「それはね、民主党がパクったんです」 岸田文雄氏が「新自由主義からの転換」を掲げる理由【インタビュー】

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   自民党総裁選(2021年9月17日告示、29日投開票)で最初に出馬会見を開いた岸田文雄衆院議員がJ-CASTニュースの取材に応じ、「力不足」で惨敗した20年の総裁選からの再チャレンジに向けた意気込みを語った。

   岸田氏は、菅内閣が失速した背景を(1)納得感のある説明の欠如(2)危機管理に関する楽観的な見通し、の2つにあると分析。この2つをカバーする幅広い政策メニューを準備した。

   1人10万円の特別定額給付金が再給付される可能性については、「現金はしっかり配りたいと思います」。給付の対象については今後詰める。すでに正式に立候補を表明している3人の中では、唯一「新自由主義からの転換」を掲げ、「令和版所得倍増」の一環として「中間層復活」もうたう。

   かつての民主党は「分厚い中間層」を主張していたが、岸田氏によると、このフレーズは「民主党がパクッたんです」。自らが率いる宏池会(岸田派)が昭和30~40年代に「一生懸命訴えていたワード」で、旧民主党のアピールを「我々宏池会としては複雑な思いで見ていた」と明かした。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 工藤博司)

  • 岸田文雄氏(2021年撮影)
    岸田文雄氏(2021年撮影)
  • 岸田文雄氏(2021年撮影)

菅内閣の課題は「納得感のある説明」「危機管理に関する楽観的な見通し」

―― 内閣支持率が最低を更新し続け、菅義偉首相は総裁選出馬断念に追い込まれました。その理由をどう分析していますか。菅政権は、どんな問題を抱えていたと考えますか。

岸田: まず、菅総理は、1年間本当に日夜頑張ってこられました。ワクチンの接種の加速などは菅総理のご功績だと思いますが、それでも支持率が下がっていました。理由として2つあると思います。1つは「納得感のある説明」。そして2つ目が、「危機管理に関する楽観的な見通し」です。

前者について言えば、色々とひとつひとつの取り組みについて説明してこられましたが、やはり協力を国民の皆さんにいただくためにも「納得感ある説明」が必要です。「納得感ある説明」は、結果だけではなく、その必要性や決定に至るまでのプロセスを丁寧に説明することです。この背景をしっかり説明しないと、国民から見て「どうしてかな」と思ってしまいます。「納得感のある説明」は、課題としてあったと思います。

後者について言えば、菅内閣の取り組みでは、努力はされましたが、やはり危機管理の要諦は、最悪の事態を想定することだと思います。相手はコロナなので、どんどん変異して、変わっていきます。「多分いけるかな」と思ってやってみた、というのでは、向こうが変異したら慌ててそれに取り掛かる、どうしても国民からすると後手後手に回っている...ということになってしまいます。やはり最悪の事態を想定して事に臨んで、相手が変わったとしてもある程度対応できるということにしなければなりません。ちょっと楽観的な見通し、「これでいけるだろう」というような見通し、これはちょっと課題としてあったのではないでしょうか。

―― 9月2日の記者会見で発表されたコロナ対策の政策では、「国民の協力を得る納得感ある説明」「『多分よくなるだろう』ではなく、『有事対応』として 常に最悪を想定した危機管理」の2つの原則を掲げています。

岸田: やはり直近の支持率の低下(の原因)はコロナが大きい。コロナにおいては2つ課題があったので、これはしっかり対応していかなければいけないと思っています。

目指すリーダー像は「疲れている心に寄り添う、対話の中から協力を引き出していく」

―― 前回の総裁選は何が敗因だったとお考えですか。どこが「力不足」だったのでしょうか。8月26日の出馬会見では、国民の声を記したノートを示すなどしていました。どのような形で政策なりをバージョンアップしたのでしょうか。

岸田: 前回出たときは、安倍総理の急な退陣ということで、急遽選挙になりました。私が出馬表明してから投票日まで2週間ちょっとしかありませんでした。昨年を振り返ると、コロナ対策であったり、自民党改革であったり、具体的な政策もちろん打ち出しましたが、もっと心に響くような具体的な政策を打ち出す時間的な余裕もありませんでした。これは大変大きな違いだと思います。さらに去年の反省としては、やはりもっと強く「総理は自分しかない」という強い思いをしっかりと出していくことは大事だったと思っています。

