけていた。

帝国劇場は1966年に現劇場が完成、日生劇場は1963年に完成した
帝国劇場は1966年に現劇場が完成、日生劇場は1963年に完成した

   ひなこなさんはアンケート結果について、取材に対し印象をこう話す。

「(東京建物ブリリアホールについて)6月に舞台を観に行って、音が聞き取りづらい感じがして、また動線の悪さが印象的でエスカレーターが1箇所しかなくて帰りは混雑しました。『行きたくない劇場』の上位は『ただ舞台と設備と椅子がある空間』という感じで、簡素な感じがします。
『行きたい』順位上位の劇場は真っ赤な絨毯・きらびやかで豪華な内装で、よそ行きの服で出かけたくなる感じがします。結果を眺めて、行きたい劇場の上位が20世紀の建築物で、逆が21世紀の建築物だったことは残念でした」

建築手法の変化が裏目に?

   「行きたい劇場」の上位はもとより演劇上演のために建設され、建物も劇場空間と付属施設で占められている。他方評価の低い劇場は再開発で計画された複合施設の中につくられていたり、演劇専門ではなかったりといった背景もある。とはいえ新しい劇場にもかかわらずネガティブな評価が目立つのはなぜか。

   劇場の裏方や舞台監督を務めている沢田裕位さんは、観客の心理として「『新しい劇場』というだけで期待値が高く、ちょっとしたことでもマイナスに感じる事が大きくなるかもしれません」と推測しつつ、建築プロセスにおける課題をこう考える。

「ハード面での課題は劇場を建てる際の入札やコンペが一般的になったことです。これは予算が決まってしまうとそれなりに安い方が有利になり、高価な舞台設備のように必要なモノがあっても予算がつかないことがあります。
また、オーナーの意向で客席数を増やしたいなどの要求があると、法律ギリギリまで無理に詰め込む事になります。設計時に多少のゆとりを持っていても、そのゆとりを削って座席数を増やしている可能性があり、見えにくい座席が作られる要因になっていると思います」

   法規の改正も影響があるのではないかと考えられる。

「災害を踏まえた法改正やバリアフリーを意識することで、建築のルールの変化があります。これは手すりの高さや客席の傾斜に影響が出ています。手すりの高さが法規で決められ、人が座った時の目線と同じ高さで設定された為、視界を遮ることが増えました。他にも客席内の傾斜が緩く前の座席と高低差が付かず舞台が見え辛くなります。車いすの方が移動しやすくなっていますが、ほとんどのお客様には不評となります」

   建設費を節約し、簡素なつくりの劇場になってしまう背景は他にもあるようだ。

「『お客さんは劇場を見に来るわけではない。芝居で勝負!』という考え方が建設費節約の考え方を後押ししています。近年はむき出しの照明機材や似たような壁や色調の劇場が増えたと思います。ブロードウェイの影響から『劇場内をそのお芝居にベストな形に使える劇場』タイプの建築の考え方なのですが、これは本来、潤沢な予算と長い仕込み稽古期間で、公演をベストな状態に持っていく前提があります」

   ロングラン上演もありえるブロードウェイと違い、日本の演劇では短いスパンで公演を回すことで収益を確保している。宝塚や劇団四季のような専用劇場でない場合、短期間で公演を入れ替えて劇場も成り立っている。「日本の商業演劇では概ね1週間程度で初日を迎えるため、先にも触れたとおり諸々を検証し修正する時間がありません。新しい劇場は特にその影響を受けてしまいます。取りこぼした部分が多少出ても幕を開けるので、満足いただける方と低評価の方がいるのだと思います」と沢田さんは分析した。

   ただし、ソフト面であれば改善可能な点もあるという。「劇場の実測データが取れれば、概ね改善していくと思います。例えば音響ですが、どこの劇場でもデッドスペースはあります。壁の材質や座席背面の作りでも硬い響き、柔らかい響きと響き方が変わってきます。ですが、データが揃ってくればスピーカの向きや数を変えたり、機材を工夫したりするなど、ある程度の改善は出来ると思います」

   しかし、座席配置や機材搬入に使う舞台裏通路などのハード面は一度建ててしまうと改善は難しいと沢田さんは話す。

劇場に観客は何を求めるか

   劇場は単に芝居を観るためだけの場ではない。入場から帰宅までの体験そのものがハレの日の楽しみでもある。「観客が劇場に求めることは観劇やその演目による感動はもちろん、非日常空間の享受ということになると思います」と話す沢田さんは、ステージの外でも観客を心地よい気分させてくれることが劇場には必要と指摘する。「スマホ一つで、いつでもどこでもコンテンツを視聴できる今の時代に、会場まで行って楽しむという、不便さ、不自由さ。演劇ファンはそんな不自由な存在の楽しみ方を知って愛してくれていると思っています」

「特に公演中は感覚を視覚と聴覚に注ぎ込み、一つ一つの動作やセリフはもちろん、役者の呼吸まで掴み取ろうとしています。そんな観客に劇場が提供するべきなのは『集中してもらう空間』であると思います。公演中の異音や雑音、前の観客の後頭部や手すりで舞台が遮られる、空調や座席が硬い、場所によっては舞台袖の中が見切れるなど、ふとしたことで集中力が途切れると、芝居の内容が抜けてしまいます。非日常が薄れて、今度は芝居のアラが気になるようになってしまい...結果として芝居への感想とともに劇場の評価も変わってくるのだと思います」

   劇場の価値は収容人員や上演作品の質だけでは決まらない。伝統ある劇場に劣らぬ観劇体験を提供できるかが、新しい劇場の課題となるようだ。

「現状の解決方法としては、座席数に対する舞台機構と客席を、専門家が予算別にパターン化してしまうことです。これで、最低限の予算確保をした上で、途中の広さに応じて自由にロビーを設計する。パターンを決めれば、他劇場の問題点やデータを共有したり、次の改善に活かしたりすることができます。劇場は地域のシンボルですから、長く愛され続けるように作ってほしいですね」(沢田さん)

   このような観客の評価を、豊島区はどう受け止めているか。東京建物ブリリアホールを管轄する豊島区文化商工部文化デザイン課は、劇場に関する観客の評判は「当区としても承知しております」として、「当劇場は開館して2年間という新しい施設ですので、利用者の皆様からの様々なご意見等を積極的に収集し、より一層ご利用の皆様にご満足いただけるよう改善をしていく予定です」と取材に答えている。

(J-CASTニュース編集部 大宮高史)

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