牛タンが高くなった――。
近頃、ネット上ではこんな声が聞こえてくる。実際に、大手牛たんチェーン・ねぎしは仕入れ価格の高騰を受け、9月からメニューの値上げを実施。牛たんの本場・仙台の専門店でも「値上げラッシュ」が起きている。
一体何が起きているのか。牛たん業界に取材した。
崩れた需給バランス、希少部位を直撃
「マジですか」
「大変だなあ」
首都圏で40店舗を展開する「ねぎし」。店に貼り出された価格改定のお知らせを見たツイッターユーザーからは、こんな声が聞かれた。お知らせの中に「仕入れ価格が高騰し、3倍にもなる事態となりました」と書かれていたからだ。
ねぎしでは仕入れ価格の高騰を受け、9月15日からメニューの値上げを実施。代表的なメニューでは、厚切り牛タンがついた「白たんセット」が1850円から2450円に、うす切り牛タンがついた「ねぎしセット」が1450円から1750円(いずれも税込み)へと値上げされた。
ねぎしを運営するねぎしフードサービス(東京都新宿区)の購買担当者は10月1日、J-CASTニュースの取材に対し、仕入れ価格は20年末頃から徐々に上がり始めたと話す。
なぜ、これほどまで仕入れ価格が上がっているのか。担当者は、需給バランスの崩れをもたらした3つの要因を説明する。
一つ目は、同社の仕入れ元であるオーストラリアでの干ばつだ。オーストラリアでは牧草地帯で牛を育てているものの、近年は干ばつの影響でエサとなる牧草が減少。放牧が難しくなった牛は駆逐されるため、供給量の減少を招いたとする。
二つ目は、コロナ禍による食肉加工工場での労働者不足だ。オーストラリアの工場ではアジア、アフリカからの出稼ぎ労働者が多かったもの、コロナ禍によって帰国。またアメリカ、オーストラリアなど牛タンの原産国では失業給付が充実していることもあり、工場で働く労働者の減少を招いたと分析する。
そして三つ目は、コロナ禍における牛タン需要の拡大だ。飲食店での酒類提供が禁止された今春以降、自宅で焼き肉を楽しむ人が増えた。スーパーでは牛タン100グラムあたりの販売価格が以前の2倍に及ぶケースもあるという。
「500~600キロある牛に対して、タンは1.5キロほどしか取れない希少部位。こういう状況が起きると、一気に価格が上がってしまう、ということになります」(ねぎしフードサービスの担当者)
「牛タンを食べたほうがいいのか、それとも...」
牛たんの本場・仙台でも、値上げの動きが相次いでいる。
宮城県内を中心に展開している伊達の牛たん本舗(仙台市)は8月26日、「極上芯たん」「厚切り芯たん」などのメニューを15~25%程度値上げすると発表。価格改定のお知らせには、こんな文章が綴られている。
「弊社としましては、コストの高騰を吸収するべく様々な努力を重ねて参りましたが、企業努力のみではもはや限界に達し現行価格を維持することが困難な状況となりました。つきましては、誠に不本意ではございますが、下記のとおり価格改定を実施させていただくこととなりました。これまでどおりの品質を維持するため、苦渋の決断となりましたこと、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」
また、チソー食房(宮城県仙台市)が展開する牛タン専門店「たんや善治郎」は、10月からの一部ランチメニューの値上げを発表。1975年創業の喜助(宮城県富谷市)も10月18日からメニューの値上げを予定する。
宮城県内で牛タンの飲食・物販店を手がける15社が加入する「仙台牛たん振興会」(以下、振興会)の小野博康事務局員は10月6日、J-CASTニュースの取材に対し、やはり「需給バランスの崩れ」が仕入れ価格の高騰を招いたと説明。特に人口の多い中国での消費拡大が、大きな影響を与えているとした。
長年、仙台名物として親しまれてきた牛タン。小野氏は「各社とも損益分岐点ギリギリのライン。削りに削って、値段をある程度抑えている」と話す。
「自分たちの商品を卑下するわけではないですが、これ以上値段が上がると、果たして牛タンを食べたほうがいいのか、それとも上寿司(高級寿司)やうなぎ、フカヒレを食べたほうがいいのか...と、(比較対象が)料理の中の『最上位』にまで上がってしまう。お金持ちの方しか食べられないような値段にしてしまうというのは、非常に抵抗感があります」
専門店の打開策は?
今回の「牛タン危機」を、専門店はどうやって打開するのだろうか。カギとなるのは、価格高騰の影響を抑えるための「売り方」だ。
ねぎしフードサービスでは、01年に国内で発生したBSE(牛海綿状脳症)を受けて開発を進めてきた、鶏肉や豚肉などのメニューを活用。担当者は「牛タンと、20年来ずっと開発してきたお肉の組み合わせを提供することで、新たな魅力をお伝え出来たら」と話す。
仙台では、牛タンの「部位」の使い方を工夫して対応している店もある、と振興会の小野氏は話す。牛タンは「タン元」「タン先」「タン中」「タンサガリ」の4つの部位に分かれている。これまで、最も高級でおいしいとされる「タン元」だけを使っていた店では、「タン先」や「タン中」といった、ほかの部位も合わせて提供。また、「焼き」のみならず、煮込み物や角煮として提供することで、全体的な値段を上げない努力を「各社ともしている」という。小野氏は「(これまでにないメニューを通じて)牛タンの良さを再発見していただけたらありがたいな、と思います」と話した。
(J-CASTニュース記者 佐藤庄之介)