その点、今回は出馬表明から5週間あります。ご案内の通り出馬会見の後、まずコロナ対策、経済対策、来週は外交安全保障について(記者会見を)開くと思いますが、政策をしっかりと国民に向けて訴えることを大事にしていきます。さらに「総理は自分しかない」という思いも、1年間いろいろな方の声を聞いていて、多くの国民の皆さんが、このコロナとの戦いで気持ちや心が疲れていると感じています。こういったときには、どういうリーダーが求められるのか。疲れている国民に「頑張れ頑張れ、俺について来い」というようなリーダーがふさわしいのか。それとも、疲れている心に寄り添う、そして対話の中から協力を引き出していく、国民とともに努力する姿を見せる、こういったリーダーが求められるのか。やはり私は後者を目指すわけですが、「こういった時代はそういうリーダーが求められるんだ。だから自分の出番なんだ」、そういう思いを強く持っています。この2つについて、今回はしっかりと反省して具体的に取り組んでいるところです。

―― 今回の総裁選では大きく「コロナ対策」「経済政策」「外交・安全保障」の3つを政策の柱として打ち出しています。そのうちコロナ対策では、(1)医療難民ゼロ(2)ステイホーム可能な経済対策(3)電子的ワクチン接種証明の活用と検査の無料化・拡充(4)感染症有事対応の抜本的強化の4つを打ち出しています。特に重要だと思うのが、(2)に「人流抑制などの政府方針に納得感を持ってご協力いただくため」と打ち出していることです。新型コロナ対策では経済活動とのバランスが必要な一方で、今は人流抑制の側面が強く押し出されている、という指摘もあります。西村康稔経済再生担当相、政府分科会の尾身茂会長による体制をどうすべきだと思いますか。新内閣でも、お二人に引き続いて頑張っていただきたい、といったところですか。

岸田: お二人に...というか、私が総理になったとき誰が大臣をやっているか分かりません。政治と専門家の連携は大事です。

―― 総理になってみないと何とも...、といったところでしょうか。

岸田: 当然ですね。人事というのは戦いの中の大変重要な部位ですから、最初からそれを晒すような愚かなことはしません。

「みんな10万円配るということについて理解をいただけるかも含めて検討」

―― 経済対策についてうかがいます。9月6日の週刊ダイヤモンドのインタビューでは、30兆円超の補正予算を編成して新型コロナの経済対策にあてることを明らかにしています。関心事は、その用途だと思います。9月8日の記者会見でも若干話題になりましたが、1人10万円の特別定額給付金が再給付される可能性についてはいかがですか。

岸田: 一律に配ることは否定はしません。しかし、今、史上最高益の利益を上げている人と、ほとんど収益のない人と、みんな10万円配るということについて理解をいただけるかも含めて検討しています。ただ、現金はしっかり配りたいと思います。

―― 1回目の給付の時には、配る対象について一悶着ありました。

岸田: 当時は全国に緊急事態(宣言)が発令されました。コロナの影響がまだどうなるかわからない、という状況でもありました。今はあれから1年半経って、大IT企業や、巣ごもり需要で儲かってる人たちは史上最高益を上げている一方で、まだ観光や外食、宿泊は惨憺たる状況です。これだけの状況の中でどうやって配りますか、みんな一緒に配りますか、どうしますか?という話ですね。バリエーションはいろいろあると思います。困っている人にはしっかり現金を配らなければならないと思っています。今の政府は、そこにまで踏み込んでいません。

―― 9月8日の経済政策の会見で驚いたのが、「新自由主義からの転換」を掲げていたことです。「新自由主義」という言葉は、野党が政府の政策を批判する文脈で使われることが多いからです。例えば、立憲民主党の枝野幸男代表の著書「枝野ビジョン」(文春新書)には、Kindleで検索すると29回も「新自由主義」が登場します。記者会見では「令和時代の中間層復活」をうたっていますが、かつての民主党は「分厚い中間層」という表現を使っていました。

岸田: それはね、民主党がパクったんです。我々、宏池会が昭和30~40年代、それを一生懸命言っていました。最近、民主党からそういう声が出てくるから、我々宏池会としては複雑な思いで見ておりました。ぜひ、歴史を見てください。昭和30~40年代に、分厚い中間層、まさに池田内閣の所得倍増論...。我々宏池会が一生懸命訴えていたワードであります。

―― ある意味、オリジナルに回帰するということなのでしょうか。

岸田: ぜひ、歴史を振り返っていただきたいと思っております。

―― 記者会見でアベノミクスについて「評価する点はたくさんあった」とする一方で、「新自由主義からの転換」を掲げることは、これまでの自民党の政策を否定するともとれます。あえて踏み込んで打ち出した理由を教えてください。

岸田: よく見ていただきたいのは、成長と分配の両方が必要だと言っている点です。アベノミクスは成長の上で大きな意義がありました。しかし、その新自由主義のもとで何が起こったか。例えば子どもの貧困。この日本ですら7人のうち1人の子供が貧困で、子ども食堂というものが全国に展開していく、こういった状況になっています。そしてコロナが追い打ちをかけて、先ほど話した「史上最高益」と「どん底」は、ますます格差が広がってきました。

それ(コロナ禍)が終わった後、また経済のエンジンを回す。従来と同じことをもう1回やったら、その格差をさらに広げてしまいます。国が分断すると、どういうことになるか。米国ですら分断されると、民主主義の象徴である議会に押しかけて破壊してしまう...、こんな状況になってしまいます。このまま分断をし続けたならば、我が国の一体感は維持できません。やはり格差が開いた後、経済を回すときは、アベノミクスの基本的な考え方を大事にしながら成長させ、それを分配する。分配するとはどういうことかと言うと、みんなの給料を上げることです。

従業員の給料カット→会社が立ち直って経営陣にボーナスが出る世界

―― では、今の新自由主義では何が起こっているのでしょうか。

岸田: 市場原理、その競争効率や利益重視の新自由主義の経済では、「株主資本主義」と言っていますが、結局経営者と株主が全部独占してしまいます。例えば米国のアメリカン航空は07年に破綻の危機に陥りましたが、従業員の給料を340億円カットしました。これで会社は立ち直り、経営陣は200億円を超えるボーナスを受け取りました。これが新自由主義です。こんなことをやっていたのでは、ますます利益は一部に集中してしまいます。やはり分配というのは、一部の人間の給料だけ上げるのではなく、みんなの給料をそれぞれ上げる。今はこういった新しい資本主義を考えないと...。アベノミクスでドンと成長させる。これは大事ですが、成長の果実を分配する仕組みも考えてあげないと、みんなの給料は上がりません。

みんなの給料が上がるとどうなるか。昭和30年代後半、まさに我々宏池会が池田内閣の所得倍増論を唱えていた頃です。まだみんな貧しかったですが、格差はありませんでした。みんなの給与をできるだけ幅広く上げて何が起こったかと言えば、テレビをはじめ、三種の神器、電化製品、新三種の神器...、これがバンバン売れて、そして経済が回りだしたわけです。今回の令和時代においても、みんなの給料を幅広く上げるという経済政策で経済を回していかないと、格差がどんどん広がって、政治も不安定になります。経済の好循環もできません、ということになりかねません。成長の部分はもちろん大事ですが、成長だけでは駄目です。これが新自由主義からの転換という大きな意味だと思っています。

―― 新自由主義を批判する文脈では、企業の「内部留保」を取り崩すとか法人税を高くする、といった話が出てくることが多いです。今回のプランでも、そのようなことを念頭に置いていますか。

岸田: 株主が全部独占するんじゃなくて従業員にもそれを振り分けてくれ、ということです。それが企業における分配ですし、それから大企業と中小企業の関係も重要です。大企業が全部利益を独占してしまうのではなく、下請けいじめを防ぐいろいろな法律があります。その法律のもとに、大企業と中小企業がしっかり利益を分配して、給料を上げてもらうとか、いろいろな仕組みを通して新しい時代の経済を考えていかなければならないと思っています。

―― 安倍政権では、経済界に対して賃上げを働きかけたりもしていました。こういった取り組みは、引き続き重要だと思いますか。

岸田: そうですね。ただ、「頑張れ頑張れ」だけでは仕方がないので、「そうしないと経済が回りませんよ。そうしたら大企業も困るでしょう。だから経済回すために協力してもらえば、経済が回ってあなたたちも儲かります」、そういう説明をしないといけないでしょうね。

SNSの発信は政策が「基本、王道」

―― 外交について短くうかがいます。自衛隊のアフガニスタンでのオペレーションについて、どう評価しますか。自衛隊機で退避できたのは日本人1人にとどまり、今後の退避は民間機などの活用を模索する段階に入っています。

岸田: これは終わったわけではありませんから、何とかして守らなきゃいけない、救出しなきゃいけない。やはりタリバンの協力を得なければならないでしょうが、何らかの手段を考えなければならない、粘り強く交渉しなければならない、こういった課題です。

―― タリバンとの向き合い方は難しいところです。中国とタリバンは良好な関係をアピールしていますが、日本としては国家承認についてどう考えますか。

岸田: これは命がかかっていますから、承認する云々の話の前に何とか話をつけて、(アフガン国外に)出してもらわなければなりません。国家承認するかどうかは他の国との関係もありますから慎重に考えるにしても、まずは命を守るために話をしなければならないと思います。

―― まずは何らの対話のルートを作らないといけない、ということですね。

岸田: そうですね、やはりそうしないと...。見殺しにするわけにはいかないと思います。

―― 今回の総裁選は「フルスペック」なので、一般の党員にもアピールしていく必要があります。SNSを含め、広くアピールするために、どのように工夫をしていますか。去年の総裁選では、自宅で妻の裕子さんによる手料理を食べている写真がツイッターで「炎上」しました。何か気をつけていることはありますか。

岸田: 今回は政策を発信する時間的な余裕がありますから、政策中心に発信をしています。まずこれが基本、王道だと思いますので、ぜひそこは力を入れていきたいと思います。プライベートの話は、これも関心がある方もおられますので、少しずつ発信しますが、何と言っても政策だと思っています。

森友再調査問題は「『説明をします』と言っています。それだけです」

―― 最後に、9月8日に高市早苗衆院議員が開いた出馬会見に関連して、2つほどお願いします。1つが、森友学園の再調査問題です。先ほど(9月9日午後)の「バイキングMORE」(フジテレビ)でも指摘されていたように、なかなか国民の皆さんには理解を得られていない印象です。「すでに行われた調査の結果の中で説明するのは大事だが、再調査はしない」という理解をすればいいですか。

岸田: 調査は十分行われ、報告書が出されていると思います。あと裁判をしていますから、裁判の行方も見守らなければならない(編注:自殺した財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻・雅子さんは、真相解明のために国などを相手取って損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こしている)。それでこれから判決が出る、その上で国民の皆さんから納得したかどうかという、いろんな意見が出てくる、必要であれば充分説明させていただく...、これはずっと言ってるわけです。私は調査の話ではなくて、「説明します」ということを申し上げているので、最初から私は「説明します」以外のことは言っておりません。だから、勝手にいろいろな臆測をしたのかもしれませんが、私の言葉を点検していただければ、「説明します。国民の皆さんが納得されることは大事ですね。丁寧な説明を続けます」。それをずっと言い続けていると私は思っていますので、周りの反応は、どうも理解できません。

―― 発言が意図しない形で受け止められている、ということでしょうか。

岸田: よく分かりません。どういうことか分かりません。「説明します」ということを、ずっと言い続けています。

―― 裁判の話が出ました。判決が確定したら...。

岸田: それもやっぱり大事ですよね。日本の国で、強制捜査権を持ってるのは司法だけですから、それを(もとにした)しっかりとした判断が下される、それは大事なポイントになると思います。

―― 判決が確定しても(原告から)納得しないという声があった場合、再調査の可能性はありますか。

岸田: 「説明をします」と言っています。それだけです。

―― 高市氏の記者会見では、東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出についても話題になりました。高市氏は「さらに日本全体に風評被害を広げてしまう、その可能性があるので、そのリスクがある限り私であれば放出の決断を致しません」と話しました。政府は2023年春に海洋放出を計画していますが、どのように対応しますか。

岸田: 放出しないで済むなら、それもあるのかもしれませんが、今はもう(貯水タンクは)いっぱいいっぱいです。放出しなかったらどうするのか。私はちょっとそれは理解できないので...。これは放出することによって風評被害が出ることが問題になるわけですから。科学的には、普通の原発と比べても、そういった濃度は高くない。それはしっかり説明し、なおかつ風評被害が出てくる可能性があれば、やはり国として国際社会や、あるいは地元に対して説明を繰り返すと同時に風評被害が起こらないような様々な手続きをしていかなければならない。私はそういうことであると思っています。

岸田文雄さん プロフィール
きしだ・ふみお 衆院議員、宏池会会長。1957年生まれ、広島県出身。早稲田大学卒業後、日本長期信用銀行入社。議員秘書を経て、1993年の衆院総選挙で旧広島1区から出馬し初当選。現在9期目。自民党では政調会長、内閣では外務大臣や防衛大臣を務めた。

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